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第二話 是非、わたくしと結婚していただけませんか?

「なんだなんだ?」


 右前方から音が聞こえてきた。

 ゆっくりと左後方へと後ずさりながら、俺は注意深く茂みの向こうに目を凝らす。


《ちょうどいいですし、アクティブスキルを使いましょう。

 スキルを使うよう意識してみてください》


「……わかった」


 とりあえず、早急に襲われる危険はなさそうだ。

 周囲に注意を向けた後、俺は手を翳して能力発動の意識をする。

 すると、脳内に文字の羅列が浮かび上がった。


《理解したと思いますが、意識するとスキルに入っている中身を知る事ができます。

 次に、“神様からの粋な計らい”という項目に意識をしてください》


「名前があれだけどな……っと、なんか出てきたな」


 目の前の空間が歪んだかと思えば、プレゼントボックスが落ちてきた。

 早速中を開けてみると、どうやら服等が入っているらしい。


「お、気が利いてるじゃん。

 この学生服だと、異世界人に怪しまれちゃうし」


 と、思っていたのだが。

 箱から出した服をよくよく見れば、なんとただの布の服だったのだ。


 ……は?

 いや、待って待って。

 布の服。

 俺の手にあるのは、正真正銘ただの布の服だよね?

 見た目に反して、物凄い防御を誇るなんちゃって布の服じゃないよな?


《なんでも、初期装備と言ったらこれだろうだとか》


「一昔前のゲームの初期装備じゃねーか!」


 嫌な予感がしてきたぞ。

 慌てて箱の中を漁るのだが、残りは銅貨が数十枚と木の棒しか入っていなかった。


《さあ、装備をして行きましょう!》


「ざっけんな!

 こんなので戦えるわけないだろうが!

 剣を寄越せ、剣をっ!」


 俺は勇者でもなんでもない、ごく普通の高校生なんだから。

 今時の勇者でも、ここまで貧相な初期装備はないぞ。

 鉄の剣とまでは言わないが、せめて木剣ぐらいの装備は欲しい。


 激しく抗議の声を上げた俺をよそに、ティナはあっと口調に警戒の色を滲ませる。


《来ましたよ》


「来た?」


 と、ここで。

 俺は先ほどの物音を思い出した。

 思わず表情を強ばらせ、恐る恐る視線を右前方へと転じる。

 すると、棍棒を持った、緑色の小人と目が合う。


《ゴブリンですね》


「ぎゃー!?」


 咄嗟に箱から棒を引き抜き、俺は背を向けて逃げ出した。

 無理無理無理!

 いきなり魔物らしき存在と戦えとか、俺みたいな日本人には無理だって!


 葉っぱに身体を傷つけられながら走っていると、背後から威勢のいい声がやってくる。


《何故、逃げるんですか。

 せっかく、一匹だけとチュートリアルにおあつらえ向きでしたのに》


「木の棒で勝てるわけないだろうがっ!」


《はぁ、水梨 賢人様はヘタレでしたか》


「ヘタレで結構です──ひいぃ!?」


 太めの幹を右に回り込んだ直後、地面に棍棒を叩きつけるゴブリンが目に入った。

 怖い怖い怖いって!

 こいつ、俺を殺しにきてるじゃねーか!


 ゴブリンは再び追いかけてくるし、このままだとジリ貧だ。

 なにか。なにか、ゴブリンから逃げ切れる方法はないだろうか。

 一生懸命思考を回転させていると、前方の木々の隙間から光が漏れる。


「出口だ!」


 疲労を訴える脚に喝を入れた俺は、走行スピードを上げていく。

 ジグザグに進んでゴブリンから逃げつつ、ひたすら前へ駆ける。

 やがて、光が全身を包み込むと、視界が開けて見事な草原が歓迎。


 風が吹くと穏やかに揺れ、澄み渡る青空が優しく草花を見守っている。

 ピクニックに良さそうな場所に、思わず俺は感嘆の息を零す。


「すげー」


 本当に、俺って異世界に来たんだな。

 地球にもこういう景色があるのかもしれないが、改めて俺は心で実感したのだ。


《のんびりしていていいんですか?》


「はっ! そうだった。俺はゴブリンから逃げてたんだ」


 慌てて振り向くと、ちょうどゴブリンも森を抜けたところだった。

 キョロキョロと辺りを見回した後、俺を見つけて意気揚々と駆け出す。


「どどどどどうしよう!?」


 よく考えれば、森の中ならゴブリンから逃げ切れたのではないか。

 いや、逆に足を取られて、追いつかれていたかもしれない。


《さあ、今こそその木の棒を使う時!》


「楽しんでんじゃねぇよ……」


 ため息をついた俺は、覚悟を決めて木の棒を構えた。

 重心を落として正眼に持ち、駆け寄るゴブリンの出方を窺う。


「……ん?」


 いつでも来いや、と身構えていたのだが。

 何故か、ゴブリンは途中で向きを変え、別方向へ走っていく。

 不思議に思っていた俺を見て、ティナはなるほどと声を上げる。


《あ、発動しましたね》


「なにが?」


《〈運命は逃がさない(テンプレメーカー)〉です。

 このスキルは、アクティブの部分もあるのです》


「そうなのか。で、そのスキル効果は?」


《まあ、ゴブリンを追えばわかりますよ》


 ティナの言葉に従い、ゴブリンを追跡していくと。

 これまた何故か、一人の少女が草原でウロウロしていた。

 高貴な服を身にまとっている金髪美少女で、同色の瞳を不安げに揺らしている。


「うぅ……きゃっ!?」


 ゴブリンと目が合ったからか、悲鳴を上げてへたり込む美少女。

 まずい。これじゃあ、あの人がゴブリンにやられてしまう。

 慌てて全速力で走り、棍棒を振り上げようとするゴブリン目掛け、思いっきり木の棒を叩き込む。


 ボーリングのピンのように吹っ飛び、ゴブリンはゴロゴロと転がって倒れ伏す。


「はぁ……はぁ……だ、大丈夫か?」


 息を整えた俺は、目を丸くしている美少女に尋ねた。

 その言葉に理解が追いついたようで、彼女は胸をなで下ろして頷く。


「あ、ありがとうございますわ」


「怪我がなくてなによりだ」


「はい。

 貴方様のおかげです」


 そう告げると、美少女は俺に熱い眼差しを送ってくる……うん?


《これが、アクティブスキルの効果です》


 待て。

 今、ものすごーく嫌な予感がするんだけど。

 具体的には、スキル名の意味をようやく理解したというか。


「お名前を教えてくださいまし」


「い、いやー。

 名乗るほどの名はないというか」


「まあ!

 人助けが当然だと仰るのですね。なんと謙虚な方でしょうか!」


 立ち上がった美少女は、目を輝かせて俺の手を握る。


「あ、あのー?」


「貴方様のような勇敢な方に逢えて、わたくし非常に感激していますの!」


「はあ、そうですか」


「是非、わたくしと結婚していただけませんか?」


「……はぁっ!?」


 け、結婚!?

 俺の聞き間違いでなければ、この人は結婚と言ったぞ!?

 色々と、おかしい。

 初対面の人に結婚を申し込むとか、明らかに一目惚れの域を超えている。


《と、今のように。

 出来事を解決すれば、女性からモテモテになれます。

 目指せ、ハーレム百人! 以上が神様の言伝です》


「まずは、お父様に婚約すると取り計らなければなりませんね……」


 やばい。

 なにがやばいか具体的にはわからないが、このままなし崩しでいるのはまずい気がする。

 というか、流石に俺の方が、初対面の女性と付き合えない。


「ごめんなさい。俺はもう行きますね」


「えっ?」


「さよなら!」


 美少女の手を振りほどき、俺は一目散に逃げ出した。

 いくら見た目が可愛くとも、こんな状況では頷く事なんてできない。

 とりあえず、今は目先の安寧を目指さなければ。


「ああ、お待ちになってぇ!」


 背後から聞こえる悲しみに帯びた声を無視して、俺はこの場を後にするのだった。






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