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姫と騎士  作者: いつき
続編
15/127

第14話 『隔て』

「あなたの望みが分かりました」

 ティアがジークから離れ、微笑を浮かべたまま言った。

 余裕のある表情に一瞬だけジークは眉を寄せる。思ったとおりの反応が表れず、少々残念がる様子を見せたが、それもすぐになくなった。

「しかし、私の一存では何もお返事できません。一国王ですので、臣下と話してからその話はおいおい」

 艶のあるブロンドが、ティアの動きに従った。アレクの黒い髪と制服が、ティアのブロンドを引き立てる。その様子をジークは見ていた。

「その会議に同席しても?」

「ご勝手に」

 最後の言葉だけが、冷たい響きを孕んで揺れた。あなたが出ようと出まいと結果は大して変わらない、と言外に言われた気がしたジークは不満そうに頭を振る。

 ティアの心を映さない瞳は、ジークを観察するように鋭かった。




 薄暗い部屋にただ一人。それが妙に寒々しく、ティアが起き上がった。

 ベッドから抜け出して、肩にショールをかける。そして寝室の扉を開けた。柔らかい部屋履きは音を立てることなく、絨毯を踏みしめる。

 ティアがあえてそっと歩いているせいもあるが、空気も動かない。執務室を通り抜け、ティアは部屋から出る扉に耳をつける。目を閉じて集中すれば、よく知る気配があった。

 時折変わるが、順番的に言えば、今日はアレクがそこへ立つ日だ。

 ほぅと扉に耳をつけたまま息を吐いた。冷たい扉に耳と頬をぴったりとつければ、次々と体温が奪われていく。それでいいと思った。これで少し冷静になれる。

 知らず安心している自分がいる。その気配を感じるだけで、寒々しさも恐ろしさも感じなくなる。不安な決して消えないが、とりあえず息は吐ける。ティアはそう思いつつ、体全体を扉につけた。

「眠れませんか?」

 扉越しの声に、うんと返した。

「ねぇ」

「何でしょう」

 その言葉遣いに、拳を握り締めている。

 困らせないと決めてはいるのに、どうしても『アレク自身』の言葉が欲しいときがある。つらいときや寂しいときにはいつだって、言って欲しい言葉がある。

「夜だけ」

 甘えたい。

「わたしが、守るべき民が眠っている夜だけ、ティアでいていい?」

 これは甘えだと知っている。

 女王である人間が言ってはいけないということを知っている。女王はいつだって“女王”で、身も心も全て民に捧げなければいけない。全ては国と民のためでなければいけない。

 だけど、どうしても。

「女王として、眠りたくない」

 がちゃりと扉が開いた。

 バランスを崩したティアをアレクは軽々と持ち上げる。まるで荷物か何かを持つように、軽く抱き上げた。ふわりと部屋着の裾が浮き、空気を孕んでティアの足元を再び隠した。

 がちゃと耳元で扉が閉まる。廊下の照明が見えたのはほんの一瞬で、すぐに部屋はまた暗くなった。だから今アレクがどんな顔をしているのか、ティアは知らない。

「ティア。大丈夫だから。何も怖くない」

 寒いだろ、と苦笑いでマントにくるまれる。そしてそっと抱き上げられたまま、アレクは移動した。“アレク?”と問いかけると、“少しの間だけ”と笑われる。

 こつこつと長靴が音を立てて、自分の寝室の前で止まる。ティアはアレクを見上げた。

「寝室って、入っていいのか、俺」

「いいよ」

 温かい体温に安心したのか、ティアが小さく笑って見せた。アレクはティアの髪に小さくキスを落とし、ベッドへ乗せる。そして一度、二度、そのブロンドを梳いてから、ベッドの縁へ腰をかけた。

「夜が明けるまで、あの頃の俺たちでいよう」

 それが許されないことだと、お互い分かっているのに、ティアは握っている手が離せなかった。もう少し、もう少しだけこのまま、と願わずに入られなかった。

「ごめん。アレク」

 ぎゅっと、ティアがベッドの中からアレクの制服を握った。

「謝られるようなこと、したかな」

 アレクはわざととぼけてみせる。それが唯一の救いだった。ティアはアレクの制服と手を離し、アレクの胴へ抱きついた。力を込めて、抱きしめる。

「痛いよ。ティア」

「ごめん。アレク」

 再び謝るティアの髪に、アレクは手を押し当てて痛そうに眉を寄せた。『ごめん』が力の入れすぎへの謝罪ではないと知っているからだ。

「そんなに、痛くないよ」

 それでも、『謝らなくていい』とは口に出せず、違う言葉で代用した。これでは伝わるものも伝わらないという自覚はあったが、それ以外に言いようがなかった。

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