第17話 『期限(ピリオド)』
「白薔薇姫はあの騎士を好いているのか?」
アレクが出て行った後、ジークは苦笑いして問いかける。
どこか聞いている自分自身を嘲笑うような笑顔を見て、ティアは先ほど浮かべていたのと全く違う種類の笑顔を浮かべた。
口元を緩め、小首をかしげて、顔全体が華やぐ。
「ええ」
それはごく自然に、大切な人間を見るものの瞳。王女でも女王でもない、それは年相応の、少女の笑顔だった。
美しいというよりは、可愛らしいという、そういう種類の笑顔。
「女王が、ね」
『たかだか』と言った口が、ティアを責める。ティアはそれにまたにこりと笑顔を向けた。ジークの批判など、ティアには取るに足らないものらしい。
「民の一人ですから」
それでも言葉は偽りを口にする。いくら顔が『そうではない』と語っていても。民の一人であるだけの男には、決して向けないであろう瞳を見せつつ、しかしその笑顔を隠した。
元の冷静な女王に戻る。それが当然だというように。
「そして女王として、その侍従の身柄を拘束します」
「なっ」
今度はジークが顔色を変える番だ。クレアも驚いたように一歩下がる。ジークはとっさのことに言葉を発せず、またクレアも驚きを隠せないように手で口を覆った。
その中でティアだけが欠点のない笑顔を浮かべていた。何かを思いついたような、人の悪そうな笑顔を口の端へわずかに浮かべる。可憐な少女から、好戦的な女性へと変わる瞬間を見た。
「どういうこどだ!!」
「言ったはずです」
――武器はこちらでお預かりしますと。
キチン、と音を立ててティアはクレアの手から剣を取る。その優雅さと速さはアレクの頬を張ったとき以上だ。その流れるような所作にクレアが目を見開く。
それを見て、ティアはくすりと笑った。バカにしているというのとはまた少し違う、どこか見守る色さえ含まれている笑い方だった。不快ではない、とクレアは意識せず思ってしまう。
「確かに、軍人のあなた方や、わたしの騎士には勝てませんが……。わたしが、ただ護られているだけのぼんくら姫だとお思いですか?」
そして笑顔のままで続ける。
「城内へ入る際にも一度、わたしは申し上げたはずです。ジーク様には従っていただきましたが、そちらの方は侍従ということでしたので、一番大きなものを一つ出していただいただけです。
そして歓迎の宴のときのも再び」
ティアの言いたいことが分かり、クレアが反論しようと口を開く。
「それは」
「王子を守るためだとでも言うつもりですか? わが国の騎士を信じていないのですね」
あなたの発言一つが、今ここの場を左右しているのよ?
そう言われている気がして、クレアは口を噤む。
「だが、侍従は」
今度はジークがクレアの前に立った。
ティアが一度だけ唇を噛み締める。こんな風に、わたしもかばいたかったと、誰にも聞こえないように、口から零れないように、唇を噛む。
桃色の唇は一瞬だけ白くなり、また元の色に戻った。
「話し合いの席に武器は必要ない。だからわたしの騎士も帯剣していなかった。騎士が剣を一時でも体から離すということがどういうことか、ジーク様なら分かっているはずです。侍従殿も」
「主の前で剣を外すことは決してありません。いざというとき、主を、守れない」
クレアがポツリとこぼした。ティアが頷いてその手首を掴む。
思いのほうか強い力にクレアは眉を寄せた。この人は顔以上に、その手に表情が現れるのかもしれない、と思う。
クレアの手首を掴んでいる手を、ジークは同じように掴んだ。
「手を、お放しくださいな。ジーク様。
少なくともあなたの侍従は、武器を持っていないと分かっている『わたし』の騎士に刃を向けたのです。そして傷つけた。どういう形であれ、それは事実です。
これではこちらも黙っているわけにはいきません」
ゆるり、と口元が上がる。
「ではこちらも、先ほどの騎士の身柄を」
そう言ったジークにティアは笑いかける。『身勝手ですのね』とその顔が言っている。
そして掴まれていた手を振り払って、今度こそ不敵に笑って見せた。美しい顔が歪む。しかしそれさえも魅力的に感じられた。人を妖しく惑わす笑みだと思う。
「残念ながら。あなたの手をいきなり掴むという無礼を行いましたが、あれにも一応忠誠心があるのです。今日は牢に入れたままにし、明日から一週間の自宅謹慎という処分を下しました。
あなた方にも問題があったにしては、厳しい処分だと思いませんか?」
この姫はやはり、女王なのだ、とジークは思いつつ、眉を片方だけ上げた。