魔剣鍛冶士、力を示す
模擬戦は魔力の測定値が近い人たちで勝負をおこなうようだ。
俺の相手は魔力測定で俺に次いで二位だったシフォンという生徒だった。
戦う順番は皆が戦い終わった最後だ。
その間、他の生徒が戦うのを見学する訳だけど、身体がうずうずして止まらなかったので途中から見るのを止めて、トイレに引きこもった。
「叩き直したい……」
手がわなわなと震える。
奥歯もカタカタと音を立てている。
自分でもヤバイと分かっている。禁断症状が出ているんだ。
「あのなまくらを打ち直したい!」
模擬戦に使う剣の出来は遠目で見ても酷かった。
鉄の剣に魔法の触媒になる宝石を埋め込んだだけの剣で、それを疑似聖剣なんて言いやがった。
あんなの魔剣でも聖剣でもなんでもない。
魔法がおまけで撃てる剣でしかない。
剣を通じて魔法を放つ技を聖剣術なんて呼んでいるけど、これと魔剣を一緒にされたらたまらない。
魔剣というのは常に剣が魔法を帯びていて、何かしらの力を放ち続ける剣だ。
例えば、常に炎を帯びて、払えば業炎が吹き荒れるとか、刃を氷が覆っていて当たった途端に凍り付くっていう攻撃型のものもあれば、身体能力を爆発的に引き上げる魔剣もある。
そんな剣を作るには、元になる金属に魔法を叩き込み、魔力と属性を練り込み、形を作り上げる必要があって、断じて魔法のアイテムをくっつけるだけじゃない。
あのなまくら剣を見ていると、魔法鍛冶士の血が騒いで収まらないんだ。
けど、試合に飛び込んで打ち直す訳にもいかなかったから、トイレに籠もることになったんだ。
そうして、こもり続けていたら、ようやく俺の番がやってきたらしい。
「ミスト君、どこですかー!? 試合始まっちゃいますよ。このままだと不戦敗になっちゃいますよ!」
さっき俺の魔力を測ってくれた試験官のお兄さんが、俺を探しに声をあげてくれている。
その声で俺はトイレの外に出て、闘技場へと踏み入れた。
「遅いですよ。ミスト君。疑似聖剣を持ったらすぐに中央へ」
「はいっ」
剣を受け取った俺は闘技場の中央に立つ。
すると、対戦相手であるシフォンは既に戦闘態勢に入っていた。
長く伸びたブロンドの髪、青い氷のような色の瞳、あどけなさを残したかわいい少女が剣を携え立っている。
着ている白と黒のローブは礼拝堂のシスターと同じだし、きっと修道院出身なのだろう。
「試合開始!」
おっと、見とれていたら試合が始まっていた。
そして、同時に高速の突きが俺の首元目がけて放たれた。
けど、その程度の速さなら、神話時代に見飽きている。
「今のを躱した!?」
「おぉ、随分ダメな時代になったかと思ったけど、最強候補はなかなか悪くない」
「このっ!」
続くシフォンの攻撃を避けながら、俺は別のことに思考を向けていた。
材質鑑定スキルを発動し、剣を撫で、材質を測り、耐えられる魔力を計算する。
材料は純度の低い鉄、込められる属性は一つ、魔法容量は十か。中級魔法なら一つ、低級魔法なら二つってところかな。
全く材料も酷いな。何が起これば製錬技術も魔法技術も廃れるんだか。
まぁ、どんな材料でも最高の武器をってのが、魔剣鍛冶士の腕の見せ所でもあるか。
よし、それじゃあ、いっちょ作りますかね!
ってことで、一旦シフォンから距離をとって――手に魔力を込める!
「魔光の炉を開く」
スキルを発動させ、剣に魔力を一気に流し込む。
すると、魔力の流れ込んだ刀身が赤く輝き、火であぶられたかのように赤熱し始めた。
「その刃に荒ぶる烈風を」
赤熱した刀身へ左手に生み出した暴風の珠をぶつける。
ガキィン! と鉄の叩かれた音が鳴り響き、強風が闘技場の一面に吹き荒れる。
「剣の魂に疾風の加護を」
嵐が吹き荒れる刀身へ、さらに風を送り込む。
風が鉄を何度も叩くと、赤かった刀身は次第に緑色の輝きを帯び始め、
「魔剣昇化」
最後に魔力を込めた手で剣を叩き、余計な魔力を吹き飛ばす。
すると、先ほどまではただの鉄の剣が、風を帯び、淡い輝きを放つ魔剣へと変わった。
材料からではなく、既にできあがった剣を打ち直し、魔剣化させるスキルがこのソードリベイクだ。
一から作るのには劣るけど、それなりの剣になる。
おかげで、見ているだけでどうにかなりそうだったなまくら剣ではなくなった。
実にスッキリした。
そういえば、神と魔王の連合軍相手にした時も、このソードリベイクで焼き直した魔剣を大量に射出したっけな。
あの時の武器の方がよっぽど魔力を込められたんだけど、二千年で武器の製造技術が失われたのか?
これなら遅刻してでも武器屋めぐりをして現代の技術を確かめておけば良かった。
「まぁ、とりあえず、この材料でこれだけの剣になれば十分だろ。後で他の剣を試すか」
と、自分の作った剣の出来を確かめていたら、シフォンの詠唱と観客の悲鳴が聞こえた。
「シフォン君のこの詠唱は上級魔法だ!? みんな伏せろ! 結界がもたないぞ!」
「構わん。学院長のワシが止めて見せよう。全力で撃ちたまえ!」
「上級風魔法」
シフォンの放つ魔法は風属性の上級魔法で、穿つ空槍と言われるほど敵を貫くことに特化した魔法だ。
突きを放つ動きでシフォンがゲイル・ランスを俺に向かって放つ。
おっと危ない。
この時代にも上級魔法が残っていることに感動して、反撃を忘れるところだった。
このまま剣で受けたら、危ない。
俺は迫り来る風の槍に向けて、真っ直ぐ剣を振り下ろした。
すると、俺を中心にシフォンの風の槍が真っ二つに裂け、割れた槍が結界を破り、背後の城壁にヒビを入れた。
ふぅ、あのまま魔剣で受けていたら、ゲイル・ランスを弾いて、弾かれたゲイル・ランスが四方八方に散乱して、見学者に突き刺さるところだった。
魔剣で真っ二つに切ったおかげで、怪我人はいないし、壁に穴が空いただけで済んだか。
「な、なんて威力だ!? 疑似聖剣でこの威力を出せるなんて!?」
「次のグランドガードは間違い無くシフォンじゃないのか!?」
そんな声があがるほど、シフォンの魔法は悪くなかった。
「うん、悪くない。シフォンさん、なかなかやるね」
「どの口が言いますか。あなたの魔法が何をしたのか分かっているんですか?」
「ごめんごめん。つい嬉しくて力んじゃった」
「万が一かすりでもしたら腕の一本どころじゃなくて、身体の半分消し飛んでいそうだったんですけどね……。それを力んじゃったって……。なるほど、やっぱりあなたは――」
シフォン以外はどうやら見えていなかったらしい。
俺が剣を振り下ろして生まれた衝撃波で地面が城壁まで一直線に抉られているんだ。
それはまるで巨大な蛇が這ったような跡が地面にでき、城壁をその身でくり抜いているような穴が空いている。
「私の負けです。今の私ではミストさんに勝てそうにありません。ギブアップです」
シフォンの降参を宣言したことで生徒達もようやく何が起きたかを理解したらしく、口々に驚きの声をあげていた。
「ミスト……やべぇ……」
「お、おい、てか、ミストの魔法詠唱って聞いたか?」
「無詠唱でこの威力とか嘘だろ!?」
ふふふ、これが魔剣の力だよ。どうだすごいだろう? 剣に魔法を封じているおかげで詠唱無しで魔法が放てるし、魔力を込めることで威力を倍化させることだって出来る。
この剣で俺は神と魔王を撃退したんだからな。
「ところでこの城壁の修理代はミストが弁償するのかな……」
「……いくらかかるんだろうな」
しまった! やり過ぎた!?
「ミスト君、実に言いにくいことなんだが――」
「ファエル学院長!?」
「修繕費のいくらかは負担してもらってもいいかな?」
さすがに金を生み出す魔剣は作ったことないぞ!?
くそっ!? こうなったら今作ったこの魔剣を売りに出して、金を工面するしかないか!?
なんて、慌てていると、意外なところから助け船がきた。
「いえ、私が出しましょう。私も城壁を壊しましたから」
「だが、シフォン君、君に払える当てはあるのかね? その姿から察するに修道院の出だからと言って、教会は君に金を払わないぞ?」
「いえ、これはここの制服のつもりで着てきたものです。弁償に関しては、お父様に連絡いたしますから大丈夫です。それなりの商会を営んでおりますので、どうかご安心を」
「ふむ、そこまで言うのならシフォン君にも負担をお願いしよう」
何とシフォンが金を出してくれることになった。
これは後でお礼に魔剣の一本作ってあげないといけないな。
よし、焼き直しじゃなくて、ちゃんと一から作ったものを作ろう。
恩には礼を以て返すのが、人間ってものだろうしな。
「ありがとうシフォンさん。あの、後で礼をさせてほしい」
「いえ、どうかお気になさらず」
シフォンはそういうと俺の横をスッと通り抜けた。
その瞬間、とんでもない一言を残して。
「でも、後で二人きりで会ってくれると嬉しいです」
「えっ!?」
どうしよう!? お気になさらずって言われたけど、めっちゃ気になるんだけど!?
二人きりで一体ナニをするつもりなんだ!?