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姫と騎士  作者: いつき
続編
32/127

第31話 『矜持(プライド)』

「ずっと」

 アレクがティアの頭から手を離す。ティアは抱き上げて膝の上におくと、アレクはまたティアの髪を梳く。

 ゆっくり、ゆっくり髪の感触を楽しむように撫でて、アレクはティアに話しかけた。

「ずっと、言いたいことがあった」

 優しい声が、吐息とともにティアの耳を掠める。アレクの声にほっと息を吐きつつ、その手をアレクから離すことはなかった。まるで離してしまえば、二度と手に入らないと思っているように、ぎゅっと握っている。

「ティアが女王でなくなる日に、言おうと思ってた。

だけど、言わなかったことをいつか後悔したくないから……ティアに会ったら、すぐ言おうと、家に帰る途中で思った」

 エイルからピアスを受け取ったのは、ローラを連れ立ってきたときだった。

 ピアスを手のひらに落とされたとき、手遅れかもしれない、と動揺したのは紛れもない事実だ。手のひらにある小さな石はヒンヤリと冷たく、自分を責めていた。

 母親の制止も、兄の叱責も無視して寒国へ行き、ローラに会って、ティアが救えると、そう思っていた自分の愚かさに気付かされた。

 本当に必要だったのは、そんなことではないのではないかと思った。

「ピアスを受け取ったとき、心底後悔した。ティアに、何も伝えなかったことを。くだらない騎士のプライドと、中途半端な思いやりで何もしなかった自分に腹が立った」

「くだらなく、ない」

 ティアがまたアレクにしがみつく。アレクは少しだけ嬉しそうに、『ありがとう』と笑った。

「本当のことを言うと、ティアに怒られるのかもしれないけど。でも、聞いて」

 アレクが息を吸い込む。彼女に一番の秘密を明かそうとする。今まで一度だって言ったことがなかった、彼女を怒らせるアレク自身の本当の気持ちを。

「俺、どうでもいいんだ。実は。騎士の地位も、この国も、民も全部」

 アレクがティアを抱きしめたまま言う。ティアは驚いたように目を開き、アレクの顔を見ようと顔を上げようとするが、目を塞がれた。

 ほんのりと暗い闇に包まれて、ティアは瞳を閉じる。目を塞がれる前も十分暗かったのに、今は目を開いても何も見えなくなる。

「ティア。俺は、国や民を守りたくて、騎士になったわけじゃない。守りたいものが、大切にしているから、国や民を大切にしようと思っているだけだ」

 俺が騎士になりたかったのはね、とアレクはティアの目を塞いだまま笑って話す。秘密を他にもらさないように、そっと口を開いて息を吸った。

 ティアは目を塞がれているのを知りつつ、瞳を開く。

「守りたいと思ったのは、ティアなんだ。ティアだけを、守りたかった。他の事なんてどうでもいいけど、ティアが国と民を守ろうとしたから、それの力になりたかった。

ティアが国と民を守るなら、俺はティアを守ろうって、ずっと思ってた」

 情けなくて、最低の騎士。本来なら、女王の護衛役にもなれないような男。

「ティアが泣かないようにしたいから、騎士になった」

 アレクが手を離す。ティアの目にアレクの笑みが映った。

 とても穏やかな顔を見て、ティアは何故か泣きそうになった。力の限りアレクの制服を掴み、涙をこらえる。

「わたしはっ……。いつだって、民と国へ全てを捧げているつもりだった。いつでも民のために、行動できるはずだった。

アレクだって、見捨て、られ、るって――そう思ってて。強くて、王族らしく生きられる気でいた」

 だけど、駄目だった。わたしは、王族に相応しくなかった。女王でいれる器を持ち合わせてなかった。

「今日ね、初めて心の底から、王族に生まれなければよかったって思った」

 普通の、どこにでもいる女の子として生まれたかった。

「ど、して。アレクにちゃんと言わなかったんだろうって、そう後悔した。

大切だって、大好きだって、ちゃんと言ったら、よかったのに。国も民も大切だけど、アレクへの『大切』とは違うんだよって、言えば……」

 ティアの言葉が途切れる。

「アレクが、好きだよ」

 国も民も関係なく、あなたが好きです。そう言って、ティアは泣いた。

「うん、知ってるよ。ティアが民も国も大切で、それでも俺を大切にしてくれてるって、ちゃんと伝わってる。だから、泣かないで」

 せめて今だけでも、気持ちを共有するようにきつく抱きしめる。

 体中の隙間を抜くように。互いの中にある空気さえ抜くように、ひたすら強く、きつく、両手に力を込める。

「長かったね。ティア」

「うん」

「大好きだよ」

 ただあなたが大好きです、とそう伝えるためだけに、自分たちはどれだけの時を費やしたのだろう。

 どれだけの感情こころを、言葉こえを隠して、呑み込んできたのだろう。

 どれだけ相手を、傷つけたのだろう。

「アレク」

「うん?」

「好きだよ、大切だよ。だけどわたしは不器用だから、女王である一年はアレクだけを一番だって言えないし、思えない。それでもいい??」

 ティアがアレクの瞳を覗き込むように言うと、アレクはにこりと笑った。

「いいよ。俺の一番が変わるわけじゃないから」

 こつり、と互いの額をあて、瞳をあわせる。そして二人で静かに笑った。

「一年は、二番でも三番でも、いいけどね。ティア。来年はきっと、一番だって言って」

 俺は君をいつだって、どこにいたって、何年だって好きだと言えるから。

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