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姫と騎士  作者: いつき
続編
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第20話 『問い』

「……様? 姫様?」

「え、あっ、エイル。何? 今ちょっと考えごとしてるんだけど」

 執務室で一人、ぼんやりと外を見ていたのに、耳に慣れた声を拾ってしまう。

 多分、今一番聞きたくなかった声だ。ただでさえ気の滅入ることばかりなのに、と額に手をやった。こういうときに、この人と話すのは得意でなかった。

「後悔、しているんですか?」

「何の?」

 しまったと思う。

 何気ないように装うつもりでいたのに、これでは反対に気にしていると言っているようなものではないか。そしてそれを隠そうとしているのも丸分かり。

 昨日から自分の様子がおかしいというのは自覚していた、が、さすがにいきすぎだろう。

「アレクの処分のことです。もちろん」

「後悔、ね」

 後悔は微塵もしていないつもりだ。

 あそこでこちらがとりなそうとすれば、ジークは己の主張を突き通しただろう。自分は数日後、ここへいないかもしれない。

 だからあのときの判断が間違っているとは思わない。間違っては、いないはずだ。

 正しかったと、胸を張っては言えなかったが。

「してないわ」

 声は震えず、予想外にしっかりとしていた。

 アレクがいないからこそ、しっかりしなければと思っているのだろうか。それならそれで皮肉だと思う。

 アレクのためにも強くなろうと思っていたのに、そのアレクがいなくなってから強くなるなんて。

 あのとき、とっさに思ったのは何だっただろう。

 ジークがアレクを見た瞬間、自分は何を思った?

 アレクがジークの手を掴んでいるのを見て、一体何をしようとした?

 答えは簡単だ。そこにはジークへの怒りも、ジークとの結婚によって得られるこの国の安全も、民のことさえなかった。

 助けなければと、ただそれしか考えていなかった。

 一度ジークの口からアレクへの処分が下されれば、いかに女王といえども覆すことは難しい。

 それより先に、正当性のある処分を下さねば、とひたすらにそれだけを考えていた。他のことが、思考を邪魔することもなかった。

 アレクを、ただアレクを助けたいと思った。

 誰でもなく、何でもなく、アレクを助けたいと、そうしなければいけないのだと、自分に言い聞かせていたような気がする。今となっては定かではない。そのときそこまで頭が働かなかった。

「ねぇ、エイル」

「はい」

 気づけば、彼の友人でもあるこの人に問いかけていた。

「傍から見て、この処分、わたしは何を選んだように見える?」

 国民から見て、大臣から見て、騎士から見て、わたしは、何を大切だと主張しているように見えるのだろう。

 民を愛していますと、この国が大好きですといったわたしは、一体何を本当に欲しているように見えるのか。

「民を、選んだように思われます。ジーク様との結婚を優先した、と」

 ままならないものだと思う。

 他の人間からは、民をとったと思われる行動が、実はたった一人の男のためだなんて。

 他の人間に何と言われようとも、自分がたった一人を守るための行動をしたという事実は変わらない。その息苦しさは取れない。

 なのに他人から見て自分は『自分の騎士であるアレクを捨てた』のだ。天秤にかけて、いつも簡単に国と民をとり、自らの騎士を切り捨てたと、そう言われても仕方のないことをした。

「国も、民も、アレクも、わたしにとってなくてはならないものなのにね」

「どちらも、選んでいると?」

 ティアはエイルの顔を見て眉を下げて笑った。“今のわたしにできることといえば、どちらも中途半端に守ることだけ”

 苦い声が響いてから、ティアはイスから立ち上がった。

 そっと国王の証である指輪に手をあて、外そうとして止める。これを外すということは、女王の座を疎ましく思っているように見られるだろう。

「わたしは、捕らわれているわけではない……。この座から逃げようとしているわけではない」

 くるりと指輪に彫られたユニコーンの紋章を指の内側へ回した。灰白色の鮮やかな指輪を見つめて、ぎゅっと握りこんだ。手のひらに紋章が当たって小さく痛む。

 その痛みだけが、今回の代償ならば、気分はもっと軽かっただろう。もっと、心穏やかにしていられただろう。こんなに取り乱すこともなく、こんなに苦しむこともなく。

「地下へ行ってきます」

 エイルが笑って懐から鍵を差し出した。しかしティアは受け取らず、首を横に振る。

 エイルの悲しげな顔はアレクを心配しているようで、それでもその内側からにじむ感情を押し殺そうとしているのが分かった。

 自分も今、きっとこんな顔をしているのだ。エイルから見ても、誰から見ても、辛いと、苦しいと訴えている顔をしているのだろうと思う。

 情けない、顔なのだろう。

「鍵を渡しておきます。姫様なら、大臣たちも文句は言わないですよ」

「いいえ、わたしはそれを持っては行けません」

 持って行ってしまえば、自分は多分、女王としてやってはいけないことをしてしまうような気がした。

 国も民も関係ないと、そう口走ってしまいそうになる自分を確かに感じている。だからこそ、その鍵にだけは手をかけない。

「鍵を持っていると、弱くなるからいいのよ」

 強くならなければ、この国を守れない。もう一度強く指輪を握りこむように拳を作る。キリキリと飾り部分が手のひらを圧迫した。

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