第13話 『白薔薇姫』
「美しく聡明な白薔薇姫、ね」
隣でジークがくすりと笑う。
ただの戦好きのバカかと思えば、話し方はそつのない一国の王子らしかった。
たまに垣間見る軽率そうな瞳の色さえなくて、戴冠式にきちんと出ていればまた違う印象を持っていたかもしれない。
そう思いながらティアはジークを見上げる。
白い肌に淡い金髪、そしてそれに映える碧眼は寒国の人間だと一見して分かるもの。貴婦人たちの視線を釘付けにする、アレクと同様の美しい顔立ちを見る。
「どうやら、ただのお姫様ではないらしい」
呟いた瞬間、腰に手が回される。
ちらりとアレクの驚いた顔が目に入った。“助けて”と言えない自分につくづく腹が立つ。顔は笑みのまま、ジークのリードするとおり足がステップを踏む。
しばらく前に踊っていたのより少し早くて、リードが下手だと小さく笑った。
公爵家の人間として幼い頃から育てられているアレクと比べても無駄だろうか。……幼い頃から王子として育てられたのに下手なこの人にも同情はするが。
アレクと踊ったとおりにくるくる回る。少しリードが下手なのは、アレクだけが幼くなったこととする。丈の長い手袋の存在に救われている。
「では」
救われたのだから。
「今回のご訪問の意図をお聞きしても? お嫌いでしょう? 戦を知らない女子など」
「見てみたかったからです」
お互いの耳元で声を出し、どこかこの状況を楽しんでいるように会話した。
互いに相手が一筋縄ではいかないと悟ったからか、駆け引きを楽しむように笑っている。そして嫌気が差す。
「国が変わろうと、滅びようと失われぬ王の血を継ぐあなたを」
こういう言われ方は慣れたが、まだ少し、腹は立つ。
「民と国のない王はただの人間だと、わたしは思っていますが?」
腰の手が、近い熱がうっとうしいと思う。笑顔で踊るわが身が浅ましいと思う。
「何にも動かされないあなたに興味を持った」
「興味を持っていただくような、面白味のある人間ではございません」
曲が変わる。ステップが早くなり、体がより密着した。リードが少し、上手くなる。
不快だと言う感覚も麻痺したらしく、そろそろ何も感じなくなっていく。こちらの方が楽だと、そう思ってジークの顔を見た。胡散臭い笑顔、と心の中で呟く。
「こんなことなら、戴冠式をサボらなければよかったな」
耳元で小さく言われた台詞。そんなことだろうと思ってはいたが、改めて言われると腹が立つ。真正面から、お前を認めていないと言われているようなものだ。
「そっちが本性?」
「ああ」
本性を見せたんだから、白薔薇姫も本性を見せたら? 好きだろ? こういう遊び。
人の心を見抜いたかのようなふりが嫌になった。何もかも知っているようなふりをする。踊りながら、互いの熱を感じながら、それでも二人は相容れないのだと分かる。
「見せたら、お引取りくださいます?」
「まさか」
くるりと回って互いに手を離す。
正しい男女の距離が一礼した瞬間、また近くなる。
再び腰を引き寄せられたのだ。ざわりと周りが騒ぎ始める。無礼な振る舞いを非難する者、好奇の瞳で見るもの……。
そして、――ひたすら心配そうな顔をする者。
「リシティア姫」
低く呼ばれた。
違う。こんな声じゃない。わたしが、呼ばれたいのはこんな声じゃない。もっと澄んでいて、もっと洗練された印象で、もっと優しい声。
それで同じように『リシティア様』と呼ばれる。
「俺はあんたが欲しい」
「ご冗談を」
笑って言い切る自分がいて、今すぐアレクの元へ走りよりたい自分もいる。
背筋が冷たくなり、アレクと目が合う。自制するように握られた手が痛々しい。笑って見せなければいけないのだ。大丈夫だと。いつか来ると思っていたが、突然来ただけだ。
恐れることは、何もない。自分は光国の女王なのだから。
泣き出したい、と思わない。逃げ出したい、と願わない。
だから気高く笑みを作った。大丈夫、大丈夫、だから心配しないで。そんな不安で潰れそうな目でこっちを見ないで。
「本気だ」
「ご冗談が過ぎますよ」
するりとジークの腕から逃れた。そしてアレクの元へ走りよる。『ごめんなさい。大臣たちが騎士から離れると煩いの』そう言って笑うのが精一杯だった。