第三話 ようこそ、ウルナルへ!
「ふぅ……」
貴族的美少女から逃げた俺は、追いかけられていないのを確認。
どうやら大丈夫そうなので、額の汗を拭って安堵の息を漏らす。
そんな俺の様子を見たからか、ティナが不服そうな声を上げる。
《何故、逃げたのですか》
「なんでって、あのまま流されてたら人生の墓場に一直線だと思ったからだけど」
異世界転移してから一時間ほどで、女性と結婚ルートに突入とか。
あまりにも急展開すぎて、こちらの身が持たない。
正直、美人局だと言われた方が納得できる。
たかがゴブリン……いや、この異世界ではゴブリンは強い部類に入るのか?
ともかく、魔物一匹倒しただけで惚れるのは、ぶっちゃけ尻軽に見えてしまう。
《ですが、水梨 賢人様のスキルは常時発動です》
「いちいちフルネームで呼ばなくていいぞ。どうやら、俺達は一蓮托生のようだし」
《では、賢人様と》
「ああ、で?」
俺の促しに、ティナはコホンと言葉を仕切り直した後。
《改めて、言いましょう。
いくら賢人様が逃亡したとしても、新たな女性と騒動に巻き込まれます。
また、今後も様々な出来事に襲われるかもしれません。
ですから、先ほどの方と結婚すれば良かったのです》
「待て。その三段論法はおかしい!」
論理が飛躍しすぎだ。
話の運びが強引だと思うのだが、ティナが気にする様子はない。
《要は、先ほどの女性と恋仲になる事で、その他の方とのフラグを回避するのです》
「……本音は?」
《その方が面白……全ては賢人様のためです》
白々しい。
やっぱり、こいつも神とやらに創られた事だけはあるな。
俺の対応を面白おかしく傍観しているとは。
どうせ俺を異世界に転移させたのも、その神が暇つぶしにでもするからだろう。
これなら残念なスキル名の理由がつくし。
歩きながら天を仰ぎ、現状の不幸を嘆く。
「異世界でも空は青いんだなぁ……」
《賢人様? 目が死んでいますよ?》
心配げなティナの声を尻目に、俺は未来の厄介事に憂鬱になるのだった。
♦♦♦
「ようやく、町についた」
一息つき、門へと並ぶ列に加わる。
重い足を引きずりながら歩いていた俺は、太陽が真ん中を過ぎた辺りで町を発見した。
体感で二時間ほど経っており、どうやら町は先ほどの森から近場にあるらしい。
《いやー、大きいですねー》
「そうだな。外壁って言うんだっけ?」
遠くからでもわかる、壁の高さ。
巨人でもなければ跨げなさそうで、この外壁が人々に安心感を与えているのだろう。
《ところで、賢人様》
「なんだ?」
《商人や旅人に混じって並ぶのはいいんですけど、こういうのって通行料とかが必要じゃないですか?》
ああ、そう言われてみれば。
列から顔を覗かせると、確かに門番さんがそういう対応をしていた。
遠目からではわからないが、恐らく銅貨でも払っているのだろう。
まさか、銅貨の価値が一番高いわけないし。
……入場料が金貨十枚とか、そんな法外な値段じゃないよね?
一抹の不安を抱きながら、俺も通行料の準備をしようとする。
「あれー?」
《どうしました?》
「お金がない」
ポケットをまさぐるも、銅貨が入っていた袋が見当たらない。
おかしいな。神から初期投資として、数十枚ほど貰っていたはずなのだが。
頻りに確認している俺を見て、ティナがはっとした声色で呟く。
《ゴブリンから逃げる時に、箱を置いたままでしたね。
ほら、今の賢人様は学生服のままですし》
「……あっ」
そうだ。
初エンカウントの魔物が怖くて、木の棒を持って逃げ出したんだった。
色々とテンパっていたから、そんな細かいところまで気が回らなかったし。
やばい。
お金がないという事は、入場料を払えない。
つまり、俺は町の中に入れなくなり、結果として今日は野宿になってしまう。
いや、どうにかしてお金を稼げないと、一生野宿生活を強いられる事に……
《どうするんですか?》
「い、今から森に戻ってお金を取りにいくしか」
《その頃には、門が閉まってそうですけどね》
ダッシュで往復すれば、ぎりぎり間に合うかもしれない。
違う。間に合わせなければいけないのだ。
野宿をしないために、宿で身体を休めるためにも!
と、意気込んで踵を返そうとする俺に、後ろに並んでいた商人風の男性が声を掛ける。
「もし、そこのお方。
なにやら困っているようでしたが、もしやお金がないんですかな?」
「え?」
「よろしければ、私が貴方の分を立て替えてあげましょうか?」
にこやかな笑みでそう告げた、恰幅の良い男性。
唐突なその申し出を聞き、俺は訝しんでじっと目を合わす。
しかし、彼の瞳からは、こちらを害そうとする意志が見えなかった。
なんで、いきなり俺に声を掛けた?
お金がないというのは、さっきの俺の行動を見ていればわかるだろう。
こちらをカモだと思ったか、あるいは純粋な善意か。
とはいえ、現状に余裕がない以上、彼の提案に縋るしかない。
これで騙されて身ぐるみを剥がされたら、神を呪いながらこの町を出よう。
「お願いしてもいいですか?
実は、先ほど逃げる時にお金を落としてしまったようで」
「ああ、魔物にでも襲われたんですか。
見たところ、荷物はその木の棒だけのようですし」
「ええ、そうなんですよ」
どうやら、この世界でも魔物はいるらしい。
ゴブリンの存在からいるとは思っていたが、名称も俺に馴染み深かった。
頭を搔いて照れ笑いをしながら、俺は男性と談笑していく。
彼の名前はコーネさんと言うようで、この“ウルナル”を拠点にしている商人だ。
今日は他の街から品物を買ってきた帰りらしく、側にある馬車に商品が積まれている。
それで、俺を助けようとした理由だが、なんでもこの学生服に興味が湧いたのだとか。
言われてみれば、この服ってボタンとか糸とか現代技術がてんこ盛りだよな。
この世界の文明がどの辺りかわからないけど、コーネさんの反応からこれは凄い物のようだし。
「それで、ケントさん。
この服はどこで手に入れたんですか?」
「あー、えーっと。
自分の故郷で使われている制服です」
「ほう、制服ですか。
たしかに、胸元には紋章がありますし、統一感がありそうな服ですね。
いやはや、これでも色々な街を巡ってきましたが、ケントさんの制服は目にしたことがありませんな」
「いやー、故郷は遠いですからコーネさんが知らなくても無理はないですよ」
咄嗟に曖昧な笑みを浮かべた俺を見て、コーネさんは茶髪の頭を搔いて済まなそうに笑う。
「浅学の身で申し訳ない。
セレガナ王国の主要な街は回ったのですが、もしや他国出身ですかな?」
「まあ、そんなところです」
ほっ。
どうやら、なんとか誤魔化せたようだ。
この世界の事を詳しく知らないが、異世界に関しては話さない方がいいだろう。
まあ、昔に転移者や転生者がいた可能性はあるが。
それと、この国の名前を聞けたな。
普通、今自分がいる国の名前を知らないわけがないし、コーネさんに尋ねていたら疑念を持たれたかもしれない。
思わぬ収穫だった。
それから世間話をしていると、俺達が入場する番になる。
コーネさんが門番とやり取りを交わした後、笑顔でこちらに振り返って頷く。
「これで、ケントさんもウルナルに入れますよ」
「本当にありがとうございます、コーネさん」
深く頭を下げた俺に、門番が肩を叩いてくる。
「災難だったな、魔物に襲われるなんて。
それで、どんな魔物に襲われたか教えてくれるか?」
「あーっと」
どうしよう。
俺が知っている魔物は、森で会ったゴブリンだけだ。
ゴブリンがそこそこ強いのならいいんだけど、ゲームとかでお馴染みの弱さだったとしたら、どうして逃げたのだという話になる。
遠くからこの街に来たと言った以上、ある程度腕に自信があると思われるのは自然だろう。
なんて答えるか悩んでいると、ティナが声を潜めて囁いてくる。
《フォレストウルフの群れと言ってください》
「……フォレストウルフの群れに襲われました」
俺の言葉を聞き、門番とコーネさんは納得した表情になった。
「あー、あいつらか。フォレストウルフは狡猾だからな」
「ええ。一人だと危険でしょう」
「そ、そうなんですよー!
いやー、自分ならなんとかなるって思ってましたけど、ダメでしたね。
これからは護衛を雇います」
「そうした方がいい……っと、話し込みすぎた」
門番は咳払いを落とすと、俺に爽やかな笑みを向けるのだった。
「──ようこそ、ウルナルへ!」