第12話 『細腕』
「ようこそいらっしゃいました、ジーク様。どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」
大臣の声と同時に流れ出す音楽と、美しく着飾った貴族たち。
品のよさそうな部屋は、煩くない程度に声が満ちている。派手ではない装飾は光国の品だと一目で分かった。目が痛いほど宝石で飾る自国の貴族や王族との違いを見せつけられた。
あくまで品よく、不快にならない程度に格式高く。この光国らしさが苦手なのだ。もともと軍人の家系である自分に合うはずもないと、ジークは首を振った。
そのときざわり、と広間がざわめく。
振り返れば先ほど見たこの国の女王が立っている。瞳の色に合わせた深い青色のドレスを身に纏い、首には何連にも重なるサファイアの首飾りがある。
自分よりずっと濃く、ウェーブのかかった金髪は首筋がはっきりと見えるほど高くまとめられていた。そのときこちらへ気づいたようだ。柔らかく笑った後会釈した。
「大人しそうな女、か」
さっき会ったときの印象は、大人しそうで面白みのなさそうな女。
気品もプライドもあるらしいが、威圧感はなく、ただ穏便に事を済ませようとしているように思えた。
父があれだけ恐れた意図が分からない。
力を込めれば折れるだろうと分かる細腕に、苦労を知らなさそうな指先。肘まである手袋のせいで今は認識できないが、桃色の爪は綺麗に整えられているだろう。
戦も、血の匂いも、死の気配も知らないのだろうと思う。剣など持ったこともないはずだ。鞘から抜いた剣も、もしかしたら見ることはないのかもしれない。
与えられるだけで満足して、知識だけ詰め込んだ物分りのいい、甘くて優しいだけの姫君。戦とは無縁なところでぬくぬくと守られて育った深窓のお嬢様。
こんな彼女でも、国を治められるのだ。
それだけ国政が易しいのか、それとも周りの人間がよほど優秀なのか、どちらにせよ自分にも出来る仕事だろうと思ってしまう。思っても仕方がないだろう。
「楽しんでいただけてます?」
「もちろんです」
美しいとは思った。
緩やかな曲線を描くブロンドも、蒼や翠に変わる瞳も、人形のように整った顔立ちも、他の姫とは比べ物にならないほど美しいとは思う。
しかしそれだけで、それ以上の魅力は感じない。
父の言ったような“王”の気配もない。
国を治める器でもないと思う。この細腕はこの国を支えきれない。
ティアと名乗った、今年二十歳になる彼女はそっと隣を歩く。それに従うと、広間の真ん中へ出た。人々が拍手を送る。ティアが話そうとした瞬間、拍手がやんだ。
少しだけ驚いた。
王の気配は感じないのに、彼女は確かに女王としてここへいる。そして、貴族たちは彼女に従っている。心底心酔しているような視線にも納得できない。
「今日は寒国からジークフリート様がお越しになりました。
普段国から出ないわたしたちにとって、お話を伺ういい機会となりましょう。皆、今日は歓迎の宴です。有意義な時間を過ごせるように期待してますよ」
落ち着いた声が終わると、また拍手が送られる。
ティアがこちらを見て笑っている。
そのとき唐突に、いつも隣にいる少女がいないことに気がついた。おかしい。いつだって傍にいてあれやこれや言ってくるのに。
「彼女なら、控え室にいますわ。この場に武力は不要ですので」
すると隣から少女とは別の声が聞こえる。
先ほどとはまったく違う声に驚いた。その声にはまだ穏やかさがある。しかし初めて会ったときの“姫”の気配はどこにもない。ふてぶてしいほどの笑顔がちらりと目に入った。
「ティア姫?」
「武器さえ……」
ティアが美しく口角を上げる。
「武器さえ出していただければ、ジーク様の侍従ですもの。お入れしました。
しかしどうしても懐にあるはずの小剣を出してくれないのですもの。わたしの騎士は男ですので、女性に何か出来るはずもないので」
完璧な笑顔と言うには少々毒々しかった。
美しいと思うものの、お姫様として過ごしてきた少女がする笑顔ではなかった。相手を翻弄するような笑顔だ。
その笑顔を見た瞬間、父の言っていたことが分かった。ただの姫君でないことは分かった。美しいだけでもない。
駆け引きさえ出来ないような顔をしながら、人をだます。
「このような席に、剣が似合わぬことはご了承くださいますね。我が国は兵を持たぬ国。そしてその国に武器を持ちこむとは、わたしを信用していない証ですので」
有無を言わせぬ声に、小さく笑いが出た。なるほど、深窓の姫君ではないらしい。
「もちろんです。リシティア姫」
こうでなくては面白くない。