表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫と騎士  作者: いつき
続編
16/127

第15話 『謝罪』

「ごめん、アレク」

 抱きついたままのティアが、どこか泣き出しそうな顔で再び言ったとあと、ゆっくりとその拘束を解いた。

 それを少しだけ物足りなく思ってしまう。先ほどまであった熱が離れていく感覚は、いつも不快にさせられる。

 そしてまた左手をつなぐ。ティアは繋いでいない方の手を額に乗せた。顔の上半分だけが白い右腕で隠されると、口元からしか表情を見出せない。


 罪深いのだろうと思う。互いに。


 手放せないし、手放す気がないのだ。

 彼女も、自分も、お互いを手放す気なんて始めからありはしない。互いに相手へ依存しすぎている。四年前から、もしかしたら――もうずっと前から。

「ティア」

「どうしてかな、アレクにそう呼ばれると」

 ティアであるわたしは泣きたくなるよ。リシティアであるわたしは、逃げ出したくなる。甘く、柔らかく、その声が響くと、どうしても。

 そう言う声は、わずかに苦かった。

「寒国の、申し入れを突っぱねたくなるよ」

 幼い口調に何も返せなかった。それはティアの気持ちで、リシティアの判断ではない。あとで後悔するのはティア自身だと、よく分かっているはずだ。自分も、彼女も。

 彼女は自分自身を許せなくなってしまう。自分を責め続けることになる。

「アレクっ……」

 ごめん。分かってる。だけど。

「アレクを、放せない」

「離さないで」

 出た言葉は本音。

 だけど多分、正しくない答え。それでも、たとえあとで罰を受けることになっても、今はここへいたかった。この手を離したくなかった。離して欲しくなかった。

「……弱くて、ダメだ」

 ティアがぽつりと呟いてから、ゆっくり手を離した。その手を掴もうと動いた手を下ろす。離した手を今掴まなければ、次はいつつかめるとも分からないのに。

 掴めるかどうかさえ、分からないのに。

 もう一生掴めなくなる瞬間を、自分は確かに知っているはずなのに。あの頃、その瞬間に出遭い、体全体が冷たくなっていったことを、今でもはっきりと思い出せるのに。

 それなのに、そのとき、自分は離してしまった。

「強く、なりたい」

「ティアは、強いよ」

 言うこともなく、上手く言えなかった。本当に言いたいことではなかった。

「強くなりたいって、思わないほど強くなりたい」

 未だに隠されたままの顔からは、何も窺えない。それでも悔しい思いをしているんだと思った。

「夜が――――」

 ティアがそういって小さく笑う。

 右腕を外すと、少しだけ赤くなった瞳が見えた。そしてこちらを見て気丈にも笑って見せた。いつもどおりの、美しい笑顔でもなく、不敵な笑顔でもなく。

「何でもない。心配させてごめんね、アレク」

 言いたいこと、分かるよ。ティア。同じように思ってしまったから。


 “夜が明けなければ、このままでいられるのに”


 “夜が明けなければ、あの王子と会うこともないのに”


 夜が明けなければ、ティアを自分のものにしてしまうのに。

 民のものでも、国のものでも、ましてあの王子のものでもないと、叫んでしまいそうになった。そして自分のものでもないことに自嘲するのだ。

「おやすみ。ティア。いい夢を」

「ありがとう、アレク」

 そっと離れてからティアを振り返る。薄暗い中では表情も見えない。

 再び近づいて、瞳を閉じたティアを見つめた。眠っているようには見えない。だけど本人はもう眠っているつもりなのだろう。

 近づいても目を開けることはなかった。

 『ごめん』と何度目かになる謝罪を口の中で転がした。彼女が欲する言葉ではないが。そう思いつつ、目を瞑ったままのティアの額に唇をつけた。

 眠っているティアに、せめてこれくらいは許されるだろう。彼女は多分、気づいているのだろうけれど。パタンと小さな音を立てて扉を閉めた後、廊下の照明が目に痛くて目を瞑る。

 強くなりたいと、ティアは言っていた。

「それは俺だよ」

 誰にともなく呟いて、その場へ座り込む。

 どうか、彼女が悲しまないだけの力をください。彼女が涙を流さないだけの、力をください。名の知らない神へ願った。

 強くなりたい、力が欲しい。彼女を守れるだけの。彼女の隣に立っても許されるだけの。彼女が頼ってもいいと思えるだけの。それくらいの力を。

「守りたいんだ」

 せめて守ってくれた分だけ。今度は自分が守りたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ