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 依頼主は猫だった。生きている普通の猫。その事実はともかく、会話が出来ることに驚きを隠せない。


「猫には神秘が数多くある」


 ふと、猫が口を開いた。まるで私の心中を見透かしたように、少し高慢な声色で。


「人語を解し、話すのはそのうちの一つに過ぎない。その事実は人智の及ぶところではないんだ。いいね?」


 くい、と顎を少し上げて彼は同意を求めてきた。偉そうな態度が鼻につくけど、そう言い切られては反論する気も起きない。


「わかれば良い。さあ、聞いているとは思うが、僕にはあまり時間がないんだ」


 そう言われ、私は慌てて身を屈めて耳を傾けた。


「ああ、そうだったわね。人……猫探しだっけ?」

「そう。失踪した僕の恋人を探し出して欲しい」


 まさか猫の恋愛事情に絡む日が来るとは、夢にも思わなかった。ロマンチックだと思わなくもないけど、それよりも面倒になりそうな予感で気が重くなる。

 ふと横を見れば、アイヴィーは目を輝かせていた。その頭の中がどうなっているかは聞かなくてもわかる。聞くだけ無駄だし、今回は霊体が絡むこともなさそうだから放っておこう。


「えーっと……」

「アイリッシュだ」

「ああ。そう、その子」


 写真を見ながらどもっていたのもあるけど、この猫はやたらと察しがいい。


「えっと、名前と写真以外に情報は無い? 住んでいた場所とか……」

「彼女は町の豆腐屋の看板猫だった。飼い猫だよ」

「あれ? それなら、飼い主さんに聞いたら解決するんじゃないの? ほら、こうして話せるんだし」

「貧乏娘は頭も悪いのか」


 にゃぁ、と猫がため息のような声を漏らす。あんたみたいに察しが良くなくて悪かったわね、と悪態をつくのは心の中でとどめた。


「普通の人間と言葉を交わすのは禁忌である。これは猫界の不文律だ」

「そんなの知らないわよ。それなら私は普通じゃないってわけ?」

「ああ。そこに二人、引き連れているじゃないか」


 二人、というのはアイヴィーと一羽ちゃん以外にいない。死神のアイヴィーも神隠しの一羽ちゃんも霊体と同じで見えないはずだけど、どうやらこの猫には見えているらしい。


「えっ!? わたしのこと、見えるの!?」


 感嘆の声を上げたのは無論、アイヴィーだ。


「ああ。猫は霊体も見ることができる。少しおぼろげだけどね」

「わあぁ……!」


 喜びに満ちた顔のアイヴィーは、猫を撫でる仕草をした。実際には触れ合えないけど、それを受けた猫もまんざらではなさそうな顔を見せる。

 チビ助の時もそうだったけど、どうやら動物には霊体を見ることができるらしい。この世界に入ってもうじき一年になるけど、初めて知った。

 だけど私はともかく、アイヴィーも知らなかったとは。


「まあ、不文律なんてアイリッシュのためなら破ることも厭わなかったんだけどね。それをすることもできないぐらい、突然お店が潰れてしまったんだ。そして彼女も消えた」


 不文律のことを突っ込もうとしたけどやめた。それより依頼の本筋に関わる情報だ。


「それって、いつのこと?」

「一昨日だったかな。まさに青天の霹靂だったよ」

「まだ最近ね。とりあえずそこに行けば、何か掴めるかもしれないわ」


 最悪、その近所で聞き込みをすれば行方ぐらいはわかるだろう。面倒だから極力避けたいけど、手っ取り早くするにはそれしかない。


「一羽ちゃん、全員まとめてその豆腐屋まで飛ばせる?」

「そちらの猫さんの身体を借りられれば、すぐにでも」


 小動物を前ににやけてばかりのアイヴィーとは違って、一羽ちゃんは本当に頼りになる。


「ふむ。身体を貸すとは気味が悪いな」


 移動時間を短縮できるというのに、急ぎの猫は渋った。


「一瞬で済みますので」


 一羽ちゃんは奥ゆかしい笑顔で猫を諭す。

 おぼろげにしか見えないと言っていたけど、猫はその柔らかな表情か声音かにほだされたようだ。


「仕方ない。心して借りるのだぞ?」

「ありがとうございます」


 一人と一匹のやりとりを見てふと気付いた。この猫、シャーロットに似ている。見た目じゃなくて性格が。丁寧ながら高慢な雰囲気がそっくりだ。


「では」


 一人で納得しながら、一羽ちゃんが猫に憑依するのを見守る。


「羨ましい……」


 横でアイヴィーがそんなことを呟いた。


「あんたはチビ助にでも憑いたらいいんじゃない」


 なんて適当に言うと、間に受けたアイヴィーはそれだと言わんばかりに目を輝かせた。もう好きにしてくれ。

 そんな下らないやり取りを終える頃には一羽ちゃんが出てきた。


「ありがとうございました」

「うむ。なかなか面白い感覚だった。また好きに借りるといい」


 猫は首を鳴らすような仕草をした。言い方がいちいち鼻につくけど、気にしていたらキリがない。


「では、よろしいですか?」

「うん。お願い」


 一羽ちゃんが頷くのを見届けたかどうか。

 気が付いた時には、目の前の景色が変わっていた。

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