第18話 『処分』
「納得できない」
ジークの声に、ティアは笑みを深くする。
今回だけなのだ、歯向かえるのは、と心の中で呟いた。
あちらに失態があった今しか、強気な態度には出れない。だから今、こちらが有利なうちにその様子を見せておかなければいけない。
なるべく、自分を敵に回しては面倒だと、思わさなければいけないのだ。
「一国の王に『裏切り者』と言い、わたしに近づいた。警戒されても仕方ないでしょうに。
なんせ相手の手には武器があり、わたしたちは四年前に一戦を交えた敵国同士。あなた方の行為には驚かされました。
あなたの父上を信用し、敬意を払って武器を持ち込まず話し合いをしようとしていたわたしたちを裏切ったのですから。我が騎士の行動を一々責め立てられますか? あなた方が」
こちらの騎士に責めを負うべきところはあります。ですが、こちらだけというのは、あまりにも不当なことです。
「この侍従にも同じ処分を。今日は牢に入れ、明日からはジーク様が帰るまで客室にて謹慎していただきます。まぁ、客室から出れないというだけではありますが」
「そんなっ。それでは王子をお守りできません。他の罰をっ! どんな罰でも甘んじて受けます。ですから、ジーク様のお傍を離れるという罰はお取り消しください」
クレアが初めて悲痛な声を上げた。
ティアがそれを聞いて、笑顔を引っ込めた。
「あなたはわたしの言葉に二度も背いたのです。
そして我が騎士の首に刃を押し付けた。本来ならばデルタ王をも巻き込んでの事態になるはず。それくらいのことを起こしたのです。
あなたが一番つらいと思う罰を与えなくてどうするのです。それに……アレも同じ気持ちでしょう。主を持つものならば、その気持ちも分かるはず。
自分だけその痛みから逃げようなどと思わないでください」
ティアは苦い顔をして、ジークへ向き直る。
父の名を出されて、ジークは今回正式な形での訪問ではないことを思い出した。
父には自分がどこへいるか知られていないはずである。その上、面倒事が持ち上がっては自分について来た少女の命さえ危うい。
「即刻、寒国へ送り返そうとも思いました。しかしそれではジーク様もご心配でしょう。そう思って、この処分にしたわたしの配慮を汲んでいただけると思っているのですが?」
「……ご配慮、感謝する」
それが了承の言葉だった。
「で、結局、白薔薇姫は俺と結婚する気があるのか?」
「お返事はしたはずです。一年、待ってくださいと」
二人っきりになった室内で、静かな言葉が交互に行き交う。二人でいる成果双方とも言葉遣いが少し砕けていた。そしてその分会話にも遠慮というものがなくなってくる。
少しずつ互いの性格を知ってしまったせいか、まどろっこしい駆け引きに飽きてしまったせいか。
「本当に、あるのか」
「わたしたちにとって、今一番必要なことでしょう? わたしは光国の平和と繁栄を、あなたは大陸に知れ渡った元女王を手に入れられる。
お互い損得勘定を考えれば、バカな提案ではないはずです。あなたも、わたしも、利害は一致しているのだから」
かちっとカップを置いた音は響かず消えた。
ティアはゆっくりと指を組み、その上へあごを乗せる。少々行儀は悪いが、ジークも向かい側で足を組んでいるので、お互い様である。
「あの騎士は?」
「あの騎士……。それはどういう意味ですか?
『あの騎士と結婚しなくてもいいのか?』という内容でしたら、結婚はしません。いいえ、できないんです。そもそもそういう間柄にはなれぬ身分ですから。
あれも、わたしも分かっています。ようは幻影の追いかけです。わたしも、この想いに名をつけるつもりはありません」
小さく、本当に小さく、心の欠片が零れた。
「連れては来ないのか。こちらへ。俺はかまわないぞ。俺だって側室をいずれは抱えるのだから」
ジークの問いに、ティアは組んでいた手を解いて背もたれへと寄りかかる。そして足首だけクロスして、右手の甲へあごを乗せた。
ふぅ、と息をつくと、柔らかそうなブロンドがなびいた。
「わたしも、あれも国と民のために尽くしたいと思っています。あれくはここへ残り、国政へ携わってもらうつもりです。
弟の下へつけば、王の側近として立派に働く。そして寒国との国交も元に戻る。それに」
そこまで言って、ティアは口を閉じ、一度だけ首を横へ振った。
ふわり、と風が起こって、ブロンドを左右に揺らす。さらさらと聞こえてきそうなほど滑らかに動いた。大きな曲線を描く金糸が広がって肩へ落ちた。ティアは心の中で呟く。
誰にも、聞こえないと自分に言い聞かせつつ。
『何より、想っている相手の前で、違う男へ寄り添い、その男の隣で生きる様を見られたくはないのです』と。
言い訳のようにも聞こえる。切ないようにも聞こえる。
ただ恋に生きたいと、言っているようにも聞こえる。聞こえるだけかもしれない。本当はそういうように、思っていないのかもしれない。
「愚かだと、笑ってもらっても結構です。バカな統治者です。ですが、国と民を想っている心を疑われるのは心外です。おやめください。わたしは、あなたの心を疑っていませんから」
笑顔でも、泣き顔でもなかった。