第6話 望まぬ未来(2)
それからソフィーが敵兵たちを睨み返すと最後まで闘う意志を固めたように見えました。
もしここで投降したとしてもボクたちの未来はきっと変わりません。
ジョシュアの両腕に抱かれたアリシアの押し殺した泣き声がボクの心を不安と恐怖でいっぱいになり、それから足が竦んで動けなくなってしまいました。
それでもソフィーは懸命にボクたちの前に立ち塞がって敵兵たちを一歩もこちらに近づけようとしません。
たくさんの剣とさらにたくさんの槍がソフィーの持つたった二振りの剣によって防がれますが、その度に大きな金属音がボクたちの耳に突き刺さります。
ボクたちが敵の魔法に捕まってしまったからソフィーはもう何処にも逃げる事が出来ません。
二十人以上も居る敵兵たちがソフィーを嬲り殺しにしようとしているのがここからだとよく見えます。
疲れて動きの悪くなってきたソフィーが敵の持つ大きな盾に弾かれてしまい大きなスキを作ってしまった瞬間に、そのタイミングを待っていたかのように後ろに居た魔導士から炎の矢が放たれると、ソフィーの脇腹を防御の魔法ごと貫いてしまいました。
「おい、勝手に殺すな!後の楽しみが減るだろうが!!」
「まだ生きてるぜ、ただし虫の息ってやつだけどな」
「コイツはアタイの顔に傷を付けたんだ。だからコイツの顔もグチャグチャにさせてよね」
「グチャグチャにするのはいいが、それはオレたちが楽しんだ後にしろよ」
出血が止まらない左の脇腹に手を当てて動けなくなったソフィー。治癒の呪文を唱えようと片手で防戦しながら呪文を唱えますが、敵兵たちの波状攻撃によって詠唱を中断させられてしまいます。
このままでは動けなくなるまで幾何の猶予も無いでしょうが、それでも敵兵たちは攻撃の手を緩めてはくれません。
それに一撃で即死するような急所は絶妙に避けているので、ソフィーの身体のあちこちに小さな刀傷が増えていきます。
もう止めて。
もうこれ以上ソフィーを傷付けないで、お願いだから。
力の無いボクはただ見ている事しか出来ません。
あんなに綺麗だったソフィーがとうとう血の赤にまみれてボロ雑巾のようになって動かなくなってしまいました。
あれほど大好きだったソフィーが死にそうなのに、ボクが出来る事といえばただ怖くて竦んでいるだけです。
とても恐ろしくて今にも叫び出したい気持ちの中で、ボクたちに向けられた冷たい殺意が身体に刺さると息が出来ないほど苦しくなります。
「そろそろ集合の時間が近い。さっさと処理して帰投するぞ」
敵の隊長の合図でボクたちを囲んでいた赤い魔法陣が解除されます。
もうボクたちが殺される運命は変えられませんが、ボクたちを最後まで守ってくれたソフィーの為にもボクが出来る事はもう無いのでしょうか?
――ドクンッ
死ぬ決意はまだ出来ていないボクだけど、どうせ死ぬのなら父や母に恥ずかしくない最後にしたい。
そう考えるとまた心臓の鼓動が大きく鳴ります。
――ドクンッ
同じ死ぬのなら家畜のように殺されるのではなく、父や母そしてソフィーのようにダークエルフの戦士として戦って死にたい。
そう考えた瞬間、ボクは父から贈られたショートソードを鞘から抜き放つと敵兵たちに躍りかかっていました。
小さな頃から精霊魔法の才には恵まれませんでしたが五歳の頃から父には毎日のように鍛えられています。
だからせめて一太刀でも与えて自分たちが殺そうとしている相手が、ただの無力な存在ではないと教えなければ死んでも死にきれません。
敵兵たちはボクが子供だと思って明らかに侮っています。だからそのチャンスを最大限に生かして鎧と兜の間から首筋に剣を突き立てる事が出来れば、敵兵の一人くらいは道連れに出来る事でしょう。
「きぁぁぁっ!!」
ボクが闘いに熱中してしまいみんなの事を忘れていた時です。
後ろにいたはずのアリシアから絶叫が聞こえます。
条件反射でアリシアへ視線を向けると彼女の胸を貫通した槍が地面に突き刺さっていて、そこから夥しい量の血が槍を伝って地面に吸い込まれていきます。
それでも胸を貫いた槍がつっかえ棒となって倒れる事も出来ずにいるアリシアの無残な姿がボクの瞳に焼き付きます。
「「「ア、アリシアーーー!!!」」」
槍の威力が強すぎて痛みすら感じさせない即死だった事がボクたちにとっては救いだったのかも知れません。
そして闘っている最中なのに余所見していたボクを別の兵士が狙っていた時です。
本当ならアリシアの次にこの世を去るのはボクのはずだったのですが、ティアナがボクに体当たりをした事でその順番に狂いが生じてしまいます。
ボクの生命を刈り取るはずだった敵兵の剣先がティアナの小さな身体に振り抜かれ……。
――ザシュッ!!
首の付け根辺りをザックリと斬られて声帯が潰れてしまったティアナが、ボクに両手を伸ばして必死に何かを語りかけてくれますが、彼女の喉の辺りからはフシューフシューと空気の漏れる音が聞こえて来るばかりでそれが音声になる事はありません。
ティアナの首の傷を両手で必死に押さえますが、彼女の心臓が鼓動する度に驚くほど大量の血が吹き出してきてボクの身体を真っ赤に染めていきます。
ボクの目から止めどなく溢れて落ちて行く赤い色をした涙がティアナの血の赤と混じります。
歪んだレンズ越しに見た彼女の顔からは、徐々に赤い色みが消えて元から白かった彼女の肌が更に白く透き通っていきます。
「ティアナ、死なないでよ、ティアナ……」
「いつまでそうしてるんだユーディス!早く逃げるんだ、このままじゃ君まで、うわーーっ!!」
アリシアとティアナの相次ぐ死によってもう立つ気力も失ってしまったボクなのに、それでもジョシュアは諦めず最後まで守ってくれていました。
だけどそのせいでジョシュアの背中から赤い血糊を塗り付けた銀色の何かが生えていくのを目にしてしまいます。
「ダークエルフなんて言ってもガキだとこの程度か」
「オイ、そこで泣いてるヤツもチャチャっと殺って早く帰ろうぜ」
ジョシュアの背中から引き抜かれた剣から彼の血が地面に滴り落ちていきます。
そして自分の体重を支える事が出来なくなったジョシュアの身体が、ボクの目の前でゆっくりと崩れ落ちるようにして倒れていきます。
「いつまで女々しく泣いてるのかしら。ダークエルフに生まれてきたのが罪なんだからしょうが無いじゃない。そのままじっとしててよ暴れられてこっちまで血で汚れるのは嫌だからね」
みんな死んでしまった、父も、母も。
きっと村のみんなも。
どうせ死ぬのならボクもみんなと一緒に――早くしないとジョシュアたちに置いて行かれてしまう。