魔剣鍛冶士、世界が衰退することを知る
聖都ペダステル、古の時代に作られた魔剣を保管し、神の素晴らしさを説く聖剣教会の総本山だ。
神と剣を信仰する宗教都市だからか、鍛冶屋も多く、煌びやかな装飾が施された剣や鎧が並ぶ店が多い。
俺の生きていた時代は装飾にまで拘っている人間はいなかったなぁ。飾りをつけるのなら何か術的な意味がある時くらいだったし。何か新鮮だ。
じっくり見て回りたいけど、入学初日から遅刻って訳にもいかないし、今は我慢我慢。
そうして、剣を手に取ってどんな作りか確かめたいのを必死に我慢して、俺は目的地である学院に辿り着いた。
それは学院というより、もはや一つの城のような作りの建物だった。
湖の上に立てられた学院は、跳ね橋で陸地と繋がっており、高い城壁で囲われている。
その橋を渡り、城門をくぐれば、そこの中は小さな街のようだった。
広場、宿舎、生活用品を売るお店、はたまた農園まである。
何とも禁欲的な生活が出来そうで、ため息が出そうだった。
そして、新入生である俺達は係に広場へと案内される。
聞いた話によると、候補生は一年に千人くらい集まるらしい。この中から聖剣を授かれる聖守護者は十人に満たないらしい。
そうなると、残りの九百人以上はどうなるのかって話だけど、無職で放り出されるという訳でもないようだ。
選ばれなかった人はその後、従守護者となり、聖守護者のもとでまだ見つかっていなかったり、民間の手にあったりする魔剣を回収する任務につくらしい。
だから、なるのなら絶対聖守護者が良い。自分の行きたいところに行けるからね。しかも、教会の金で!
そんな聖守護者になるか、従守護者になるかを決める最初の試練が訪れる。
広場の中央に身の丈ほどある大剣を背負った男が現れ、両手をバッと広げたのが、その合図だ。
「良く来た。守護者候補の諸君。君達は神に愛され、聖剣に選ばれる資格のある若者達だ。ようこそ、ガーディナル聖学院へ。我が輩は学院長のファエルである。これから諸君の力を測る。遠慮することなく存分に神に選ばれた力を見せると良い。神と聖剣の加護があらんことを!」
学院長ファエルが最初の試練の始まりを告げた。
実力検査試験、と言っているけど、ようはクラス分けの試験のことだ。
体力、魔力といった基礎能力に加えて、魔剣を用いた模擬戦闘での成績でどのクラスに配属されるかが決まる。
1クラス百人で、1組から10組まで分かれる。
上位の成績から一組に配属されていくため、クラスで大体の実力が分かる仕組みになっているのだ。
定期試験のたびに入れ替わりが起きるため、いきなり最下位のクラスでも努力次第で最上位クラスへ移ることも可能な仕組みになっている。
だからこそ、魔剣の作り手である俺が最下位クラスってなったら笑えない冗談だよなぁ。
最下位クラスでスタートしてみろ。信仰対象の剣を俺が作った剣なんだぜって言ったら、かわいそうな物を見るような目で見られるに違いない。
何とか上位クラスに入らないといけないな。
それで肝心の測定方法だけど、とても簡単だった。
魔力の測定は実技で見せるのでは無く、魔力を測る水晶に手を乗せるだけ。
そうすると、水晶が数字を見せてくれるらしい。
ちなみに俺の前に測定していた人たちはというと――。
「121」
「210」
「1050」
「おおおお!? 千を超えた者が出たぞ!」
どうやら千を超える人は3年に一人くらいらしい。
さらに言えば魔力が千を超えた人は例外無く聖守護者に名を連ねているとか。
いきなり現れた当たりに会場がどよめく中、さらに一際大きな歓声が上がる。
「10800!? 鑑定水晶が魔力に耐えきれずヒビが入ったぞ!?」
どうやら更なる大物が現れたらしい。
一万越えはさらに珍しく、聖守護者の中でも最上位の立場、守護者をまとめあげる教会幹部である大守護者クラスの能力だそうだ。
「別の組みで盛り上がってますけど、止まらないでください! 次、ミスト君、鑑定水晶に手を当てて下さい! 100でも大丈夫です。神と聖剣を信じれば魔力は後から増えますから」
「あ、はい」
どんな人なのか一目見ておきたかったけど、試験官のお兄さんに呼ばれたせいで見ることが出来なかった。
仕方無いか。とりあえず、高い魔力値を出せばまた会えるだろうし。
そう思って右手に魔力を集中させると――。
パリンッ!
なんと水晶がバラバラに砕け散った。
「「え?」」
期せずして試験官と声がはもった。
おいおい、手を乗せただけだぞ? もともとヒビでも入ってたのか?
「あの、数値はいくつでした?」
「あ、えっと……ちょっと待って下さいね」
バラバラに砕けた水晶を試験官のお兄さんがパズルのように組み立てると、どうやら数字が見えたらしく、頷いた。
「えっと、これ、違うよね? うん、違うはず。……1です」
「え!?」
「1です」
「いやいや!? 1だったら魔法をそもそも使えないでしょう!?」
それにそんな魔力が低かったら魔剣の鍛錬なんて出来ない。
この身体になってから何本か作ったけど、全く問題無かったし、1だけはありえない。
そのはずなんだけど……。
「そんなこと言われましても……せっかく組み立てた水晶の中も気泡だらけでハッキリ見えませんし、1しか数字として認識出来ないんですよ?」
んなバカな。
そう思って俺も水晶の前に回ってみる。
すると、確かに1という数字が見えて、その周りに小さな0が数え切れないほど並んでいた。というかオーバーフローして水晶を埋め尽くしている。
まさかとは思うけど……。
「すみません。もう一度だけ測らせて下さい」
「……まぁ、良いでしょう。後一度だけですよ? それに鑑定水晶が壊れるなんておかしいですからね」
試験官のお兄さんは不思議そうにそういうと、新しい水晶を大の上に置いた。
それを見た俺はその水晶に手を乗せる直前、右手に魔力がいかないよう必死に力を抑えてからそっと手を乗せた。
ピシッ!
砕けなかったけど、水晶にかなり深いヒビが入った。もうちょっとで砕く所だったか。危なかったな。
「11000!? 何という魔力の強さだ!?」
試験官のお兄さんが立ち上がり、叫ぶ。
「そんなに高いの!?」
俺も思わず叫ぶ。
もちろん、試験官とは逆の意味でだ。
いや、冗談だろ? ほぼ魔力を遮断しきった状態で触れたのに、この世界の最高ランクに含まれるのか?
どうやらこの二千年で、人の魔力は随分と弱り切っているらしい。
何が原因かは分からないけど、魔力が少ない身体になっていることは、他所から聞こえる数値からしても間違い無い。
二千年前なら子供の魔力量より少ないであろう数値が聞こえ続けるのだから。
そういう意味では、前世の力をそのまま発揮出来ている俺はかなり幸運だったな。
転生術式が無かったらと思うとゾッとするよ。
でも、本当に一体何があって、こんなことになったんだ?
そう不思議に思っていたら、不意に背後に気配を感じて思わず飛び退いた。
「って、あれ? えっと、学院長の……ファエルさん?」
そこに申し訳無さそうに笑うファエルがいた。
「おっと、驚かせてすまなかったね。何、グランドガードに匹敵する力を持つ者が現れたと聞いたものでな」
「あぁ、えっと、俺も驚いています」
「どうやら君は神に愛されているらしい。名前を聞いても良いかな?」
「ミストです」
「ミスト、そうか。ミストというのか。良い名前だ。君の名前、しっかり覚えておこう」
ファエルはそういうと、ニッコリと微笑んでから立ち去った。
すると、俺の魔力を測ってくれた試験官が俺の肩を掴んで興奮気味に揺さぶってきた。
「すごいじゃないか。ミスト君、もうファエル学院長に名前を覚えて貰うなんて!」
「え? 何で?」
「聖守護者を選ぶのはファエル学院長だし、グランドガードを選ぶ際に発言力も強い。このままいけばミスト君は最年少グランドガードになれるかもしれないね!」
「それって魔剣――じゃなかった、聖剣もいっぱい見れるんですか?」
「あぁ、もちろんだよ! グランドガードは聖剣を納めた聖蔵の番人でもあるからね!」
なるほど。蔵の中にある剣が何本か増えても誰も気付かないだろうから、グランドガードになれば魔剣を見放題、作り放題になる訳か!
よし、それじゃあ、一位の椅子を貰ってさっさとグランドガードになろうじゃないか。
こうして、俺は午後からおこなわれる模擬戦に闘志を燃やすのであった。