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心の法則  作者: ダオメン
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第2話 辞めること・諦めること

パス、こっち!

 俺に任せろ!

 グラウンドでは砂ぼこりと声が飛び交っていた。その中に俺の声はなかった。パスが回ってくることもほとんどなく、今日の活動は終わった。

 着替えると、誰とも話さずにグラウンドを後にした。スパイクを両手で抱えながら、歩いた。心の中で今日もありがとうと感謝した。

 今日の部活は苦痛だった。3時間のうち、誰かの話したのは数回のみ。グループ化が激しく、俺は独りぼっちだった。サッカーは、見えない空気みたいなものが渦巻く中でプレーする。あいつは上手いからパスを出そう。あいつボール持ちすぎだな。いいクロス挙げたんだから決めろよな。など、誰しもが考えながらプレーしている。しかし俺は、初心者であるためなのか、下手だと思われたらどうしよう。とか、ここはミスできない。なんて考えていて、正直思い切りプレーするなんてできない。なによりミスをした時、何も言われないのが苦痛だ。おい、とか、こらとか言われた方がまだ清々しい。冷たい視線、漂う失望感。これらは心を蝕み、緊張感と不安を繁殖させる。

 サッカーって難しい。

 仲の良いメンバーのみでやる時はもっと楽しい。ミスをすると「ださ」とか「それはだめでしょ」とか言われる。もちろん笑いながら。そのほうがよっぽど楽だし、ごめんって言える。いや、お前もミスったじゃねえか、って言うことの方が多いか。

 とにかく俺はそんな楽しいサッカーがしたかった。出来ると思った。だからこのサークルに入ったんだけど……。



 ピンポーン

「日野君、ちょうどいい所に」

先生は少し慌てていた。今日も悔しいくらいにかっこいい。

「買い物に行きたいのですが、さくらが家から出たがらないのですよ」

「わかりました。見ておきます」

「すみません。お願いします。すぐ戻ります」

先生は足早に行ってしまった。今日はさくらちゃんがいるが、これで留守を任されるのは2回目。俺が何かを盗んだりする心配はしないのだろうか。知り合ったばかりの大学生を家に置いていくなんて普通考えられないよな。

「あ、ゆうまお兄ちゃん」

さくらちゃんがこちらを見ながら座っている。声には活気がなく、少し震えている。そういえば、家を出たがらないと言っていたが理由は何なのだろう。直接聞くのは怖かったのでやめた。言いたくないかもしれないし。

「やあ、さくらちゃん。」

部屋に入ると、テレビはついていなかった。テレビを見ていると思っていたので静けさに緊張感を覚えた。もしかしてさくらちゃんは相当嫌なことがあったのではないだろうか。

「あれ、テレビ見ないの?」

そうすれば元気が少しは出ると思ったが……

「やだ!見たくない!」

悲しみと怒りのこもった大きな一撃だった。

「ごめんね。」

俺は、もしかしたら何もわからない最低な奴かも知れない。という気持ちがした。子供には善と悪がはっきりわかるんだ、きっと。そして俺が悪だって分かるんだ、きっと。

 俺はアニメの主人公みたいにまっすぐで綺麗な心を持っていない。だから、仲の良い人が参加していないサッカーで委縮してしまうんだ。上手くなりたい。プロになりたい。俺はそう思っていたはずなのに。その気持ちは、傷ついてズタズタになっていた。もう消えそうだった。こんな浅はかな気持ちだったのか俺は。

 涙が一滴、カーペットに落ちた。

「こわい、おそと。」

今にも泣きだしそうな声だった。

 ズボンの膝の部分は濡れていた。泣きそうなのではなく、もう泣いていたんだ。

「どうして怖いの?」

今にも泣きだしそうな声だった。俺は、勇気を出して聞いた。

 沈黙が少しあった。俺は、その沈黙で胸騒ぎが止まらなくなった。それは、前にこの家に来た時のことを思い出したからである。

 俺は確かに見た。この部屋で。

 みかみさくら

 みかみ

そう、はやみではなかった。さくらちゃんはもしかしたら先生の子どもではない?

さくらちゃんはもしかして、そのことに関する『なにか』―きっとすごく悲しい『なにか』を思い出してしまったのではないだろうか。

「よるにね、テレビみたの」

よ、夜にテレビ?もしかしてその時に、名札見ちゃったのかな。

「どうろをね、こわいひとがあるいてたの」

そう言うと、さくらちゃんは泣き出した。俺はさくらちゃんを抱きしめた。

 安心して。俺と先生がついてる。

 言えなかったけど、いや、言えなかったから強く抱きしめた。

 そうだよね。テレビで見ちゃったものってすごく頭の中に残るよね。

 さくらちゃんを守りたい気持ちと、安心感から俺も泣いてしまった。でも、不安も感じた。さくらちゃんが自分の名前についての真実を知った時、どうなってしまうのか。

「遅くなりました」

先生が帰ってきた。俺は急いで袖で涙を拭いた。

「えっと……。今どういう状況ですか?」



 先生の料理はすごくおいしいというわけではない。いや、おいしいのだが、料理店の美味しさとはまた違う。焼き魚は所々焦げてるし、味付けも濃かったり薄かったり。でもなんていうか、先生の料理には愛がある。盛り付けは丁寧だし、量は多めだし。毎回味付けの好みや焼き加減も聞いてくれる。

 先生には、悩みなんてないんだろうな。

 夕飯を終えると、さくらちゃんは寝てしまった。

「困りましたね。お風呂にまだ入っていないのですから」

「今日はいいんじゃないですか?」

「あなたと一緒にしないでください。」

 俺は風呂に入らずに寝てしまうことがたまにある。面倒になって。それを前に先生に話したら少し幻滅された。

「昨日はほとんど寝ていなかったのでしょうね。」

その『怖いテレビ』を見た後、さくらちゃんは朝まで起きていたのだろうか。聞く前に寝てしまった。

「それで、あなたはなぜ泣いていたのですか。」

「え!いやそれは……。」

どうしてばれたのだろう。

「さくらと全く同じ位置に、涙の跡が残ってますよ。」

先生は気持ちよく笑う。俺は鏡でその跡を確認した。なんだか俺の顔は疲れていた。

 おつかれさま

「ちょっと、部活で色々あって」

「また、シュートを打ち損ねました?」

「いや、違いますよ。仲の良い人たちが部活に来なくなったんです。」

「どうしてですか?」

「理由はそれぞれなんですけど、バイトを始めたり、課題が多かったり」

「それは仕方がないと言えば仕方がないですね。」

「はい。それで、部活はグループ化が激しくてぼっちになってしまうんですよ」

「ぼっち、ですか。それはきついですね。」

正直もう行きたくないという気持ちが強かった。サッカーはもちろん好きだ。だが、だが、

「その友人たちが部活に戻ってくるのはいつごろなのですか」

「それが、もう来ないって感じがあるんですよね。うちの部活は練習が多いので。毎年、この時期に部員は減るそうです」

正式な入部手続きはまだ終わっていないこの時期に辞めるのは確かに妥当だ。俺はやる気に満ち溢れているかのようなセリフいつも言っていた。だから、みんな俺に連絡をくれないのか。まあ、そりゃ言いずらいよな。一緒に頑張ろうとか言ってたのに、俺やっぱやめるわ、なんて。

「部活は楽しいですか?」

「正直楽しくないです。」

素直に言った。先生にならなんでも言えてしまう。

「楽しくないのなら、思い切りプレーすることは難しいでしょう。安全策をとりがちになっていませんか」

「なってます……」

俺は見ている人や他のプレーヤーが驚くようなそんなプレーをいつもしたいと思っている。だが今、そんなことはできない。もしボールを失ったら、もしチームの流れを止めたら、と考えると、できない。

「サッカー部、辞めた方がいいと思います。」

「え!」

さすがにそう言われるとはおもってなかった。というか先生は俺がなんのためにサッカー部に入ったのか分かっているのだろうか。俺には、夢と目標がある。辞めることなんてありえない。先生は俺の気持ちなんてきっと分からないんだ。

「辞められるわけありません。僕には夢があるんです。」

夢―俺は無謀ながらにも、プロになりたい。大学から始めてプロになるなんてそんな甘いものじゃない。それは、分かってるけど。でも、それでも、夢を持ってしまった。プロになりたいと思ってしまったのだから、諦めない。経験なんて気にせず、努力するしかない。俺はそう思って、サッカー部に入った。

「あなたはどんなサッカー選手になりたいのですか。」

「お、俺は人を驚かせるようなプレーヤーになりたいです。」

どうして訊いたのかな。

「そのまま部活を続けて、そのような選手になれると思っているのですか?」

「それは、分かりません。でも、サッカー部を辞めたら、無理じゃないですか!諦めるってことですよ!辞めたら」

少し間があった。その間、俺は大声を出したことに対する罪悪感に襲われた。さくらちゃんが寝ていることも忘れていた。愚かだった。

「…辞めることと諦めることは違いますよ」

今までで1番語気のこもった言い方だった。

「サッカー部を辞めたら、サッカーをする機会はないんですか?」

先生の声は優しかった。

俺には、休日にサッカーする友人がいる。この大学には、もっと緩めにサッカーをしているサークルがある。社会人チームもこの街にはある。やり続けることは可能かもしれない。だが、踏み切れない自分がいた。それらの選択は妥協のような気がして。

「あります。」

「先程は、強く言い過ぎてしまったかもしれません。ただ日野君の今の状況があまりにも苦しそうだったのでつい。」

「いいんです。辞めるなんて発想、僕にはなかったので驚いてしまいました。」

俺はもしかしたら、辞めたいと言う気持ちを見透かされたような気がして怒ったのかもしれない。確かに部活に行くのは苦痛だ。特に誰とも話せないし、空気みたいな存在になってる。

「俺、そろそろ寝ます。」

「はい、ゆっくり休んでください。」

部屋を出る直前、先生は俺を呼び止めた。

「怖いものから逃げたっていいんですよ。さくらみたいに。」

その言葉にはずっしりとした重みがあった。笑う場面だったかもしれないけど、涙しか出てこなかった。

俺は、はい、とだけ言って部屋を出た。



辞めることと諦めることは違いますよ

一体どの口がこんなセリフ言えたものでしょうか。

逃げたっていい、このセリフがあまりにも無責任だと感じてきた。私はただ、辛い環境の中にいる日野君を助けてあげたいと思うのですが。

こういう考えもあります。辛い環境の中で人は成長していく。

この考えが本当かどうかは分かりません。ただ、私は反対です。追い詰められれば、どんな精神状態になるか、私はよく分かっています。

ただ、私と日野君の違いは明確です。私は、諦めました。夢も目標も、そして自分を。

そう思うと、私は飾ってある賞状に無性に腹が立ってきた。これは、私ではないということになる。

机に飾ってある、私とさくらの写真。

私はさくらを守らなければなりません。

私は窓を閉め、明かりを消した。



「あれは、目標の人物だと思われる写真でした。幼い女の子も写っています。それから、発見後すぐにカーテンを閉められました。ばれているかもしれません。」


私は時々、自分がしていることがひどく愚かに思える。たとえ、目的のためだとしても。

今日は目標人物の家の周辺の調査。もちろん、覗いたり侵入したりはしない。あくまで法に触れないように調査していた。だが、同じ場所を何度も何度も歩き、家を凝視する人物を不審者として通報されてもおかしくないだろう。

今日は大きな収穫があった、家の中の写真を見ることができた。その写真がある部屋は裏道に面した部屋で、簡単に見ることができた。もっとも、この裏道は先程見つけたのだが。

まもなく部屋のカーテンは閉められた。

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