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姫と騎士  作者: いつき
続編
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第33話 『変わる地位』

「シエラ・ロスタ・ヨーク・リッシスク。汝、己が身、心を国へ捧げるか?」

 いつものような、王族らしい声で弟に問いかける。

 本来、戴冠式とは前王が次の代の王へこのように問いかけるのだ。わたしのときには、宰相がその代行を務めた。

「はい」

 弟が厳粛な面持ちで答える。その瞳が、わずかにも揺れていないことを見て、少しだけ安堵する。

 これからすることへ、少しの罪悪感を抱いてないと言えば嘘になるから。

「汝、民のため、その一生を捧げるか?」

「はい」

「汝は国を愛し、民を愛し、その身を王としてこの玉座へおき、よき統治者として、私利私欲に溺れることなく、まつりごとを行うものか?」

「私は、よき王としてこの国を治めます」

「では誓え。全ての民の前で。汝のその思いを、決意を」

 四年前、自分も同じようにやった。民を、国を愛し、自らの心よりもそれらを大切にすると。

 本当に、できていたのだろうか。

「私は、この国を愛し、民を愛し、自らの心より何より大切に慈しみ、彼らが決して悲しむことがないよう尽力することを、我が父、姉、母……そして信ずる神に誓います」

 自分は、一体何と言って誓ったのだろう。確か、自分は。


『一つだけ、あなた方へお約束します。わたしは知恵や政の才能では、今までの王の足元にも及ばないでしょう。

若いことが理由で、他国へ侮られる可能性もあります。あなた方が、頼りないと思うこともあるかもしれません。

しかしあなたたちを愛することは、レイティア様にも決して負けないつもりです』


 精一杯、愛したつもりだ。

 自分にできることは全てやったと言っていい。でも、本当にそれは国と民のためになっていたんだろうか。独りよがりになっていなかったんだろうか。

 やったつもりでいるだけだったのかもしれない。

「……独り、よがり」

 ポツリと呟く自分の肩に、誰かが手を置いたのを感じる。

 小さく頷くアレクに視線を合わせつつ、わたしは苦笑で返した。女王で最後の瞬間でさえ、自分は女王らしくないのか。たった一人の騎士にさえ、心配させてしまうのか。

「シエラ・ロスタ・ヨーク・リッシスク、汝をこの国の王に命じる。命を尽くして、この国を支えよ。それが汝に与えられた使命であると、心に刻め」

「この命に代えましても、国を支えます」

 これでもう、自分は女王でなくなってしまった。

「ここにおいて、リシティア・オーティス・ルラ・リッシスクが汝を王と認めた。指輪をここへ」

 右の手のひらを差し出すと、装飾のなされた箱がシルドから渡される。

 その中には、王の証である指輪が輝いていた。きらりと光るその石を見つめて笑う。そしてシエラの左手を取り、その中指へ指輪をゆっくりと通した。

 シエラの指の間で、指輪が一度光をはじいた。

「いつでも、味方だから励みなさい」

 一度だけ、シエラの手を握り締め、そっと離す。それと同時に、国民へと向き直る。

 一人一人の顔ははっきりと見えない。しかしこちらへ集中しているのは分かった。この視線も、今日までなのだと思い知る。

 真剣な瞳、呼吸の音さえ許さぬ静寂。いつも、そばにあるものだと思っていた。

「これまで、わたしはあなたたちのためと思い、公務をしてきました。

それがあなたたちにとってどうだったか、わたしには知るよしもありません。もし知るとしても、何十年後かの国の様子で知るのでしょう。

わたしなりにやってきたことがこの国をどうするのか、それは未だわかりません」

 そこで言葉を切り、あたりを見渡した。自分が今からすることが、裏切りであるとはっきりと自覚してしまいそうになる。

「ですが、自分のなすべきことはやりました。できることも、しました。だからわたしは」

 息を吸い込む。心臓が痛いほどなっている。

 ドレスの胸元を握り締めても、それは変わらなかった。怖いと思う。民の存在が、意思が、恐ろしくてたまらなくなった。

 ガクガクと、一度として震えなかった足が崩れそうになる。

 いっそ何も言わず終わろうか、そうあとで後悔しそうになる思いを持った。

 そのとき、右手を握られた。強い力で握られて、はっと息を吸い込む。国民からも、大臣たちからも見えない後ろ手で握られたせいで、口から心臓が出そうになる。

  誰にも気付かれないように、しかし二人だけには分かるように握り返す。

 そうだった、と心の中で呟く。

 自分は国より民よりもっと大切だと思えるものを見つけていた。何度言い聞かせても、何度迷っても手放せなかったものがあった。手に入れたいと、心から望む者を見つけた。

「わたしは、シエラの戴冠式の終了をもって、王族の地位を降ります。今後二度と、あなたたちの前には立たないことでしょう。それでも……、わたしは」

 好きな人を見つけた。

 そのために、王族の地位を降りたいと思った。

 裏切り以外の何物でもない行為を、今行っているという自覚だったちゃんとある。あるけれど。

「わたしは、たとえ王族を降りたとしても、あなたたちを愛することをやめようとは思いません」

 それが、無責任なわたしのできる唯一絶対のことだと思う。

 一気に広場が騒がしくなる。民も、大臣も何を言われたのか分からないという顔で、右往左往する。がたん、とイスが倒れる音が次々と続いた。

 大臣たちが慌てたようにこちらへ向かい、何かを言っている。

 隣に視線を向けると、初めて見るような笑顔を向けられた。ドクン、と今まで感じたことのない激しい動悸に襲われる。先ほど感じた緊張とは少し違うものだった。

 しかしそれもすぐ驚きへと変わる。大臣たちから逃げるように、アレクはわたしを抱いて走り出した。

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