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姫と騎士  作者: いつき
本編
3/127

第3話 『強さ』

「姉様ぁ。ティア姉様。おたんじょう日、おめでとう」

 十一歳にしては少し幼い口調。

 ティアのことを『姉様』と慕い、よく懐いているのはティアの異母弟であり、王子でもあるシエラだ。ティアより少しくすんだブロンドに深い、深い碧眼を持つ。

「ありがとう、シエラ。素敵な木箱ね。わたし、一番お気に入りのネックレスをここに入れるわ。いい?」

 にこりと笑顔を返し、シエラの頭を撫でながら、プレゼントの木箱を眺めた。

 釘が一本も使われず、全て木で出来ているという木箱は美しい漆で装飾されており、彫りも繊細で美しかった。

「うん、いいよ!! たくさんいれてね。僕とお揃いなんだ!!」

 そう言って笑うシエラは、今跡継ぎ問題の渦中にいるなんて知らないだろう。ティアはそれを知らせるつもりもなかった。可愛い弟の笑顔を曇らしたくない。自分が一人、我慢すれば言いだけの話だ。つまらない政治の道具なんかにシエラを使って欲しくない。

「そう、シエラとお揃いならわたしずっと使うわ。シエラの誕生日にはわたしとお揃いの何かを贈りましょうね。姉さま、今日から毎日考えなくちゃ。シエラが喜びそうなもの。何か欲しいものがあったらこっそり教えてね」

 そう言うとシエラは急いで走ってきて、ティアに屈むようにお願いした。ティアはシエラの口が耳に来るように屈む。こそこそとシエラが何か耳打ちすると、ティアは見る間に嬉しそうな顔をした。

「そうね。それがいいわ。シエラの誕生日が今から楽しみね。九月の誕生日パーティーが楽しみ」

 王と、現王妃のヴィーラが嬉しそうにその対話を見ていた。

 普通なら現王妃のヴィーラが自分の息子を王にしようとティアを狙うはずなのだが、ヴィーラはそんなこと関係ないというように振舞っている。

 実際、欲のない人で、そもそもヴィーラは王に恋をして、結婚したので王の娘であるティアも大変可愛がっていた。

「ユリアス、本当によかったわ。一時はどうなるかと思ったのよ?」

 王にそう問いかけるが、王は元気なさ気に笑った。

「そうだな。でもわたしももう後僅かだよ。こんなに早く逝くとクラリスに怒られそうだけど……」

 そう言う王は確かに生気と言うものが感じられず、元気な頃に比べると一回りも二回りも小さくなった気がする。ヴィーラは為す術もなくそれを見ていた。

「お父様」

「とぉさま」

 そこに笑顔で二人がやってくる。王と王妃は笑顔で迎えた。

「シエラ。お姉様にプレゼントは気に入ってもらえましたか?」

「うん、母様」

「もちろんです。王妃」

 『王妃』と呼ばれたヴィーラはそっと顔に影を落とした。するとティアは慌てて「お母様」と言い直す。

「お母様。この見立てはお母様なんですって? すごく綺麗。わたし、大切にします」

 そう言うと、シエラにもう一度ありがとう、と呟いた。




「ねぇ、プルー。一六歳になってもあまり変わらないものね。成人の儀を行って、パーティーに出るだけ」

 詰まらなさそうに言うティアは、先程シエラに見せた表情を完全に隠していた。プルーは『当たり前です』と呆れながら呟く。

 アレクが帰ってくる日を数日残して、ついにやって来た。待ち望んでいたはずなのに、何か物足りないのは、一人、たった一人いないから。

「プルー。お酒!!」

 ベッドの下からワインのボトルと思われるものを出し、どこに隠していたのかグラスも二本出してきた。それを見てプルーは目を見開いた。

「ティア様!!」

 大きな声はたしなめる色が強く出ている。ティアは小さく「プルーだってわたしと二こしかとしか変わんないでしょ」とそっぽを向く。それに対してプルーは、

「勤務中です。それに私は飲めないんです」

 と言い切った。その様子を見て、ティアは尚一層機嫌を悪くした。




「ティア姫、大臣からのお届け者ですよ」

「いいわ、入って。イリサ」

 イリサと呼ばれた侍女は小さい頃からティアについていて、ティアの姉的な存在だ。今年で十八歳だが、大変有能な侍女だ。

 イリサは紙の束を抱え、ティアの机にドンッと置いた。しかしティアには何なのか見当もつかず、首をかしげたまま紙を一つ取り上げた。

 さっと目を通すと、ティアの顔から表情が消え、眉間にしわがよった。プルーはピクリと肩をそびやかす。

 イリサもどう説明したもんかと戸惑う。そして何かを決心したように口を開いた。但し、自分の保身のために。

「わ、わたくしは止めたのですよ。ティア姫。ただ……」

 その時、一人の大臣が面会を求めてきた。イリサの表情が強張る。その顔から察するに「今はマズイ!」と思っているらしい。

「姫様、ノルセル大臣がお目見えです」

 そういいに入った侍女は、ティアとプルー、それにイリサを見回し、沈黙する。しかしティアは不機嫌な顔を一瞬のうちに笑顔へ変え、『入ってもらって』と促した。イリサは乾いた笑みを浮かべ、部屋の隅に寄った。

 ノルセス大臣とはボールウィン家に次ぐ名家の当主で、今年三十歳という若手の大臣だ。よく言えば向上心旺盛、悪く言えば野心家。

 ティアは手に持っていた紙をイリサに渡し、ゆっくりと大臣を見据える。わざとらしい位の笑顔は怖い。

「大臣、何です? この各国の写真の束と、趣味や経歴……。これではまるで……」

「お見合いですよ」

 この国では偉い人の言葉を途中で切るなど無礼この上ないことだ。それを名家の当主が知らないはずもない。

 知っていてやるのだから、かなり性質が悪いだろう。それを分かっているのでティアの表情も硬い。

「姫のためです。姫はもう成人した女性です。ならば結婚するのが世の常ですよ?」

 当然のことのように言う大臣にティアは意地悪そうに笑う。

「あなたはわたしが女王の地位に就くことを望んでいない。だから結婚を勧めるのでしょう? どこか遠くに嫁いでしまえばいいと思ったのね? 

わたしがボールウィン家の子息と親しいから。そして右も左も分からないシエルを王に据えて、あなたが操る、そういうこと?」

 下品にならない程度の含み笑いを大臣に向け、ティアは冷徹に言い放つ。

「退がりなさい。ノルセス家の当主はわたしがお嫌いのようだから」

 言い訳さえ許さぬ声に大臣は黙って部屋を出た。その浅黒い顔に、小さな笑みを浮かべたのに誰一人気付いてはいなかった。そう、ティアでさえも。




「明日帰ってくるわね」

 ノルセス大臣を部屋から追い出し、ティアは部屋から暗い夜空を見上げた。その表情が妙に寂しそうに見えるのはきっとプルーの気のせいではないだろう。

「何か……帰ってきたらしたいですね。無事に帰ってきたお祝いに」

「そうね」

 そう返事をした途端、ティアははっと顔を上げた。何かを思いついたのか、どこか企んでいるような顔になる。

「そうね! 小さなパーティーでも開きましょうか」

 そうと決まれば衣装選びね。嬉しそうにそう言うとプルーは逃げ腰になった。

「わ、わたしは制服で構いませんよね……?」

「なに言ってるの? わたしだけにひらひら、派手派手なドレス着させる気なの?」

 その目は『逃がさないから』と語っており、プルーはしばらく言い訳を考える。

「言い訳なんか許さないわよ?」

 しかしティアはプルーの思考を先回りして、次々と退路を潰していく。その顔はどこか嬉しそうだ。

「それは命令ですか?」

 プルーが聞くと、ティアは驚いたように目を見開く。そして小さく息をついた後ベッドから立ち上がってプルーを見つめた。

「わたしが誰かに命令するのは……、国のためか国民のためのみです」

 真っ直ぐすぎる視線にプルーは息を呑む。ティアははっきりと言い切ったあとに柔らかな笑顔を浮かべた。

「だから、今回はお願い、なの」

 その言葉にプルーは咄嗟に返す言葉が見つからなかったが、やがて笑顔で頷いた。




 次の朝、ティアの部屋にプルーが早々と来ていた。もう少し遅くてもいいのに、と零すティアにプルーは護衛ですから、と表情を引き締める。

「そんなことより、ドレス。これが似合うと思うの」

 ティアの出したドレスは派手でない程度にしか飾りのついていないものだった。

 どちらかというと地味で、色は濃い青なので初めて見たときは喪服かと疑うぐらいだった。しかしリボンもフリルもちゃんとついていて、露出は少ないが上品なドレスだ。

 普通のドレスより露出が少ないのは着慣れていないプルーへの心遣いだろう。

 着てみて、と急かされ黒色のマントを外すとティアはそのマントを自分の体に巻きつけた。プルーより一〇センチほども小さなティアの体はすっぽりと覆われ、足元までのドレスも隠れてしまう。

「このマント、いい生地なのね」

 嬉しそうに笑いながら、マントを撫でる。その様子を見ながらプルーは恥じらいもなく制服を脱ぎ、ドレスを身に着けていく。その手馴れている様子に、ティアは何か納得したように笑うが何も言わなかった。

 と、その時だ。静かだった部屋が一斉に騒がしくなる。侍女たちの悲鳴が聞こえた。武装した男たちが五人ほど入ってくる。あきらかに騎士ではない。

「お前たちは何者ですか! ティア姫のお部屋だと知っての狼藉なの? その行い万死に値すると思いなさい!!」

 気丈にイリサは男たちの前に立ちはだかる。しかしイリサの体は震えていた。ティアがイリサ、と小さく名前を呼び嗜めた。

 しかし男たちはそんな会話に耳も貸さず、マントを羽織ったティアに目もくれない。彼らの向かった先はプルーだった。

「え……」

 そんな声が聞こえたが早いか、プルーを肩に担ぎ上げ、早々と部屋から出て行く。その間に会話が何もない。おまけに顔を布でくるみ見知った顔なのかさえも分からない。

 あまりの速さにティアは驚きを隠せず、しばし呆然とするが、すぐさま部屋を出て追いかける。後ろの方で、

「お待ちください、ティア姫。危のうございます。戻ってきてください」

 とイリサが叫ぶ声が聞こえるがそんなことを気にしている場合でもなく、無視した。

 普段走りなれていない所為かすぐさま息も上がり、男たちが時折見えなくなる。懸命に追いつこうと頑張るが、ティアが履いているものは歩いたり、走ったりするのには不向きだ。

 しかし一際広い場所に出ると男たちは止まった。馬が置いてある。

「止まりなさい」

 男たちに迷いもなく言う。自分一人で助けられないのは嫌でも分かる。たかが女の、しかも大切に育てられた姫の力だ。男たちなんかに敵うわけがない。

 ならばアレクたちが帰ってくるまで時間を稼ぐのは自分の役目だと勝手に結論付ける。確か朝には着くと言っていたのだからもうすぐだろう。

 しかし反応は全くない。また、プルーも慌てる事無く大人しく捕まっている。プルーは両手を後ろ手に縛られ、その首筋にぴたりと刃物がつけられている。

「何のつもりです?! 答えなさい」

 そう聞くと一人の男が布で覆われている顔でにやりと笑い、やっと口を開いた。

「姫は預かっていく」

 その時になってやっとティアはこの男たちの狙っているものが何なのか気が付いた。ティア自身だ……。

 プルーはドレスでティアはマントを羽織って、下のドレスがあまり見えていない。この状況下でどちらが姫かと聞かれれば、迷いもなくプルーだと答えるだろう。

 ティアは咄嗟に自分の正体を明かそうとしたが、男たちは馬にまたがり、あっという間に消えてしまう。追いかけようとするが後ろから伸びてきた手に口をふさがれ、腰を引き寄せられた。

「っ!!」

 体を捩ろうともがけば、横から『大丈夫ですから』と聞き慣れた声が聞こえる。『落ち着きました?』と言う声に頷きだけで答えると、口元を覆っていた手が離された。

「アレク」

 振り向くと思っていた通りの人物の顔があり、ほっと肩の力を抜いた。

「リシティア様。何故こんな格好を?」

 髪を振り乱し、警備隊のマントを羽織っているティアに、アレクは眉を顰めた。しかし、今のティアにそんなことは関係なかった。

「アレク! 早く警備隊を使ってプルーの居場所を。わたしと間違われて、わたしどうしたらいいのか分からなくて……」

 いつもの口調とは違う口調はそのままティアの動揺を表していた。

「リシティア様、とにかく落ちついてくだ……」

「どうやって落ち着けって言うの?!」

 アレクの言葉を遮ってティアは叫んだ。いつもは冷静な王女の豹変に一緒にいたエイルは目を丸くしつつ、アレクに助け舟を出した。

「姫様、あいつのことですからわざと捕まったんでしょう。あいつは賢い、心配がありませんよ」

 エイルの冷静さにティアはぐっと息を詰めた。

「そんなこと、そんなこと分かっています。だから心配なんです。わたしの所為で、もし……もしもプルーに何かあったら、わたし……。一体どうしたら」

 もしプルーが王女の偽者だと分かったら? 攫った人間は一体何をしようとしている? もし、この国の次期女王を殺すのが目的だったら、プルーは。

 そう考えてティアは自分を包むマントごと体を抱きしめて、身を震わせた。単純に想像できてしまうその後がとても怖くなった。

 誰かが、自分の身代わりに死んだら? 自分の所為で、あの明るくて、優しい笑顔を失ってしまったら。そしたら自分は一体どうしたらいい? ティアは呆然とした。

「王女の……リシティア・オーティス・ルラ・リッシスクの名において命令します」




 声も、体も震えるけれど……それでも助けたいから、泣けない。わたしに泣く資格なんてない。

 泣く時間があるなら、その分プルーを救うことに時間をまわしたい。

 泣くことはプルーが帰って来てからでも遅くない。今はその時じゃない。

 今大事なのは、どうするか、どうやって取り返すかだ。

 それが全てで、それ以外に何もない。

 ただ、助ける。何があっても。

 護りたいものは、何があっても護る。それが、いつだったか胸に刻んだことだ。




「警備隊の一軍は今すぐ事件の実行犯、および首謀者を探し出し、確保しなさい。

人質の保護を最優先事項とし、護衛隊長騎士であるアレク・ボールウィンは警備隊長のエイル・ミラスノの補佐をしなさい。指揮はエイル・ミラスノに一任します。すぐさま書類を作り、わたしに提出。わたしが目を通し次第、実行に移しなさい」

 アレクがティアの言葉に対し、何か不満を言おうと口を開いたが、ティアの顔を見て押し黙った。代わりに意見したのはエイルだ。

「しかし姫様、アレクは護衛隊長です。むやみに城を空ければ、大臣たちがなんと言うか……。ただでさえ、今日戻ったばかりなのに」

 しかしその問いにティアは笑って答えた。先程の震えていたことが嘘のように、余裕の表情を浮かべ、冷静にエイルに言った。

「あら? 今回あなたたちが北の地に行っていた用件も本来の護衛隊と、警備隊の仕事とは異なる趣旨のものだったわ? 

大臣たちがそうやってあなたたちを使ったのよ? 今回はわたしが狙われたのだから、護衛隊の仕事でもあるでしょ。問題ないし、大臣たちに意見される筋合いもないわ」

 屁理屈とも取れるその言い訳を聞いて、エイルは微苦笑を禁じえず、にやりと笑った。

「大臣たちにはわたしから説明しますが、わたしが攫われそうになったことは警備隊の人たちには言わないでください。

混乱させますから。わたしの身に危険が迫ったと知っているのはわたしたちの他は大臣たちだけです。あ、侍女たちにも口止めしておきましょう。イリサは口が堅いから多分大丈夫だと思うけど……。

それと、一日休んだらすぐ仕事にかかりなさい。わたしは今後、人前に出ないようにするわ。プルーが王女の偽者だと言っているようなものですからね、わたしが堂々と姿を晒していれば……」

 風邪ということで部屋からは出ないことにしましょう。その間わたしはプルーと言うことで。そう言うとティアはさっさと踵を返し、執務室を出て行った。

 向かう先はもちろん自分の部屋だ。執務室の扉が閉まると同時にエイルはヒューっと口笛を吹いた。騎士らしくない仕草だが、さまになっていてアレクはそっと眉を顰めた。エイルの顔は何故か、笑みを含んでいるように見える。

「さすが我が国の姫様。尋常じゃない指揮能力だな。一時は冷静さを失ったけど、すぐに立て直すところなんて惚れ惚れするくらいかっこよかったよなぁ。

しかも、あの強がり方……。アレクが守りたくなる訳が分かるなぁー、俺」

 俺はあの人が王位に就いたら、絶対の忠誠を誓うね。むしろ告白しちゃうかも。と、いつものような変人振りを披露する。アレクは笑顔でエイルを見ていた。

「ほぉ。エイル。お前何が言いたい?」

 しかしその笑顔は凄まじく怖かった。

「追いかけなくていいのか? って言ってんだよ」

「どういう意味だよ」

 そう聞きつつ、その声は低く怒っているのがすぐに分かった。普段感情に左右されないだけに、アレクが怒っている姿は中々に面白い。

 そう思うと知らずエイルはニヤケていて、慌てて顔を引き締めた。

「お前は、姫様が大切で、大切で仕方ない。心配で、本当は一時だって離れたくないんだろう? ずっと、見張っていたいって思ってんだろう? 

その気持ちは何か、とは俺は言わないし、言いたくないけど。でも普通の人間の倍は大切に思ってるはずだろう?」

 なら、どうして行かない? エイルはアレクをじっと見つめ、言った。アレクの中にある真意を確かめようとしているようだった。

 しかし、アレクの顔が全く表情を映し出さないと分かると、はぁと息を吐いた。アレクは一度こうと決めると、絶対に違えない。今回も返事をしないと決めたのだろう。

 どこか呆れているような表情を映し出す。

「お前が行かないんなら俺が行こうか? 姫様を慰めに」

「うるさい、黙れ。この馬鹿。お前こそプルー副隊長のことが心配でたまらないくせに」

 普段ティアの前では絶対にしないような口調、それを聞きエイルはますます面白そうに顔をゆがめる。が、プルーの名前が出てくるとピタリと笑いを収めた。

「あいつも立派な騎士だ。この仕事が命に係わるのは覚悟してるさ」

 まぁ、助けるけどな。と自信満々につけたし、アレクの背を押した。

「慰めてあげれる存在が傍にいるうちに慰めた方がいいぜ? 俺みたいに、『連れてけばよかったー』って後悔する前に」

 もう俺、今すっげぇ後悔してる。

 小走りで部屋を出たアレクの背中にエイルの言葉が届き、足を速めた。




 トントンといつもより少し小さい、遠慮がちなノックが聞こえた。しかしティアは返事をせず、ベッドの上で膝を抱えたままだった。

「失礼します」

 それを見越してかアレクは静かに扉を開ける。そしてベッドの上で膝を抱えているティアを見ると、苦笑いにも似た微笑を浮かべた。

 ゆっくりティアに近づくと、ベッドの横に膝をつき、ティアの顔をしたから覗き込むように首をかしげた。

「リシティア様?」

「何か用かしら、アレク。まさかそんなに早く書類が出来るわけないでしょう?」

 いつものような冷たい声でない、優しい声にもティアは頑なな態度を崩さなかった。ティアはより一層強く膝を抱え込むと、その上に顔を伏せた。

「アレクはエイル隊長の補佐役でしょう? 早く言ってプルーの居場所を見つけて、助けて……それから……」

 途中で言葉が詰まった。弱々しい声と同様にその姿も弱々しく移る。

「あなた、蒼の騎士団の団長でしょう? 一番強くて、優秀で……なのに何故かわたしの護衛で……」

 何か言い積もろうとして、それでも声が萎えた。

 女神よりも気高く、天使よりも優しいと噂される姫君は、時に冬将軍より厳しくてそれでも頼りなくか弱い。

 幼い頃守りたいと思った少女の面影は未だにティアの奥深くに眠っている。

「私が強くなったのは、どうしてだとお思いですか。リシティア様」

 あなたの為だと未だお分かりになりませんか?

限りなく近い二本戦……。しかし平行ならそれがいくら近くても、いくら進んでも交わることはない。

「あなたが騎士になったのは、強くなったのは、国と父の為」

 苛立たしげな声と体をゆする音。

「何故わたしは……」

 ティアはそこまで言って、口を閉じる。そして思い切ってアレクの方に顔を向けた。

「わたしが王女として、その使命を果たします。それがわたしの運命だと思っていますから……」

 その言葉の本当の意味を知るのは、ずっとずっと先のこと。




 何故わたしは王女として生まれてしまったんだろう――。

 そんな考えても仕方がないことを考えてしまって、あまつアレクに問いかけようとしていた。そんな自分が恥ずかしくて、まるで王族なんかに生まれたくなかったと言っているようで、慌てて言った言葉に自嘲してしまった。

 なにが『王女として』なの? さっきまで王族として生まれたくなかった、みたいな考え方をしておいて。

 今更、そんな言い訳がましいこと言ったって、わたしの所為でプルーは殺されるかもしれないのに。


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