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再会

 チビ助の追跡とアイヴィーの聞き込みとを合わせ、なんとか日が落ちる前には居場所を突き止められた。

 そうはいっても辺りは夕暮れで薄暗く、肌寒い。民家からは夕飯の香りが漂ってきて、空腹に追い打ちをかけてくる。


「……うん、ここで間違いなさそうね」


 前情報と表札の名前は一致していた。この近辺に同じ名字の家もない。


「この先は、僕だけで十分だ。ここまでありがとう」


 玄関先でたたずむ私たちより一歩前に出て、とりのすけは静かに言った。

 いまの言葉で依頼は達成されたと言ってもいい。もとよりとりのすけからの報酬なんてないし、偽りなく事の顛末を語ればシャーロットが報酬をくれるだろう。もう私が労力を削る必要はない。

 だけど、このままサヨナラでは後味が良くない。


「何言ってんの。ここまで来てそれはないでしょ。そもそも、あんただけでどうやって家の中に入って、アイリッシュを見つけ出すつもり?」

「猫を舐めないで貰いたいね。それぐらい難なくこなせるさ」

「そうだとしても……気になるじゃない」


 アイリッシュとの再会を果たせるのか。果たせたとしてどんな話をするのか。それからとりのすけはどうするのか。ここまで来て知らずに帰らされるのは癪だ。


「はあ。アイリッシュといる時は、くれぐれも騒音を立てないでくれよ」

「わかった、約束する」


 彼は意外にもあっさり折れてくれた。余計なガヤを入れるつもりは元からないし、それも見越してチビ助は帰らせてある。


「あ、うん」


 親指で自分の背中を指し、アイヴィーを憑依させた。念のためだ。一羽ちゃんのことは何も心配する必要がないし、何かあっても臨機応変に対応してくれるに違いない。


「それじゃあ、いくよ」


 誰に言い聞かせるでもなく合図のように呟き、私はインターホンを押した。

 インターホン越しでの返事はなく、しばらくしてから玄関の戸が開いた。きょとんとした顔で私を見つめるのは、ふくよかな中年の女性だ。


「どちら様?」

「こんにちは。坂上と申します。アイリッシュという猫を探して来たのですが、こちらにいらっしゃいますか?」

「アイリッシュ……」


 女性は眉を潜めて首を捻ったものの、すぐに表情を和らげた。


「ああ! お義母さまのお店で看板をしていた猫ちゃんのことね。それならウチにいるけど、わざわざ猫に会いにいらしたの?」

「ええ。この子が会いたがっていたので」


 女性の視線をとりのすけへと誘導する。彼女には見覚えがないようで、特別な反応は示さなかった。


「まあ、綺麗な猫ちゃんね。アイリッシュならケージの中で寝てるから、どうぞお上がり」


 女性がとりのすけに語りかけると、彼はすぐに戸を潜って家に上がった。そのまま迷うそぶりもなく、どこか奥の部屋へ消えていく。


「ほら、あなたも」

「いいんですか?」

「事情は知らないけど、お義母さまたちの豆腐屋にゆかりのある方なんでしょう?」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 幸いにも、交渉や手荒な真似をせずに済んだ。

 女性に招かれてとりのすけの後を追う。玄関から二つ隣の、大きなガラス戸のある部屋に二匹はいた。

 想像していたより大きな、清潔感のある白いケージの中で灰色の猫が丸まっている。とりのすけは片脚をケージにかけて、その猫を見つめていた。


「はいはい、いま開けますからね」


 女性はケージに歩み寄り、小さな扉を開けてくれた。

 しかし、とりのすけは手を引っ込めてこちらを見つめるだけで、ケージの中に入ろうとはしない。


「うん? どうしたのかしら? お腹でも空いたのかしらね」

「そんなことはないと思うんですけど……」


 と、不覚にも私のお腹が鳴った。思い返せばシャーロットとのお茶の他に、何も口にしていない。


「あら、お腹が空いてたのはあなたの方なのね。ちょうど晩御飯の支度をしていたところだし、ついでに食べていきなさいな」

「いえ! そんな、」


 ぐうぅ。と、お腹は正直である。


「あらあら。随分お腹を空かせてたのね。なに、若い子が気を遣うことはありませんよ」

「で、でも……」

「わかった! それじゃあ代わりに、お母様方の話し相手になってちょうだいな。随分暇そうにしているし、猫ちゃんたちのことを話題にしたらきっと喜ぶから。お願いしてもいい?」


 私に気を遣わせないようにする言い回しが見事で、まんまと言いくるめられてしまった。私もこういう言葉の駆け引きができるようになりたいなと思いつつ、再びお言葉に甘えることにする。


「それじゃあ私は支度をしてくるから、用事が済んだら居間でくつろいでいてね」

「ありがとうございます」


 そう言い残して、女性は部屋を後にした。

 ガラス戸のおかげで、部屋は外と同じ明るさを保っている。もう明るさというより暗さと言った方が正しくて、アイリッシュの灰色の輪郭がぼやけて見えるぐらいだ。

 薄暗がりを支配するのは冷たい沈黙。騒々しくするなと言われた手前、口を開くのも躊躇われる。それどころか、服の擦れる音を立てることすらできなかった。

 沈黙があまりに長くて痺れを切らしそうになった頃、ようやくとりのすけが動いた。

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