南のアギラ
早朝。日の光が部屋に差し込み、わずかに暖かくなる。
宿屋の外では、目を覚ましたであろう、謎の生き物がピーピー鳴いている。
ビリビリに破れたカーテンをめくり、窓から外を見下ろす。
大きさは犬くらいで茶色い毛がもふもふしてる、よくわからん生物を見つけた。
鼻をすんすんと鳴らしながら、短い手足で歩き回っている。
エサでも探しているのだろうか。
「なぁ、あの生き物って何?」
もふもふ生物を指差す。
「パケオだよ」
フーリエが食事の手を止めて答える。
「普通は森で暮らしてるんだけど。食べ物を探しに村に来て、そのまま村の家族になったんじゃないかな~」
「食べ物が落ちているというわけですよ。居住区として認められてないこの村には、ゴミを回収する業者も、治安維持の魔術師も、誰も来ませんからね」
シルバは杖の手入れをしている。
「この村は変わらなければなりません。今回の作戦はそのための第一歩です。水貴さん、フーリエさん、村のためにも必ず成功させましょう!」
シルバは腰を上げて、手入れを終えた杖を内ポケットにしまう。
「なぁ、作戦のことなんだけど、やっぱり、俺とフーリエの役割変えた方がよくないか?」
俺とシルバで、アギラと戦い、フーリエ一人でローリを相手にする作戦だが。
やはり、フーリエ一人に任せるのは心配だ。
「ですが、この中で一番強いのはフーリエさんですし、彼女自身も言っていたじゃないですか、この村の住人全員を相手にしても勝てると」
強いのはわかったが、女の子一人に戦わせるのは気が引ける。
「水貴は心配しすぎだよ~」
フーリエの顔には余裕がある。
「わかったよ。ローリのメンバーで捕まえるのは二人だけだから間違えるなよ」
「はーい」
部屋を出て階段を降りる。家主に挨拶してから、外へと出た。
朝早いため、周囲を歩く人はいない。
「それじゃあ、フーリエ。気を付けて」
「うん、またね!」
シルバに顔を向けて、
「よし。アギラの拠点に行こう」
◇
アギラのメンバーで逮捕をするのは二名。一人は幹部のボービ。もう一人はアギラのリーダー兼この村の村長でもある、カウリィ。
アギラのリーダー兼村長のカウリィは、村の権力者。
この村に帝都が介入することを、こいつの耳に入れば、必ず反対、妨害活動をするとシルバが言っていた。
だからこそ、先手を打って逮捕したいとのことだ。
アギラのナワバリは宿屋から三十分ほど離れた、村の南部に位置する。
南部はメンバーが巡回をしており、中央にある拠点までたどり着くのは難しい。
と思っていたのだが、巡回してるメンバーが意外にも少なかったため、拠点の入り口前までは来ることができた。
拠点の中と外は有刺鉄線で区切られており、入り口の門前には、見張りが一人、椅子に座って寝ている。
「やる気のねぇ、門番だな」
「どうしましょうか?」
「俺が気絶させるわ」
かがみながら忍び足で、眠る門番に近づく。
しかし、後方で見守るシルバが、
「はっくしょん!」
シルバ、てめぇ……。
目を覚ました門番と、バッチリ目が合う。
「おぉ!交代の時間ですか!」
「え……」
「いやー、退屈すぎて寝ちゃいましたよ!」
「……」
どうやら、俺のことをアギラの仲間と勘違いして、交代の時間だと勘違いしてるみたいだ。
「いやいやー、4日連続で見張りはきつかったっすよー」
男は頭をポリポリかきながら、満面の笑みを浮かべる。
「いや、もう風呂入ってないから、体中が痒くて~」
「あ、お前、4日って文字通り、連続4日間ずっとここにいたってことか?」
「そうっすよ」
長時間労働……可愛そうな奴だ。
「あ、そうそう!黒い髪の男が、村に侵入したみたいだぜ~。こんな時に大変だよな~」
目の前に黒髪の男いるけど、気が付かないんですね。
「気になったんだけど『こんな時に』ってのはどういう意味?」
男は、「そんなことも知らないのか?」という顔で、
「そりゃあ、ボスがいない時にっていう意味っすよ」
おい、どういうことだシルバ。
本命のアギラのリーダー、不在じゃねぇか!
後ろにいるシルバを睨みつける。
シルバは、ばつの悪そうな顔で、目を合わせようとしない。
「それじゃあ、ボービって奴はいるか?」
「ボービ様ならいるっすよ~」
後ろでシルバが、手でゴーサインを送ってくる。
ボービだけでも捕まえようってことだな。
門番さんには気の毒だが、気絶してもらおう。
だが、その前に。
男の手を掴み、ひねる。
「いだだだだだあああ」
「おい、入り口の鍵出せ」
「な、何するんっすか」
「このまま腕を雑巾みたいに、ぐるぐるねじることも出来るんだぜ」
「わ、わかったから止めてくれ!」
男は尻ポケットの中から、あっさりと鍵を取り出した。
キーリングの付いた鍵は、大きく、ずっしりとしている。
鍵を受け取り、手刀を叩き込み、男を眠らせる。
「もういいぞ、シルバ。出てこい」
家の影から、シルバが出てきて、
「お見事です。早速中に入りましょう」