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かなとこ雲




 人間の子が妖精国にいて、妖怪が憑いているせいなのか、妖精の大きさになっている。

 どうしたらいい。

 知るか。

 ラグナの相談に、やしろは間髪入れず答えた。



「そっちでどうにかしろよな」

「人間も妖怪も管轄外なんだから仕方ないでしょ」

「それはおまえだけだろ。少なくとも、戦争を経験してる年を食った連中は、なにかしら掴んでんじゃねえか」



 不意を突かれ、思わず閉口してしまったラグナ。過ったのは、シャロの浮かない顔。確かに、秘密をいっぱい抱えてそうだと思った。



「それは、否定できないけど。でも、シャロが、相談して来いって言ったんだもの。できるなら、シャロは自分で解決している。できないから、私に行ってきてくれって言ったのよ。ねえ、なにか思いつかないの?」



 やしろは鼻息を荒々しく吐き出して、腕を組んだ。



 本当は考えなくたって、答えは出ていた。

 解決方法がわからない。知っているかもしれない年高の仲間は人間や妖精を毛嫌いしている。かづらは養生中。となれば、相談できる相手は、のばらの母親と、九尾の妖狐、なのだが。

 精神肉体双方ともに不安定な九尾の妖狐を頼りには、あまりしたくなかった。



「………のばらの母ちゃんに相談しに行くぞ」

「ありがとう、やしろ」



 今回の件は圭とは直接的には関係なかったので、内心、やしろはなにもしてくれないかもと危惧していたが、杞憂だったようだ。


 ラグナは満面の笑みを浮かべた。

 解決方法がわかってない内に、笑うな。やしろは呆れながらも、行くぞと告げた。








「あらあらあら。ようやく会えたわねー」


 四本の杉を四隅の柱にして宙に浮いているように建てられていた家に案内されたラグナを待っていたのは、すごく懐っこい笑みを浮かべて、両手を上げて迎え入れてくれる、女性の烏天狗だった。


 光に当たった部分だけ紅に染まる漆黒の短髪に、どんぐり眼の上にはちょこんと爪ほどの大きさの眉がある、卵顔で長身の彼女の名は、きうな。のばらの母であった。


「娘から話は聞いていたのに、こちらから会いに行かなくてごめんなさいね」

「いいえ。私こそ、挨拶が遅くなりました。ラグナと申します」

「私の名前はきうな。一応、研究家、と言っておこうかしら。連れ合いには敵わないんだけど」

「おばちゃん。こんちわ」

「やしろ。こんにちは」


 きうなはラグナとやしろの瞳をしかと、見つめながら、なにかあったのと尋ねた。




「妖怪は、どうにかできるかもしれないけど。妖精国にいる人間の子を人間国に返すのは、やっぱり九尾の妖狐に任せるしかないわよね」

「妖怪はどうにかできるって。おばちゃん。妖精国に行かなくてもってことだよな?」

「そう。本当なら、烏天狗である私たちが説得するところから始めるんだけど、妖精国に行ける烏天狗は、いるとすればかづらだけど、今は療養中で無理でしょ。まあ。九尾の妖狐の結界をどうこうする手もなくはないけど」



 やしろとラグナは目を見開いた。

 あんなにかづらが苦労してこじ開けた結界を、どうにかできるかもしれないと、さらりと言ってのけたのだ。

 きうなは彼らの視線を受けて、落ち着いてと言うように、ゆったりと告げた。



「綻びがある今なら、可能性はあるという程度。そもそもやる気もないし。私がしたいことは逆だもの」

「結界はあった方がいいということですか?」



 ラグナの質問に、きうなは頷き、気分を害させて悪いんだけどと前置きしながら言葉を紡いだ。



「烏天狗や妖怪は基本的に自分が史上最高に強いと自負しているの。それが先の戦争で、汚された。烏天狗や妖怪ならともかく、もっとも見下していたあなたたちに殺された。仲間を殺されて恨む彼らもいるけど、ほとんどが、雪辱を果たそうと考えている。もし、結界がなくなったら。また同じことの繰り返し。言って聞かない連中ばっかりだから、結界は未来永劫のものにしたい。私は主にその研究をしているってわけ」



 そんな事をすれば、娘は悲しむだろうけど。

 きうなは少しだけ眉根を寄せて困り顔になったが、すぐに気を取り戻した。



「話は逸れたけど。人間に憑いた妖怪をどうこうする薬はこれよ」


 きうなは後ろに畳んでいた深青の羽に手を突っ込んで、一本の瓶を取り出した。


「これはどんな効果があるんだ?」

「妖怪を眠らせた上で、弾き出して具現化する薬。憑いている妖怪は煙みたいなもんだから、まず捕まえようとしても無駄。人間の陰陽師はどうにかできるらしいけど。あなたたちは無理っぽいし」



 はいと返事をしたラグナだったが、実際はその手段が本当にないのかはわからなかった。やしろの発言に少しだけ、疑うことを覚えたほうがいいと考えを改めた。



「期限はどれくらいなんだ?」

「一週間。あとは一応、捕縛用の縄も渡しておくわね」

「ありがとうございます」



 少し重いが、自分の手で持てる質量の縄に驚いたラグナ。きうなは茶目っ気たっぷりのウインクを飛ばした。



「必要かなと思って、色々ラグナちゃんが使えそうなやつを作っておいたから。これからもどんどん頼ってくれていいからね」

「ありがとうございます」



(こんなに好意的な烏天狗もいるんだ)



 至極感激中のラグナ。疑うことを知らないなこいつ。呆れが止まないやしろに、きうなはこしょりと話しかけた。



「圭ちゃんが早く起きれるように頑張ってるわね」

「当然だ」



 胸を張るやしろに、本当にこの子はと目を細めたきうな。


 圭については、圭の魂が託されたやしろとラグナ以外には、妖精国ではジャンクウォーター、キャルロット、シャロ、長老、土守、烏天狗国では、九尾の妖狐、かづら、やしろ、人間国では、圭の依り代である更、圭の祖父母を名乗る石英と雲母、友人である鈴と妹の咲和、陰陽師である曇晴しか知らなかったが、やしろはきうなに協力を求める為に、話していたのだ。

 無論、のばらには内密にと釘を刺すことは忘れずに。



 やしろから相談された時、きうなは感慨深い思いを抱いていた。

 本人は断固ほら話だと否定するだろうが、仲間から父親が変わり者だと煙たがられていたのが、烏天狗への不信に繋がったのだ。なにかにつけて、俺は一人でやる、と豪語して、頼るという事をしてこなかった。かづらを好意的に捉えているきうなにでさえ、なかなか頼ろうとはしなかった。


 今回も、恐らく、葛藤はあっただろう。

 だが、力になりたいという心が、その葛藤を乗り越えたのだ。



(愛よねー)



「おばちゃん。やめろって」

「あら、」



 無意識のうちに、頭をなでていたらしい。きうなは、娘の髪の毛とは違う、少しだけごわついた感触に少しむずがゆく感じながら、手を引いた。

 ごめんごめんと軽く謝るきうなに、別にもういいと、口を尖らせたやしろは、不意に顔を上げた。気配を感じたのだ。



「ラグナ。更が来たから迎えに行ってくる」



 望めばいつの間にかやしろの元に出現できるラグナとは違い、更はかづらとやしろの縄張りに結界を通って直接入れるようにはなっているが、彼らの元に直接出向けはしなかった。なので、かづらか、やしろが迎えに行く必要があった。



(更にも協力してもらわないとな)









(2020.4.30)




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