第1話 プロローグ(1)
もういいかな? もういいよな?
オレ、十分頑張ったし。
だから……もういいよな、そっちにいっても。
もうこの世界に未練なんて、なーんも残ってないから……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
オレたちの両親が交通事故で他界してからもう二年くらいになる。
オレと妹の里奈はまだ未成年だったが両親の遺産を相続して生活費に困る事は無かった。
だが形だけでも後見人が必要という事らしくて近所に住む母方の叔母である美咲さんにお願いする事にはなったが、家に兄妹二人で暮らす事が出来るようになった。
両親を亡くしてからの里奈は家に引きこもるようになり、ネットに溺れてほとんど外出しなくなった。
オレはカウンセリングを受診しながらも、それなりに高校へは通っていたが授業の内容が酷く空虚なものに感じてしまう。
どれだけ努力して生きていても突発的な”死”から逃れられない現実を知ってしまったからだろうか。
今から思えば、この時はまだ”生きる望み”みたいなモノがあったんだよな。
家では部屋に引きこもった里奈がネットで知り合った友人たちと話す声が扉の向うから微かに聞こえてくる。
廊下で耳に届く里奈の声を聴いて妹の精神状態を確認するような毎日を過ごしていた。
あれから何とか高校受験をさせて合格したから今は高校一年生になっていたはずだが、入学式からずっと登校拒否状態が続いている。
それでも両親の事情を知った担任教師の特別な計らいで休学扱いとなり退学を免れている。
急性ストレス障害に陥った里奈の心が少しずつでも良くなるのを待つしかないと考えたオレは、妹の引きこもり生活に対して特に口を出すような事はしなかった。
そんなある日、ヒッキーの妹が外出をすると言ったのでとても嬉しく思いながら送り出したのだが、予め帰ると聞いていた午後七時を大きく過ぎても里奈が帰宅する事はなかった。
痺れを切らしたオレは里奈の携帯電話に何度も連絡を入れたが一向に返信が無い。
ここでようやく妹の身に何かあったのではと考えて、叔母の美咲さんに連絡を入れて二人で夜の繁華街を夜通し歩く事となった。
やがて翌日の朝日が昇る頃に一度帰宅をしたがやはり里奈の姿はどこにも無く、その後で美咲さんに連れられて所轄の警察署へ行方不明者の捜索願届を出しに行った。
事情を説明しながら出された書類の欄を順番に埋めていく作業が辛い。
記載が終わると捜索担当の方が来てくれたので状況説明をする。
行方不明者である妹が軽度のストレス症状を抱えていたという事もあって事件と事故の両方で探してみると言ってくれた。
警察署を出る頃にはもう昼前になっており、美咲さんにお腹が空いてないかと聞かれて初めて空腹だった事に気が付いた。
だが里奈の事が頭から離れなかったので丁重にお断りをして自宅へと戻る。もしかしたらもう帰っているかも知れない……なんて、そんな淡い希望を持ちながらも頭のどこかで最悪の事態を想像してしまい玄関の扉を開くのがとても怖かったのを覚えている。
帰宅をして服も靴下もそのままでベッドに倒れ込む。
このまま里奈が帰って来なかったらどうしよう。
これから先ずっと一人で生きて行くなんて考えた事も無かった。
そうだこんなところで寝ている場合じゃない、もう一度だけ里奈が行ったという店まで行ってみようか。
もしかしたらまだ何か見落とした事があるかも知れないし、里奈の姿を見た人が現れるかも知れない……早く、早く行かないと間に合わなくなる!
こうしてオレは居ても立っても居られず昼も夜も妹の姿を探して街を歩き続けた。
疲労が溜りすぎると時間の感覚が麻痺をしてしまい、どれくらいの時間が経ったのかも正しく判らなくなるのは本当だった。
まだそれほどの日数は過ぎていないはずだが、体感的にはもう一ヶ月以上も彷徨っているような気がしてならない。
体力なんてもうをとっくに限界を超えていて、歩くのを止めた途端にその場で倒れてしまうだろう。
体が衰えると意識もぼんやりとしていき、こんな夜中に街中を一人ぼっち歩いているのは何故だろうと考える。
そんな時、右の胸ポケットに入れていた携帯電話が振動していたのに気づいて手に取った。
『もしもし悠宇君、今どこに居るの?。警察署から連絡があったの、すぐに来てちょうだい』
携帯電話から聞こえて来る美咲さんの声。
何故かとても冷静で落ち着いた声。
その声から感じた何かからこの後に起こりうる少し先の未来に対して覚悟を決める。
そしてその覚悟は現実のモノとなる。
警察署の地下で再会した里奈の顔はとても白くて別人に見えた。
首から下にも白いシーツが掛けられていたが衣服に染み付いた黒っぽいシミがシーツ越しに透けて見えて里奈が辿った運命を悟る。
突然叫び出したオレはそのまま倒れてしまうと目の前が真っ暗となり、そのまま意識を手放した。