神の子と呼ばれた魔剣鍛冶士
それは俺が五歳の頃で、雨の続いた夏の日だった。
酷い怪我で血まみれになった狩人が、村の入り口で倒れていたんだ。
村人が駆けつけて治療するも、既に手遅れだったせいで狩人はみるみる弱っていった。
けれど、狩人は最後の力を振り絞り震える声で、何があったのかを告げたんだ。
「……頭が二つある巨大な狼に襲われた。……あれは魔物だ」
その瞬間、二頭の狼の遠吠えがあたりに鳴り響いた。
遠吠えがした方へ視線を向ける。すると、そこには巨大な双頭の狼が村に続く道の上にいた。
うわぁ、懐かしい。間違い無く地獄の番犬と呼ばれるヘルハウンドだな。
すげーずる賢い魔物で、わざと人間を傷つけ村へと逃がし、その血の臭いを辿って村にいる住民を丸ごと捕食するんだよな。
二千年前はヘルハウンドに出会ったら村に逃げ込む前に、魔法で合図を出すっていうルールがあったんだけど、いつの間にかなくなっていたみたいだ。
おかげで、村人は蜂の巣をつついたかのように大騒ぎになっていた。
といっても、ヘルハウンドくらいならそこそこのレベルの戦士か魔法使いがいれば勝てる相手なんだけどなぁ。
「魔物だあああ!?」
「助けてええええ!」
「神様! 聖剣の加護を! どうか!」
そんな村人の慌てふためく声をシスターの声が静めた。
え? あの人戦えるの?
「皆さんは下がって下さい! 守護者である私が聖剣の力で魔を滅します!」
「おぉ! そうだ! 守護者の聖剣の力なら勝てる!」
「守護者様! どうか我らをお守り下さい!」
悲鳴はなくなり、みんながシスターを応援しだした。
その声援に押されるようにシスターが剣を抜き、ヘルハウンドに向かって疾走する。
おぉ、礼拝堂に飾られていた剣だ! 一体どんな魔法が仕込んであるんだろう?
期待を膨らませながらシスターの動きを追う。
シスターが聖剣を振るうと、剣が輝き、雷を放った。
そして、雷光の一閃がヘルハウンドを切り裂いた。
――かのように見えた。
「きゃああ!?」
雷光ごとシスターがヘルハウンドに吹き飛ばされたんだ。
その勢いのまま壁に叩きつけられ、シスターは力無くうなだれてしまう。
嘘だろ!?
「聖剣が効かない!?」
「ダメだ……もう……お終いだ……」
「あぁ……神よ……」
村で一番強いシスターが勝てない魔物に勝てる訳がない。
みたいな空気が一気に広がっているけど、ちょっと待て。
諦めるの速すぎだろう!?
そもそも、あの攻撃でヘルハウンドを倒せる訳がないだろう? そんなことも誰も分からないのか!?
派手な一撃に見えたけど、あの剣に仕込んでいた魔法は初級の魔法だぞ!?
少なくとも中級魔法の威力は無いと、一撃で倒せる訳ないだろう!?
あぁ、くそっ! そもそも何よりダメなのは村人でもなくシスターでもなく、あのなんちゃって聖剣だ! いくら模造品だからってあんななまくらを作る奴がいるか! 魔法を付与して魔剣にするのなら、もっと上級の魔法を叩き込めよ! 初級魔法を付与した魔剣とか子供の玩具かよ!?
あんななまくらな剣にされて、素材がかわいそうじゃないか!
「あ! ミスト! 戻りなさい! 子供のお前が出て行っても無駄死にするだけじゃ!」
村長の声を無視して、俺は倒れたシスターに駆け寄り、ヘルハウンドの前に踊り出た。
「うるさい! このなまくらを叩き直すんだよ! スキル、材質鑑定!」
そして、シスターの手から落ちた剣を拾って、一体どういう物なのかを把握する鑑定スキルを発動させた。
材質は鉄が7割に、ミスリル3割か。付与している魔法は雷属性の初級魔法ライトニング。
材料にミスリルが含まれているのは悪くないな。本当に付与魔法だけがもったいない。
おかげでハッキリしたけど、どうやら聖剣って言っても、俺の作る魔剣と中身は同じらしい。
聖剣も魔剣と素材に魔法を練り込んで作り上げた武器だ。
となれば、この剣を使い物にしたいのなら、俺が魔法を剣に練り込み直せば良い。
よし、二千年振りの魔剣鍛冶だ。気合い入れていくぞ!
「開け! 魔光の炉!」
剣に魔力を流し込み、刃を赤く熱して溶かす。
これで剣は魔法を取り込める励起状態に変化した。
次は練り込む魔法をぶつけて、属性を決める。
この剣は雷の属性だったので、雷の魔法をぶつけよう。
「その刃に天裂く雷光を! 上級雷魔法!」
俺は魔力を雷に変え、剣に激しい稲妻をぶつけて剣を打ち始めた。
ピチュン! と千の鳥が一斉に啼いているような音を立てる度に、稲妻が剣の形に収束し、輝く新たな剣が生まれる。
「完成!」
光の中から剣を振り抜くと、白い雷を常に放ち続ける剣が現れた。
「さぁて! 試し切りだ!」
そして、ヘルハウンドに向けて思いっきり振り抜く。
すると、ヘルハウンドの身体は白い雷に打たれ、一瞬の後に黒焦げ、灰と化した。
「よし、良い剣になった。久しぶりに魔剣を打ったけど、この威力なら及第点だな」
なまくらの剣じゃなくなって、スッキリした。
聖剣って言うならこれぐらいの威力は欲しいよな。うん、我ながら良い仕事した。
「ミスト……お前聖剣を使えるのか!?」
「すごい! すごいぞミスト! まだ五歳なのに聖剣を扱えるなんて! お前は間違い無く神の子だ!」
「神と聖剣に選ばれた子だ!」
あれ? 何で俺拝まれてるの?
何か突然みんなが頭を地面にこすりつけて、祈りを捧げだした。
ただ剣を打ち直しただけだぞ?
それがどうしてこうなった? 魔物だって大して強くない雑魚だ。上級悪魔とか天使長とかに比べれば、なんてことない相手だぞ?
「ミスト様! ミスト様! お慈悲に感謝致します!」
「ミスト様は次期大守護者、いや、大教主になるに違いない! みんなこれよりミスト様に不便をかけないように!」
村長までとんでもないこと言い出したぞ!?
まぁ、でも、好き勝手自由に生活出来るそうだし、とりあえずこのままスルーしておこう。
という感じで、俺はずっと村では神の子扱いだった。
そのおかげで、俺は十五歳になった日、無事に守護者候補として選ばれることになる。
「ミスト君に神と聖剣のご加護があらんことを。なんて、神の子に言うなんて失礼かしら? ミスト君の加護でこの聖剣もすごく強くなったし、私が加護を貰う側よね」
「ハハハ……」
そう言って送り出してくれるシスターに、俺が打った剣でその神を倒したんだけどなぁ。と心の中で呟いて苦笑いした。
まぁ、いいや。とりあえず、今度こそ本物の聖剣を見られそうだし、聖剣教会の学院か。楽しみだな。