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姫と騎士  作者: いつき
続編
40/127

第39話 『白い花弁』

 コンコン、と扉が軽くノックされた。

 最初に頭へ浮かんだ人物が来るはずはないと思いつつ、そっと扉へ近寄って、扉に手をかける。開けば、鮮やかなブロンドが目に入った。

「ティア?」

 最初に浮かぶ名で呼びかけると、今度は外側から扉がもう少し開く。

 寝巻きの上に、薄いショールをかけただけの格好に絶句した。彼女にしてみれば、ここは自宅かもしれないが、こちらは仕事場だ。(もちろん、住居スペースはあるものの)

「ごめん、なさい」

 こちらの表情をどこまで読んだのか、ティアは眉を寄せて謝った。

 そしてそこでようやく気がつく。明日、正式に彼女はここから出て行くのか。彼女はもう、王族ではない。

 様々な制約はあるが、一応『王族』という立場と、それに付属していた権利を一時的にだが失った。

 その証拠に、彼女の首筋にユニコーンの紋章はなく、代わりに白薔薇が咲いていた。

 特殊な顔料で描かれたそれは、専用の溶剤がなければ消えないが、彼女を縛るユニコーンが消えたわけではない。その白薔薇の下に隠れただけだ。

 見えなくなっただけで、鎖がなくなったわけではないのだと、ティアは白薔薇が出来上がった日に薄く笑った。

 それでも、仮初の自由は与えられた。完全に逃げ切れはしないが、少しの間忘れることはできる。少しの間、彼女は自分のものだと思うことはできる。それだけで、十分だ。

「眠れない?」

「緊張、してるのかも」

 ぱたり、とティアが後ろ手に扉を閉める。寒さが少しずつ強まるこの季節、城の廊下の冷たさは身に沁みただろう。

 そっと触れた頬はひんやりと冷たく、仄かに赤くなっていた。白い肌に目立つその赤は、ゆっくりと広がっていく。

 するりと手がひとりでに動き、ティアの髪を書き上げる。

 長く、豊かなブロンドが手から零れ落ちていく様子は、美しいとしか感じられない。どこの国の金糸にも勝るだろうと思った。

 白薔薇があらわになるとともに、左耳につけられたピアスがきらりと光った。

 そっと唇を寄せて、首筋に触れる。五年前も確か同じことをした。自分が死にかけたあと、確かに自分は彼女の首筋に唇を寄せた。

 白い花弁の横、わずかに綻ぶ大輪の花に添えるように、赤い花を咲かせる。

 五年前には怖くてできなかった。彼女は国と民のもので、自分のものでは決してないから。はなをつけると、手に入れたつもりになると思ったから。

「……何?」

「罰が下るのも恐ろしくないほど、溺れてる」

 愚かだろう。

 彼女を手に入れたつもりになるなんて。

 国と民に身を尽くし、愛された彼女を自分のものにしようなんて。手の中に閉じ込めて、誰にも見せないようにしたいだなんて。欲深いことだろう。

「溺れて、息もつけなくて」

 より深く、その奥へと沈む。

 沈んで、沈んで、底も見えなくて。

 今自分がいるところが水面近くなのか、底なのか、それさえも分からなくなる。

「苦しいの?」

 ティアの声が降ってくる。確かに、苦しいのかもしれない。

 この美しい金髪と、光を閉じ込めたような瞳を手にするのが。少しだけ怖くて、辛いのかもしれない。

「分からない」

「そう」

 彼女は、こちらの頭を引き寄せた。ふわりと甘い香りが強くなる。

 顔が彼女の首筋に埋まった。彼女が何か話そうと口を開くのが何となく分かる。上下する首筋が妙に扇情的だった。

「わがままかもしれないけど、苦しくても、辛くても、離れたりしないで。

多分、私のことで色んな人からたくさんのことを言われると思うけど、わたしを手に入れることを、後悔しないで」

 わたしも、何を言われても選んだ道を後悔しないから。

 アレクとした、全てのことを後悔しないから。

 強い声は、涙にまぎれてぼやけた。彼女の手が上から首に巻きつく。長く柔らかなブロンドが頭へ、肩へ流れる。

 彼女の背に添えた手に力を込めて、再び抱き寄せた。

 先ほどよりずっと強く。彼女の体には少々強すぎるくらいたくさんの力を込めた。

 そしてそっと顔を上げる。潤んだ瞳とぶつかり、声にならない『うん』という返事をした。

「わがままなのは分かってるんだけど、ごめんね」

 ティアが頬をくっつけてきた。

 はじめはひんやりと、時間が経つとじんわりと温度を変える。互いの体温のちょうど中間部で安定した体温は気持ちがよかった。

 それにほう、とため息をつく。

「俺の持っているものは何でもあげる。ティアが欲しいって言うんなら、この命でさえ、あげる。

だから、ティアの全部を俺にくれないか? ティアの持っているもの、全部」

 全てをちょうだいと、幼い子どものように言う。

 言いたくて、ずっと言いたくて言えなかった言葉だ。

 その心も、躰も、これからの時も視線も、向けられる笑みも言葉も全部、全部が欲しい。彼女のものであるはずのもの全て。

「あげる」

 一言だった。

 迷いも戸惑いもなかった。

 いつものように、難しいことを言うことも、国と民の話が出てくることさえもなかった。不思議なほどはっきりと、彼女は返した。

「ありがとう」

 この一年で、一番甘い口付けをと心の中で思いながら、彼女の唇を奪った。ああ、やっと、彼女を手に入れることができたんだと、心の中のどこかでそう感じた。


 たとえ、本当は手に入らなかったとしても、彼女が『あげる』というのだから、自分は確かに『手に入れた』のだと思う。

 錯覚でもいいとさえ思った。彼女が手に入ったと、思えるのなら。

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