第七話 ご飯を食べたら、冒険者デビューだ
「──ふぁぁ……朝か」
窓から入る日差しを浴び、俺はあくびを漏らしながら起き上がった。
固いベッドから降り、身体を伸ばして一息。
《おはようございます》
「ああ、おはよう」
《よく眠れましたか?》
「どうだろうなぁ。寝つきはよくなかったけど」
備え付けの椅子に座った俺は、昨日の出来事を軽く振り返っていく。
あの後、疲れで限界だった事もあり、ソフィーにオススメされた宿屋に向かった。
流し込むように晩飯を摂り終え、身体を拭くのもそこそこにベッドに入ったというわけだ。
「残りのお金は……」
袋から取り出して、テーブルの上に並べていく。
この宿が一泊銀貨一枚で、身体を拭くお湯と布がセットで銅貨十枚だった。
どちらも良心的な値段のようだ。
看板娘があざとい笑顔と共にそう言っていた。
ともかく、残りは銀貨三枚に、銅貨八十七枚。
単位に直すと、三百八十七ゴルといったところか。
《少ないですねぇ》
「コーネさんがくれなかったら、ゼロだったんだけどな」
本当に、コーネさん様々だ。
あの人こそ、天より舞い降りた神様ではないだろうか。
俺をこの世界に連れてきたやつを、俺は神様だなんて絶対に認めない。
《で、今日の予定は?》
「一応、最低限の装備はギルドが負担してくれるらしいから、俺が用意するのは日用雑貨だな」
《なるほど。足りますかね?》
「足りるとは思うが、今日から稼がなきゃ非常にまずい」
余裕があるうちに、蓄えなければ。
キリギリスのように楽観的にしていたら、本当に野垂れ死んでしまう。
俺はあくせく働くアリなのだ。
なんだかんだ言って、イガルの言う通りになったな。
まあ、一般登録だったら、これ以上に大変だったのだろう。
いや、コネがない俺だからこそ、ここまで苦労している可能性もあるか?
「まあ、いいや。
ご飯を食べたら、冒険者デビューだ」
密かに心を踊らせながら、俺は部屋を後にするのだった。
♦♦♦
朝食で腹を膨らませた後。
俺はギルドに赴き、ソフィーから依頼の紙を見せてもらっていた。
何枚かの依頼用紙をカウンターに置き、ニコニコ顔の彼女が告げる。
「ケントさんが受けられる依頼は、こちらになっています」
「どれどれ……」
詳しく見てみると、内容は主に薬草採取と街の雑用だ。
報酬も銅貨十枚から、銀貨二枚ほどとそこまで高くない。
まあ、こんなもんだろうな。
今の俺は優遇登録をしたとはいえ、最下級のGランクなのだから。
顎に手を当てて悩んでいた俺を見て、ソフィーが紙に指を乗せて説明していく。
「個人的には、採取依頼の方がオススメです。
街の依頼は土地勘がなければできませんし、なにより薬草の採取依頼なら違約金がありません」
「たしか、失敗した時のペナルティーだったよな?」
「はい。
こちらの信用にも関わってきますので、依頼を失敗した冒険者は厳しく罰します。
しかし、薬草採取は常駐依頼ですから、仮に薬草を採取できなくとも問題ありません」
なんでも、薬草はあるだけ欲しいのだとか。
しかも、薬草そのものは雑草レベルで沢山生えるので、子供の小遣い稼ぎにもよく使われているらしい。
Gランクというのは、本当に初心者中の初心者の階級だ。
それこそ文字通り、子供のためのランクと言える。
この街の子供は小さい頃に冒険者登録をし、大人になるまでの間でFランクになるらしい。
つまり、この街でのGランクは、子供か他所から来た新規登録者のみ。
イガルが怒ったのは、この辺りからもきているのだろうな。
他所から来たボンボンが、自分も行けると冒険者登録をする。
俺も同じ立場だったら、眉をしかめていたかもしれないな。
《まあ、無事に登録できたんですし、結果オーライですよ》
「はぁ……とりあえず、薬草採取を受けます」
「あ、はい。
では、ギルドカードを貸してください」
「はい、どうぞ」
ソフィーに言われた通り、昨日渡された白いカードを手渡した。
このカード。
実は、昨日の【叡智を見通す物】が小さくなった姿だ。
俺のスキルが現れていたあれが、ソフィーが弄るとこうして縮んだのである。
改めて、凄いハイテクに驚いたのは記憶に新しい。
と、考えているうちにギルドカードが戻り、ポケットにし舞い込む。
「森の奥には行かないでくださいね。魔物がいて危険ですから」
「了解しました」
「では、ケントさんのお帰りをお待ちしていますね」
淑やかに手を振ると、にっこりと微笑むソフィー。
「は、はい」
やばい、可愛すぎる。
日本のアイドルと比べても、雲泥の差だ。
営業スマイルとはわかっているが、これは他の冒険者が首ったけになるのもわかるな。
思わず顔を熱くした俺は、逃げるようにギルドから出るのだった。
♦♦♦
と、いうわけで。
俺が入場した門──東門から外に出て、歩きながら森へと向かう。
空は昨日と同じ晴れであり、雲が穏やかに漂っている。
《依頼の数は十でしたか?》
「ああ。
正確には何株持ってきてもいいけど、とりあえずの目安が十株だな」
ティナの問いに頷き、腰にある武器を撫でた。
ギルドから支給された装備は、ショートソードに解体用ナイフ。
それと、丈夫な布の服に野営セットだ。
この服にはエンチャントという技術が使われており、ゴブリンぐらいの攻撃なら衝撃しか喰らわないらしい。
また、野営セットが入っているリュックは、雀の涙程度だが容量が大きくなっている。
「凄いよなぁ、これらがギルド専用のアイテムだとは」
ギルドの専属魔法使い等が協力して、初心者セットを造ったのだとか。
普通なら銀貨どころか金貨を超える品物なのだが、ギルドの力の入れようが窺える。
まあ、俺としては助かっているのだから、嬉しいんだけど。
《と、森につきましたね》
「ああ。後は、薬草採取……の、前に」
森と草原の境目をなぞるように、俺は足を進めていく。
暫く警戒しながら歩いていると、どうやら俺の行動に見当がついたようだ。
合点がいった声色で、ティナが告げる。
《なるほど。
昨日のプレゼントを回収するんですね》
「そういう事。
今の俺は、銅貨一枚も大事だからな」
まあ、今も無事に残っているのかと言われれば、残念ながら運に任せるとしか答えられない。
昨日の今日なので、まだ誰も手をつけいない可能性は大いにある。
……魔物が持ち去った可能性もあるが。
時折剣を抜いて素振りをしつつ、記憶を頼りに昨日の場所へと赴く。
やがて、なんとなく見覚えのある所に着き、次に森の方へと目を向ける。
《ここからわかりますか?》
「あの時は無我夢中で逃げてたからなぁ」
正直、今も森なんかに入りたくない。
しかし、さっきも思った通り、今の俺にとってお金は死活問題だ。
そこにあるとわかっているお金を、指をくわえて見逃す事なんてできない。
「よし、行くぞ」
気合を入れ直した俺は、ゆっくりとした足取りで森に踏み入るのだった。