第四話 この時から、賢人様の英雄譚が始まるのですね!
「わぁ……」
コーネさんと一緒にウルナルに入った俺は、視界に広がる光景に感動していた。
現代日本のような無機質な並びではなく、街並みはどこか雑然とした雰囲気が漂っている。
しかし、活気はこちらの方が圧倒的に勝っており、今を生きているという活力が人々から溢れていた。
元気よく客を呼び込む屋台売りや、物々しい装備をしている獣耳の男性。
通りにはエルフの女性が買い物袋を片手に歩いていて、まさにファンタジーの言葉が似合う。
す、すげぇ。
正直、いきなり異世界に連れてこられて怒りを抱いていたが、普通なら一生目にする事がないこんな世界を見られるのなら、転移させられたかいがあるかもしれないなと思える。
「どうですか、ウルナルは?」
「あ、すみません。
つい、魅入ってしまいました」
「はっはっは。
この街はセレガナ王国でも有数の都市ですからな。
ケントさんが驚くのも無理はありません」
なるほど。
この街は王国でも大きいのか。
確かに、この活気ならここが王都だと言われても、戸惑いなく納得できそうだ。
街を少し進んだ場所で、俺はコーネさんと別れる事になった。
先行投資として彼から銀貨を五枚いただき、本当に足を向けて眠れないほどの恩を受ける。
なんでも、今のうちに俺と仲良くなっておけば、将来助けて貰えそうだとか。
そこまで見込まれて買い被りすぎだと思うが、この恩は必ず倍以上にして返したい。
《良い人でしたね》
「ああ、まったくだ」
途中で屋台から肉串を買い、貨幣状況を推察しながら歩く。
一本が三ゴルと書かれていて、銀貨を払うと銅貨が九十七枚返ってきた。
つまり、銀貨一枚は百ゴル……銅貨百枚分という事だろう。
わかりやすい百進法で、俺としては助かる思いだ。
と、この肉固いな。
タレの味が濃くて不味くはないのだが、値段相応の美味さという感じ。
現代日本と比べるのはあれだけど、銅貨一枚が十円ぐらいの価値か?
「それに、なんの肉だろう」
《肉としか書かれていませんでしたしね》
「……カエルとか?」
うん。
知らない方が身のためだな。
ある程度異世界に馴染めば、そういう肉とかも食べられるようになるだろうし。
それまでは、無知のままご飯を食べよう。
密かに決めていると、コーネさんに教えられたギルドにたどり着く。
小説や漫画でよくある、冒険者ギルドだ。
魔物討伐や、護衛依頼。
他にも、遺跡の探索や街での便利屋等々。
冒険者の仕事は多岐に渡り、いわゆるなんでも屋というものだ。
《この時から、賢人様の英雄譚が始まるのですね!》
始まらねーから!
はぁ……ティナの脳内は、一体どうなっているのか。
やたら俺を目立たせようとしてくるし、フラグを回収させようとしてくるし。
ため息をついて気持ちを切り替えた後、俺は冒険者ギルドを見上げる。
外観は堅牢な建物で、これだけで街での重要さが窺えるだろう。
扉からは冒険者らしき存在が行き来しており、たまに依頼人と思わしき人も通る。
「……俺、場違いじゃね」
改めて装備を確認すると、ブレザーの学生服と木の棒。
それと、ポケットに銀貨と銅貨入りの袋。
異世界に来ると学校鞄はなくなっており、つまりこれが俺の全財産だ。
本当は装備を整えたいのだが、あいにくお金がなくてそれも叶わない。
《大丈夫ですよ。きっと、冒険者の方々は優しいですって》
「まあ、ここで突っ立ってるわけにはいかないし……」
どの道、冒険者になる以外で、俺が生き残る方法はないのだから。
いや、どこかの店に頼んで住み込みになれば、一般人として過ごせるか?
まあ、無理だろうなぁ。
スキルの内容的に、俺の回りには厄介事が憑いているようだし。
他の人に迷惑をかけてしまう。
それに、厄介事を解決できるようになるために、俺も強くならなければならない。
と、こういった切実な理由があるのだ。
ティナは英雄譚だとかのたまっているが、正直不可抗力なのです。
渋々と冒険者ギルドに近づき、扉に手をかけて開けようとする。
「ん?」
《発動しましたね》
身体に違和感を覚え、首を傾げる俺。
対して、ティナはこれがスキル発動の効果だと伝えてくる。
つまり、あの〈運命は逃がさない〉のアクティブが発動したと?
……行きたくねぇ。
面倒事に巻き込まれるのが、確実じゃん。
しかし、俺の意志に反してなのか、身体の違和感は徐々に不快感へと変わっていく。
《言い忘れていましたが、この効果から逃げようとすると不快になります。
まあ、端的に言いますと、強制的にイベントが起きるというわけですね》
「マジかよ」
クソスキルじゃねーか。
呪われた装備並に、装着者に優しくない仕様だ。
まあ、とりあえず。
逃げられないのなら、腹を括って行くしかないという事だな。
気合いを入れ直した俺は、冒険者ギルドへと足を踏み入れるのだった。