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姫と騎士  作者: いつき
続編
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第10話 『初対面』

「お初にお目にかかります、ジークフリート様。リシティア・オーティス・ルラ・リッシスクと申します。力不足ながら、この国の女王をやっております。以後お見知りおきを」

 ドレスを小さく持ち上げて、ティアは言う。上品な様子ではあるが、瞳の鋭さはいつもより増している。ジークが何をしようとしているのかを見極めようとしているのが分かった。

「ジークフリート・ロッラールです。ジークとお呼びください。リシティア姫」

 ぐっとティアの拳が一度だけ強く握られた。

 しかし笑顔は変わることなくジークに向けられる。一国の王に向かって『姫』という尊称は侮辱以外の何者にも感じられない。ティアは自分が王として認められていないことを知った。

 もっとも、戴冠式に出席していないという時点で、うすうす分かっていたことなので、ジークへの怒り以外の感慨は浮かばなかったが。何より、ここで怒ったって何にもなりはしない。

「ジーク様、ではわたしのこともティアとお呼びください。デルタ王も、そう呼んでくださってますから」

 それでも相手は今微妙な関係のままである寒国の王子で、自分は不利な側の女王なのだと思い出す。ここで機嫌を損ねれば、外交の面で支障をきたすかもしれない。

「ティア姫の戴冠式に来られなかったのが、残念です。是非出たかったのですが、どうしても予定が合わず。このように美しい人ならば、もっと早く会いたかった」

「いえ。ご事情はデルタ王からお聞きしております。それより本日はこの国のことをよく知っていただこうと、宴を用意いたしました。是非ご出席くださいますよう」

 ティアは笑顔を崩さず言い切って、侍女たちに荷物を運ばせる。

 ティアの後ろへ控えているアレクの気遣わしげな視線に、ティアはそっと笑って答えた。四年前、小さく、本当に小さく関係の変わったあの日から、自分は弱くなった気がする、とティアは思う。

 いつも傍にいて、いつも名を呼んでくれる彼に、甘えている気がした。そしてそれを少しだけ許している自分がいる。

 甘えてもいいのだと、言い訳する自分がいる。

 大して、ジークは、『美しい人』という言葉に眉一つ動かさなかったティアを見ていた。言われ慣れているのか、はたまたそんなものを謙遜している余裕さえないのか、未だ判断できない。

「長旅でお疲れでしょう。宴の時間まで、しばしお寛ぎください」

「楽しみにしています」

 ジークの後姿を見送ったあと、ティアは大広間へ向かう。その後ろについているのは、いつの間にかアレクだけだった。

 ティアの柔らかな素材で出来た靴は足音を立てることなく、ドレスも大きく揺れることなく、優雅に進む。

「姫、ですって」

 ティアは苦く笑った。抑えきれない感情が、ゆっくりと空気を通してアレクに伝わる。

 アレクはそれに返事をしないまま、ティアの後ろへ続く。発言を求められるまで、口を利いてはいけないのだ。王の護衛は。

「舐められたものね。北のバカの言い訳が聞いてあきれる」

「リシティア様、それ以上は」

 しかし、ついに我慢できず、口を挟んだ。普通なら即手打ちだろうが、ティアは本来そういうことを気にしない性格だった。

 それに誰が聞いているかも知れないのだ。

 ティアは口を押さえ、『ごめんなさい。軽率だった』と謝った。いつも冷静なティアにしては珍しい、とアレクはそっと息を吐く。

 ユリアス王が亡くなったとき、ティアは泣かなかった。

 王妃や弟のシエラが泣いている隣で、ティアはただ呆然と棺を見つめていた。

 自分の母が亡くなったときのように医師を責めることもなく、おいて逝かないで棺に縋るのでもなく、ただ静かにその死を悼んだ。


 多分、とアレクは思う。


 多分ティアはそのときすでに覚悟を決めてしまっていたのだろう。

 何度も呼吸が止まりかけ、その度に次期王の話が出ていたから。ユリアス王の代わりに、自分が王位に立たなければいけないその日を。

 戴冠式の日、ティアは“四年間だけの王ね”と静かに笑った。

 それでもシエラを抱きしめて言うのだ。“あなたの治める国が、平和であるために頑張らなくてはね”と。手を差し出せば素直にその手をとり、城から町を見下ろした。

 あのとき決めたのだろう。ティアは、自分はこの国を守るために女王になろうと。彼女は強いから、こちらへは何も言わなかったけれど。

「ここであるのね」

 ティアが漏らした言葉で現実に返る。そしていつの間にか大広間へ着いたのだと知った。女王の護衛がこの有様かと自嘲しつつ、ティアの背中を見つめた。

 その後姿は四年前と何も変わらない。細く、小柄なつくりはそのままだ。ただ王女のときより増えたプライドと責任が確かにあるとアレクは知っている。

 彼女は逃げられない。逃げようとも思わない。

 逃げたい、と考えたことも、もしかしたらないのかもしれない。千年以上続く“王家の血”がそうさせているのかもしれない。そして、それがティアをどこまでもティアたらしめんとしているのだ。

「あれの手を、取るのね」

 アレクの手ではなく。

 そう言ったティアの背中が何故か泣いているように見えた。誰よりも強くあろうとするティアがたとえアレクの前であったとしても、泣くことを忌むと知っていながら。

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