表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫と騎士  作者: いつき
続編
33/127

第32話 『零れ落つもの』

「本日ですね。リシティア様」

「ボールウィン宰相」

 こつり、と広場へ向かうティアへ話しかける人がいた。

 アレクたちの父親であり、ティアの父であるユリアス王の親友だったシルド・ボールウィン。食えない狸だの、笑顔で嘘を吐く化け宰相だのいわれる人物がティアを見て笑う。

「新王の誕生をどう思うか、知りたくないな。わたしは自分への批判には慣れているが、弟への批判は慣れていないのだ。

あんまり苛めてくれるな。シエラが泣きついてくる気がして怖い」

「ユリアスの愛娘がこう成長するなどと――、生まれた当初は思いもしなかったよ。ティア」

 久しく聞かない、親しげな口調と愛称。それに『うさんくさい』とティアは小さくもらす。大体、この宰相にかかると単純明快な質問が、わけの分からぬ暗号に聞こえるくらいだ。

 裏を十回かいたところで、その真意など分かるわけもない。

「何が言いたい? ボールウィン宰……。いや、もういいわ。シルドおじ様に直します。あなたも、『リシティア女王』と呼ぶ気はもうないみたいだし」

 ティアが覚悟を決めて、シルドへ向き直る。食えない宰相殿は『久しぶりに聞いた』と笑った。

 その笑顔も十分うさんくさいのだが、顔の造りはよく知る男のものと非常に似ているので、ティアは対処に困る。

「ティア。シエラはよき王へなると思うかな?」

 姉のあとばかりをついてきていた、体の弱い、年の離れた王子。

 賢く、強い姉の陰に隠れていた、王の器として利用できるかどうかもわからない一人の少年。

 その少年が、王になるときが来たのだ。

「おじ様もタチが悪い。ご自分がわたしの派閥だからといって、そういう言い方はないんじゃありません?」

「私は、この国にとって一番よい方法を提示しているまで」

 ティアがひらりと左手を翻す。その中指へ指輪は既にはめられていなかった。

 シルドはそれを満足そうに眺めたあと、ティアへ歩み寄る。そしてティアの瞳を見つめて笑った。

「シエラは未だ若い。これから色々なことを経験すれば、器もまたおのずと変わってくる。ティアよりもより強く、賢い王になるかもしれない。私たちはその可能性に賭けている」

「もちろんです。わたしも、それを望んでいます」

 そっと、そっと。二人は笑う。

「十五年以上前、アレクとティアを引き合わせたのはほんの冗談だった。セシルは弟のアレクへ劣等感を持っていたから、何となくアレクを連れて行った。

まさかその一度で、女神に落とされるなんて思いもしなかった」

 くしゃっと、アレクと同じ真っ黒い髪をかきあげる。年をとっているはずなのに、その黒髪に白いものが混じることはなく、艶やかなままだった。

「うまくいけば、王女の結婚相手へ?」

 負けず嫌いなティアの瞳が、シルドの目を射抜いた。この感覚は、前王と始めて会ったとき以来だと思い出す。それと同時に、よく似ているなと思った。

「いえ。うまくいけば、女王の一番信頼する者へ押し上げられるかと」

 しかしそれも無駄だったようだ。

「我が息子を骨抜きにし、騎士にまでさせるとは。そして我が妻の制止を振り切り、無茶をするようにまでさせて……。あなたは本当に、恐ろしい人です」

「それを言うなら、一国の王の心を奪ったご自身のご子息でしょう?」

 お互いににこりと、城中の人間が目を奪われるような笑顔で笑う。

 もちろん、本物の笑顔ではないとお互いに知ってはいる。それでも二人は互いの心の中を垣間見て笑うのだ。

 そこへやっと一人、人物が現れる。真っ白な生地へ黒いラインが入った、いつもの制服と配色が反対な、少し華美な騎士の儀礼服。

 それを見て、ティアは眩しそうに目を細めた。シルドも同じような顔をして、自分の息子を見る。

「あら、アレク」

「リシティア様、弟君の戴冠式へ遅刻するなど許されませんよ。……しかも、宰相様も来ていないとか」

 ティアの隣にいる自分の父親を見て、アレクは嫌そうな顔をして見せた。シルドはそれを見て、意地悪く笑いかける。『出たな、狸面』とティアとアレクが同時に思った。

 普段と全く変わらない笑顔なのに、二人がそう思ったのは、宰相の雰囲気が面白いものを見つけたように輝き始めたからだ。

「アレクにしてみれば、待ちに待った日か?」

「何が言いたいのですか、父上」

 同じような雰囲気、顔、声。しかし全く違う心の中、もとい腹の色。

「いや、何。二人が何かをやらかしそうだから、心配しているだけだよ。

お前たち二人は、私たち大人の予想を軽々と超えて見せる子達だったからね。今度は何をするのかと」

「いえ、もう『やらかした』んです。あとはそれを発表するだけ……ですかね」

「ティア、もうやめて。一応、まだ女王を辞めているとはいえ、王女様だから」

 アレクの疲れたような発言が被る。三人の力関係が分かるような会話がしばらく続いた。

「その『やらかした』こととやらは……今は詳しく聞かないでおくよ。

どうせ卒倒するんなら、大臣たちと一緒がいいからね。お前たち二人の暴挙は、想像するだけで恐ろしい。いつ言うんだい?」

「「今日」」

 零れ落ちたもの一つ。本音の欠片。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ