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姫と騎士  作者: いつき
続編
35/127

第34話 『ユニコーン』

「ちょっと、アレクっ」

「黙ってて。舌噛むよ」

 まだ言いたいことがあった。言わなくてはいけないことがあった。

 どこへ向かって走っているのかさえ知らない。きっと聞いても答えてはくれないだろうと知っている。だからあえて聞かず、おとなしく口を閉ざした。

 下手に話すとぼろが出そうになるというのもある。

 こういうときは、黙っているのに限ると勝手に結論付けて、ぐっと口に力を入れた。それでも、急に言わなくてはいけない言葉を思い出す。

「アレクが、一番だよ。あなたが、一番好き。待たせて、ごめんね」

 あぁ、これを言わなくては何も始まらない。

「待ちくたびれた」

 ……でもありがとう。

 そういう彼の首にしがみつく。もともと抱かれて走っているのだから、体の密着具合はあまり変わらない。

 それでもぎゅっと、“苦しい”と彼が苦く笑うまで続ける。

 手に、入れたと思ってもいいのだろうか。ふわりと香った、懐かしい匂いに思う。それでも、どうしてだろう。

「……っ、ふっ。ぅ」

 涙がこぼれた。次から次へと零れて、アレクの制服をぬらす。

 いつもの黒い制服ではない、真っ白な衣にしみができる。嬉しいはずなのに、喜んでいいはずなのに。どうしてか胸が苦しくて、声も出ない。

 アレクの制服を握る手に力がこもった。そのとき、走っていたアレクが止まる。

 いつの間にか城を囲うように茂っている森にたどり着いていた。幼い頃、アレクとよく来た湖がすぐ傍にある。この森は、こんなにも狭かったろうか。

「王族であるリシティア姫も、ティアの一部だから、きっと寂しいんだね。

泣いていいよ。もう、君を責める人は誰もいない。君が何をしても、王族らしくないなんて言わない。言わせないよ」

 アレクが笑いながら頭を撫でる。その温かさは心地よく、余計に涙が出た。

「王族であるわたしが、わたしの大部分を占めてた。ユニコーンのないわたしは、きっとほとんど何もない。何の役にも立たない、ただの空っぽの人間」

 王族として過ごしてきた。そして誰よりも王族らしいと言われてきた。

 強くて賢くて、美しい姫君。何にも惑わされない女王。それが民の求めていた『リシティア』だ。しかし自分はもう、それを装うことさえできない。

 それでも、普通に生きるのは、あまりにも王族らしい。

 王族でもない、けれど決して、普通の民でもない。貴族とも違う。何にも属さない自分は中途半端すぎる。

「そんなこと、ないでしょ」

 アレクの言葉も、あまり耳には入らなかった。

「アレクが一番になるならよかった。だけどわたしは、何にも知らない。

貴族の暮らし方も、平民の暮らし方も、何一つ、習ったことがない。どうやって生きているのか、教書の内容と数字しか知らない。

わたしが必要なのは、国政の上でだけなの……??」

 わたしが本当に必要にされているのは、政治だけなのかもしれない。

 他に必要なものなど、ありはしないのかもしれない。政治にしか関心のない、貴族の子女など知らない『リシティア』。

「ユニコーンのない、わたしは」

 何なの? 王族でないわたしは、何をして生きるの? 何のために生きるの? 

 『アレク』と震える声で言うと、アレクは小さく首をかしげ、こちらへ顔を寄せる。

 こつんと額同士が当たり、少しだけ痛かった。互いの体温が額や空気を通してゆっくりと交じり合うのを感じる。

 吐息が触れるほど近くにいることに気がついたのは、しばらくたってのことだった。

 慌てて距離をとろうとして、アレクに腕を掴まれると、なすすべもなく体の力を抜く。

「俺が好きなのはティアだよ」

 はっきりと、まるで当たり前のように言われる。

 何回も、そんなこと言わせないで、と言うみたいに、サラリと何のてらいもなく言ってみせる。こちらの不安が、馬鹿みたいに見えた。

「リシティアは確かに、ティアの中の大部分を占めていたかもしれない。

だけど、だからってティアが王族でなくなったら、ティアの中身がなくなるわけじゃない。ゼロになんて、ならない」

 それに、と言って優しく笑う。

 幼い頃の笑顔を思い出す、そんな笑顔がこちらへ向けれられる。小さい頃、大好きで、大好きでたまらなかった幼馴染の表情だ。

「王族でなくなったから、王族だったティアがなくなるわけじゃないだろう?」

 ユニコーンがあるティアが大好きだった。

 大切で、大切すぎて、ずっと守りたかった。そばにいるだけでもよかった。互いの気持ちを伝え合わなくてもいいと、そう思った。

 誰のものにもならず、ずっと国のことだけを考えて、民を愛して、自分を騎士としてでもいいから傍において欲しかった。

 『アレク』と呼んで欲しかった。特別な関係でもない、ただの昔からの幼馴染でよかったのだ。

「でもきっと、俺は」

 ユニコーンがないティアを愛するよ。

 大切で、守りたいと思う気持ちはそのままだけど。傍にいるだけでは足りない。互いの気持ちを伝え合うだけでも足りない。

 抱きしめて、互いの存在を認識して、ずっと一緒に生きたいと思うだろう。

 今までよりずっと、言い合いが多くなって、ティアが泣くことも多くなるだろう。誰のものにもなって欲しくない。

 だけど自分の手には閉じ込めておきたい、そう思ってしまう。

「王族でないティアと、ずっと過ごしたい」

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