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こがらし

『おまえ。九尾の妖狐の手先だな』




 やしろが圭の前に現れたのは、圭が烏天狗国に足を踏み入れてから、五年ほど経ってからだったか。どこぞで修行に集中しているとは風の噂で聞いていたが、やしろもそうなのであろう。ただしどうして圭が九尾の妖狐の手先だという考えに至ったのかは、未だに不明である。考えるとしたら、人間国の密偵だろう。いや。隠れてはいないが。



『気の抜けた顔で俺を欺こうとしたって無駄だ』



 そう。最初に真正面から圭を見たのは、やしろだった。手ばかりに集中していた自分とは違い、やしろは表情で相手の考えを見抜こうとしていたのだ。



『………土を見ているだけだよ』

『ばーか。命の源の土を詳しく調べて、俺たちを操作しようとか考えてんだろ。お見通しだっての』



 莫迦はおぬしだと少し思った。考えをそのまま口に出してどうする。警戒心を深められてわかりにくい動作をされたらややこしい事この上ないだろう。思考の端っこの端っこで、警戒を怠るなと囁く自分がいた。



『……ごめんなさい』

『謝ったな。つまりおまえは俺の考えを肯定した事になる。さあ、正体を現せ。俺と勝負をしろ!』



 ただ戦いたかっただけらしい。勝負好きは相変わらず。真っ向勝負を挑んでいるのは好ましい。ただ、圭にそんな気も、そんな力もないだろうとは思った。いや。確信していた。



『勝負』

『そうだ!翼はなくても飛べんだろ。もしくは力勝負でもいいぞ!』

『……参りました』

『あーあー。そーゆーのいいから。弱っちいふりしても無駄だから』

『……じゃあ、この範囲でかづらに掬ってもらった土が何粒あるかをどっちが早く数えられるか勝負でお願いします』

『あ?ははーん。なるほど。俺がんな勝負を受けるかって怒って立ち去るとでも思ったか。莫迦め。受けて立つ!かづら。平等に掬えよ!』

『……ああ』



 土じゃねえ。根っこじゃねえか。ややこしいな。ああ、小せえ。もっと大きくしろよ重くしろよ数えにくい。あ。風で飛んじまったじゃねえか。くそ。今何個だったか忘れた。

 さんざん喚き散らしながら勝負は終わった。やしろの敗北である。


 ちっ。次は負けねえからな。言い残して、やしろは飛び立っていった。

 自滅のように思えた。やしろは細かい作業が苦手だったらしく、途中から苛々し始めて数え間違えては、やり直す。圭はその間黙々と数え続けて、先に終えたのだ。

 実際、土の数は何個か知らないので正解がなく、これは勝負にはならなかったように思えるが、まあ、やしろの気が済んだのだからよしとした。






『とまと?はん。毒でも入ってんだろうが、あいにく俺たちがおまえたちの脆弱な毒なんぞでやられると思ったら大間違いだからな。よこせ』


『おい。同じ姿勢ばっか取ってたら俺との公平な勝負に差し支える。もっと身体を動かせ歩け』


『土ばっか見てなにが楽しいんだ?いつも笑いやがって。もしかして、そん中に重要な事でも書いてんじゃねえのか見せてみろ』


『おい、今日の勝負はなんだ?かるた取り?んだ説明しろ………よし。おまえが持って来たもんは公平じゃねえ。自分たちで作るぞ。この葉に棒きれで文字を書けばいいんだ。文字が読めない?じゃあ、おまえんとこの文字を教えろ。俺も教えてやる』


『違うだろ。この文字が〝あ〟だろ。違う?これは〝え〟。ああ、くそ。言葉は通じてんのに文字が違うってめんどくせえ』


『おい。今日もかるた取りをやるぞ。まただと?勝負は五分五分だろうが。決着がつくまでやるぞ』


『これやる。鬼灯の実だ。人間でも食えんだろ……うめえだろ。おまえが持ってくるとまとと同じくらいだろ。だから勝負は引き分けだ』


『おい今日は……そういや、おまえの名前、なんて言うんだ?俺はやしろ。もちろん、仮名だがな。で、おまえは……圭か。あ。おまえも仮名?人間もそんなのあるんだな。ま、別に真名なんか知りたくねえけど。おまえとはそんなんじゃねえし』


『雨が降ってんのに土を見て楽しいのかよ…そうかよ。けど、流石は九尾の妖狐の手下だな。雨の中でも平気ってか。こっちは飛びにくいわ、べたついてるようで気持ち悪いってのに……つーか、顔色がおかしくないかおまえ。いつもはそんな色してねえだろ。かづら。おまえ監視役のくせになにしてんだよ。いいからさっさと来い。雨がしのげるとこに連れてってやる…いや。今日はもう帰れ』


『圭。とまとを持って来たか。なんだこれ。色が違うぞ。俺は赤がいい。んだ、味が違うかと思ったら一緒じゃねえか。おかしなもん作るな。これは甘すぎる』




 間を置かずに続けて来たり、幾日もの日を空けて来たりと、やしろは圭に勝負を挑むという体で傍にいた。父親としては理由がどうであれ息子がいつも傍にいるのは嬉しくもあり、いつも喧しく静かに土や杉を見ていたいのに邪魔をされて、まあ、正直、邪魔くさいなと思う事もあった。


 先に会ったのは自分ではあるが、積極的に距離を縮めに行ったのはやしろであった。

 一瞥を与えはすれど、正視すらしていない自分とはえらい違いであった。

 未だに手ばかりを見ていた。警戒心も持っていた。捨てようがなかった。




『今日はやしろは来ないんだね』

『ああ。今日は九尾の妖狐に勝負を挑みに行くから、おぬしとの勝負は休みだそうだ』



 圭との勝負は頭脳戦ばっかで身体がなまる。今日は九尾の妖狐のとこに行く。けど次は圭に挑むから、首を洗って待っとけって伝えとけ。そうわざわざ言い残して、飛び立っていった。今日の出来事である。やれやれ。ご苦労な事だと思いながらも、久々に集中できる静けさに自然と口の端が小さく上がった。



『静かだね』

『ああ』



 その時。ふっと、柔らかく、小さな笑い声が重なり合った。隣にいても聞き漏らしそうなほどに小さな音量だった。けれど拾い上げた。無意識だった。顔を上げたのだ。




 初めて、圭を直視した。その刻、

 怖いと、強く実感した。











(2019.7.7)



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