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姫と騎士  作者: いつき
続編
20/127

第19話 『牢』

「お前やってくれるなー」

「煩いぞ、エイル」

 薄暗い地下で、えらく場違いな声が響いた。明るい声は冷たい石に囲まれたここへ、一瞬明かりを灯したように見える。

 ちろりろと昼間からあるランプの光がここが地上でないことを示していた。

 ここを出て、少し歩けば四年前に使われた『裁きの間』がある。アレクもエイルも苦い気持ちで先ほどそこを通ってきた。忘れたくても忘れられない出来事だ。

「四年で二回も入るとか、そのうち俺ら死ぬんじゃない?」

 縁起でもない言葉をエイルはさらりと口にする。ふざけているような口ぶりなのに、その声はあくまで真剣だった。

 アレクはそれでもその発言を許せないように、唇を引き結ぶ。ぐっと厳しい表情になった。

「お前、いつまでここへいるつもりだ」

 茶化すようなエイルの声に、アレクは眉を寄せたまま返す。

 頬はほんのりと赤くはれていた。とは言うものの、騎士見習いの時には公爵家の次男というだけで、難癖をつけられては喧嘩を売られてきたのだ。

 そのときよりはずっとましだ、とアレクは思う。

「いや、ちょっと聞きたくてさ。どうして寒国のバカ王子を相手にしたのか。

……いや、手を出そうとしたのか、だな。いつものお前なら、軽ーく流して問題らしい問題も起こさなかったと思うから。

姫様がらみにしても、今回ちょーっと変なんじゃない? お前」

 にこにこと、ここがどこであるか忘れそうな笑顔と口調で問われる。

 軽薄そうなその態度とは裏腹に、聞いている内容は確実に核心を突いてくる。これだからこいつは嫌いなんだ、とアレクは口の中で呟いた。

 しかしそう言いつつ、一度興味を持ったらとことん気にする性分の男だ。なにをどうやったって逃げられないことを知っている。

 何より、牢の中では逃げ場がない。

 牢は入れられたアレクと、その入り口に座り込むエイル。勝算はないに等しい。いや、ないんだ。全くもって。

「『裏切り者』だってさ」

「え?」

「ティアのこと。あいつは『裏切り者』って、そう呼んだ」

 はっきりとした、嘲笑を持って。

 誰よりも誇り高い彼女を、そう呼んだのだ。彼女が何よりも傷つく方法を、やつは知っていた。知っていて、わざとその方法をとった。

 それが腹立たしくてたまらない。

「『裏切り者』って、呼ばれたときのティアの顔を見て、そのあとバカ王子が手を出そうとするからつい」

 本当に、『つい』なのだ。あの手が彼女に触れると思ったら。

「つい、じゃないだろう」

 これほどの焦りを、抱いたことがあっただろうか。

 これほどの怒りを、誰かに対して持ったことがあっただろうか。

 戦場に行ったときのほうが、よほど冷静であった気さえしてしまう。

 血を被るときのほうが、彼女のためだと思っていたときのほうが、ずっと落ち着いていられた気がする。

「でも正直……」

 十年来の友人へ本音を漏らす。確かに、現在ここへ入れるのは騎士の中でも、エイルとアレク、プルーくらいのものだろう。

 その安心が、いつもより少しだけアレクの口を軽くさせた。もしかしたら、誰かにこの心の中にある思いを知って欲しいと思ったのかもしれない。

「剣を持ってなくって正解だったと思う」

「はぁ?」

 エイルはわけが分からず首をかしげる。

 騎士にとって、主を守るためにある剣を置いていくというのは、自殺行為だと知って言っているのだろうかと、本気で疑ってしまう。

 もし彼らが本気になれば、アレクはその命をもってしてもティアを救えるかどうか分からないのだ。

「もし俺が剣を持ってたら、あのクレアって子の剣を飛ばして、その勢いのままバカ王子を刺してた」

 彼がティアの体に触ろうとしたことだけが、原因ではないはずだ。

「多分、心の中で落胆したんだと思う。今回おかしいのは、あのバカ王子が馬鹿な行動をしたからとかいう問題じゃない」

 ぎゅっと、アレクは拳を握り締めた。エイルは何も言わず、その拳を見て目をそらした。

「ティアと、あの王子が結婚するってことに、そう決めたティアに傷ついてた。分かってたのに、それでもずっと、想い続けることはできるって――、言い聞かせてたのに。

国のために犠牲になるとか、きっとティアは微塵も考えてない。そのことが凄く痛くて、辛かった」

 国のことも、民のことも、考えなくていいと言いたかった。

 でも言った瞬間、自分たちのあやふやな関係が終わることも分かっていた。そしてティアが、『できないよ』と言うことも。そして。

「“結婚するとき、アレクは連れて行かない”って言われた。『光国』(ここ)に残って、シエラ様を守るのが、俺の仕事だとさ」

 せめてティアの傍にいようと思っていた。

 想いを告げることも、遂げることもできないけれど、せめて自分だけはいつも彼女の味方で傍にいようと。そう思っていたのに、会議の直前彼女はそう言ったのだ。

 互いに相手の心も知りながら、この四年で少しずつ分かっていながら。

「国か恋か。いや、民かアレクか、かな」

「違う、エイル。民と俺は比べるものじゃない。いつだってティアの中では民が、並ぶべくもない宝で」

「でもアレク。今、その状況だろう? 天秤に本当はかけちゃいけないものを、今姫様はかけてしまった。そして民をとった。

本人もそれに気が付いているよ。本来、自分の義務と心は比べるべきものじゃないって」

 アレクがまた、拳を握り締めた。

「姫様、何が一番欲しいのかな」

 ティアとの絡みより、エイルとの絡みが先に来るあたり、これはもう恋愛小説と言ってはいけない気がします。

 ……どんなジャンルなんだ、これ。

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