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え?自殺したら勇者には成れないんですか?!  作者: としょいいん
第一章
11/11

第11話 それぞれの想い

 オレたちの目の前に殺伐とした風景が広がっている。


 集落のそこかしこからは灰色の煙がいくつも立ち上り、家も、木も、何もかもが燃やされたり壊されたりしていた。

 燃えていたのはそれだけじゃない。

 オレがよく知っていた村の人たちもあちこちで倒れており身に着けていた衣服に火が燃え移ったのだろう、赤黒く焼け焦げた痕が生々しく目に映る。

 地面の所々には黒ずんで固まった赤い水溜りのような跡がついていて、それらを踏まずに歩くのは少し骨が折れた。


 あの鬼畜どもの手によって村人たちの遺体がバラバラに切り刻まれているのは、彼らの信仰で邪悪な魂の復活を阻止する為に必要だという事だった。

 オレは村人たちの成れの果ての姿を目にする度に、やり場のない怒りと懺悔の念が込み上げて来るのをただじっと堪えるしか無かった。


(よくも、よくもこんな酷い仕打ちを……)


 オレたちは出来る限り同じ人物のものだと判る身体の部位を集めてから、一体、また一体と全ての遺体を死霊術によって大地へ還していく。

 中には遺体と呼ぶ事が出来ない部位のみの場合もあったがそれらは後でまとめて焼いた。

 水分を多く含んだそれらは最初なかなか燃えずに苦労をしたが、真っ黒な煙が火の粉と共に天に昇って行くのを見ると少しだけ肩の荷が下りるような気がした。






 最初に見つけたのはアリシアの両親だった。


 他の遺体と同じく鋭い刃物によって傷つけられていたが、これまでに見た他のものよりはキレイと呼べる状態で遺されていた。

 多くの家屋が火災によって大きな被害を受けていたにも関わらずアリシアの家は燃える事無く残っており、玄関前でアリシアの父と母は最期を迎えたのだろう。

 二人が折り重なるようにして亡くなっている姿が見えるとアリシアが駆け寄って行った。


「ゆうチャンオ願イ、オ父サントオ母サンモ生キ返ラセテヨ。コンナノ嫌ダヨゥ……ウゥ……」


 亡くなった両親に被さるようにして蹲ったアリシアの背中が大きく揺れている。

 今のオレには死んで魂まで失ってしまった者を蘇生させるだけの力はない。

 泣き止まないアリシアをオレはただ見てる事しか出来なかった。


 もうアリシアの両親の魂を取り戻す事は出来ないが、愛娘の事を余程心配していたのか彼女の親たちの身体には微かにだが残留思念を遺していた。


「アリシアよく聞いてくれ。もしお前の両親と最後に一度だけ話せるとしたらどうしたい?」


 アリシアの答えは判っているが、これから執り行う術式を使用する為には当事者である彼女の言葉が必要だった。


「オ願イ、パパトママノ声ヲ聞カセテ」

「判った」


 オレは彼女の両親の遺体にまだ残っている思念体を集めるとアリシアの魂と精神を繋ぐ。


「アリシア、良かった生きていてくれたのね?」

「ううん、アタシも一度死んじゃったけどユーディスが助けてくれたの」


「パパとママはこれから遠くへ行かなければいけないけど、アリシアにはここで生きていて欲しいと思っている」

「もうパパとママと一緒には居られないの?」

「ああそうだよ。パパとママはもう死んでしまったからね。だから……」


「そんなのイヤなの。アタシも一緒じゃなきゃイヤなの!」


「アリシア。パパたちもそうしたいけど出来る事ならお前にはここで生きていて欲しい」

「だからそんなのイヤなの!ユウちゃん、アタシもパパとママの所へ行きたいの」


「アリーがそれを望むのならオレは……オレは……」


 オレはそれを最後まで言葉にする事が出来ずに下を向いてアリシアから瞳を逸らせた。

 アリシアの生命は既に一度失われており、その魂魄を仮初めの生命の中に留まらせているのは彼女の”生きたい”と願う思いだけだ。

 それが無くなってしまえばいくらオレの死霊術でも彼女の魂をこの世に縛る事など出来はしない。

 もしそんな事をしてしまえば思念無き再生術となり、意識を失った只のゾンビを生み出す結果になってしまう。


「ユウちゃん、ティア、ジョシュア、そしてソフィーお姉ちゃんも。パパとママの二人だけで天国に行くのはずるいと思うの、だからアタシも一緒に……もう行くね。みんな大好きだったよ、中でもジョシュアは一番好きだった。もう逢えなくても、みんなの事は忘れない……だから泣かないでね」


「アリシア待ってくれ、それでもオレは……オレたちは……お前と一緒に……」

「さよならアリシア、私もう泣かないわ。もし今度また生まれ変わっても絶対に友達よね?」

「やっぱり行くんだねアリシア。出来れば次の人生でもユーディスやティアナと一緒にまた友達として出遭いたいな。本当に君の事が大好きだったよアリー……」

「アリーごめんなさい……私は貴女を。いえ、貴方たちを守れなかった事を……決して忘れないわ」


 アリシアの身体が眩い光に包まれて天へと上る。


 オレは遺された彼女の亡骸に浄化魔法を掛けてから大地へ還してやると、その跡には彼女が母から貰った細いネックレスが遺されていた。


「これどうする?アリシアのだからジョシュアが持つべきだと思うんだけど?」

「ゆうニオ礼トシテ残シテウッタンジャナイカシラ?」

「僕モソウダト思ウ。ダカラゆう、君ガ貰ッテクレ」


 それから再び歩き出すと、オレを追い越したジョシュアがこちらに振り返る。


「ココカラダト次ハ僕ノ家ガ一番近イヨネ?」




 あの後、アリシア以外の両親の遺体を探したがオレの親も含めて村の中の何処を探しても見つからなかった。

 だからオレたちはそれぞれの自宅へ戻って旅に必要な物を準備しようと話していた。


「アーア、ヤッパリ僕ノ家モ壊サレテイタカ。遠クカラ見エテタケドコレッテ酷イ状態ダヨネ」


 ジョシュアの自宅は何か大きな力によってペシャンコに潰されていた。


「デモ用ガ有ルのは地下室ダカラキット大丈夫ダト思ウ。ホラ、ココダヨ」


 ジョシュアが大きなガレキの山を軽そうな仕草で横にどけて行くと、そこには余り大きくは無い地下室への扉が隠されていた。

 彼がポケットに持っていた鍵を差し込んで回すとキィ~っと古びた音を立てて扉が開かれる。


「コッチダヨ、ゆうでぃす。チョット持ツ物ガ多イカラ君モ一緒ニ来テクレ」


 ジョシュアに呼ばれて中に入るとそこは小さな地下倉庫になっていて、イロイロな物が置かれていた。

 ジョシュアとは五歳の頃からの付き合いで何度もこの家へ遊びに来ていたが、この地下室へ入らせて貰うのはこれが初めての事だ。


「ココニハ親父タチノ武器トカ防具ガ置イテアルンダ。ゆうでぃすハモウ剣ヲ持ッテイルカラ、コレトコレヲ貰ッテ欲シイ」


 オレはジョシュアから手渡された精霊弓と小さな円形の盾が彫られた手首に装着する腕輪のような物を見せられた。


「これは?」


 その弓はジョシュアの両親が彼の十三歳の誕生日の夜に彼に贈った物だったはずなのに、それをオレに手渡すなんて、どう言う意味だ?


「なんで、なんでこんな物をくれるんだ。オレはそんな物なんか要らない。絶対に貰ってなんかやらないぞ!」


 オレは咄嗟に湧き上がってきた感情のままジョシュアに向かって言った。


「ゆうでぃす、モウ君ニハ判ッテイルヨネ? ありしあガイナクナッテシマッタノニ、僕ダケガココニ留マル理由ナンテ無イッテコト」


「何を言っているんだジョシュア。何でお前までそんな寂しい事を言うんだ。もしかして皆の蘇生が完全じゃ無いから怒っているのか? もしオレがアリシアを本当に生き返らせていればこんな事にはならなかった、お前はそう言いたいんじゃないのか?!」


 転生する前と転生してからの人生を足せば三十年くらいは生きているオレだ。

 だからこんな場合で無ければきっとこんな言い方はしなかったと思う。

 あの時のオレは前世でも手に入らなかった親友の彼を、どうしてもここで失いたく無いと思ってしまった。


「ゆう、僕ハモウ何モ怒ッテハイナイヨ」


 ジョシュアの声はとても優しい。


「オ願イダカラチャント聞イテ欲シイ。僕ノ身体ニカケラレタ魔法ガ安定シナイノハ君ノセイジャナイ。ありしあヲ守ル事ガ出来ナカッタカラ、僕ハ今モ自分ヲ赦セテ居ナイノダト思ウ。アノ時、君ニ呼バレテ戻ッテ来レタノハありしあト皆ノ事ガ心残リダッタカラダヨ。ソレガ済ンデシマッタ今、モウコレ以上僕ノ魂ヲココニ留メテオクノハ辛インダ……判ッテクレヨ、親友ダロ?」


 このタイミングで”親友”なんて言葉を使うなんて……ズルイだろ、それ。


「ダカラ僕ノ心残リはゆう、アトハ君ノ事ダケナンダ。ダカラコレヲ貰ッテ欲シイ。貰ッテクレナイト毎晩君ノ夢ニ出テ来テ僕ガドレクライありしあノ事ヲ好キダッタカ聞カセテアゲル事ニナルケド?」




 さすがのオレもジョシュアの最後の言葉に心を折られて彼から精霊弓と守護の腕輪を受け取ってしまった。

 ジョシュアと毎晩話せるのは良いけど、その内容が全てアリシア絡みだとなると――それでも彼を完全に失ってしまうよりは……。


「コレカラハ僕ノ代ワリニコレガ君ヲ守ッテクレルヨ。サヨナラ……僕ノ親友……」


 そして思い残す事が無くなったジョシュアもアリシアと同じく白い光に包まれて天へと還って行った。

 アリシアの時にもう涙は枯れたと思っていたけど、まだもう少しだけ残っていたんだな。






 守護の腕輪を左の手首に着けて精霊弓を背負ってから階段を通って地上へと戻る。


 そこにはティアナとソフィーが待っていてくれて、オレが一人で戻って来てもジョシュアの事を何も聞かないでくれた。


「最後ハ私ノ番ネ」


 ティアナはそう言うと以前に彼女の母から貰ったと喜んで見せてくれた指輪を、自分の指から抜いてオレの手を取る。


「ゆうノ指ハ細イカライケルト思ッタケドヤッパリ男ノ子ナノネ。本当ハ左手ノ薬指ニデモ嵌メテオキタカッタンダケド……小指ナライケソウダワ」


 オレの手を取って指輪を嵌めてくれるティアナをただじっと見ていた。




「モウ判ッテルワヨネ?」


「ああ、ティアもオレを残して逝ってしまうんだろ?」


 もうどうにでもなればいい。


 アリシアとジョシュアの二人を送り出した事でオレの心はすり減ってしまい悲しいといった感情なんて、この時もうほとんど残ってはいなかったのかな。

 あれだけ考えて皆と一緒に生きられると思っていたのにどうしてこうなってしまったんだろう。


「私ハゆうトナラ、イツマデモ一緒ニ居タイ」


「ならどうして……」


「ゆうヲ守ル為ヨ、ソレ以外ニ理由ナンテ有ル訳無イジャナイ!」


 オレを守ってくれるのなら、そのまま一緒に居てくれれば良いのに何故ティアナまで去って行ってしまうのだろうか。

 オレはバカだからこの時の彼女の言葉を少しも理解出来なかった。


「サッキアゲタ指輪ヲ私ダト思ッテ大切ニシテネ」


「また――また逢えるんだよな?」


「今ハコレシカ言エナイケド信ジテゆう……アイシテルワ」


「さ、さよならは言わないぞっ! 絶対にまた見つけてやるからな! きっとだぞ!」


 ティアナが消えてしまっても立ったまま動かず、俯いていつまでも泣いているオレをソフィーが後ろから優しく抱きしめてくれた。






 オレは前世の因縁によってこの世界へ送られて来た。


 そして前世で犯した罪によって忌職のジョブしか持つ事が出来なかった。


 もしオレがあの時に罪を犯さずに勇者や賢者などのジョブを得ていたとしたら、村に居た皆の未来を救う事が出来ていたのだろうか? もしあの時、妹の里奈が殺されても犯人をこの手で殺していなければ……。


 後悔はしていない。


 後悔はしていないが納得もしていない。


 オレは震える身体を両手で抱え声を枯らして泣いた。

 そんなオレをソフィーは何も言わず後ろから優しく包み込んでくれている。

 背中越しに感じる彼女の体温と心臓の音が、ともすれば狂いそうになるオレの心をこの世界に引き留めてくれていた。


これにて第一章完結です。ご精読ありがとうございました。

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