新たな依頼
リビングで待つシャーロットの元へ向かうと、もう一人の来客に気付いた。
和装の女性はちびっ子の傍に控えて、恭しく頭を下げる。
「お邪魔しております」
「あら、一羽ちゃんいらっしゃい」
身に纏う衣服こそ対照的だけど、一羽ちゃんはちびっ子のパートナーだ。関係性は私とアイヴィーのそれに同じ。
アイヴィーとは違って器量の良い子だ。
「遅いですわよ。あなたの紅茶、冷めてしまいましたわ」
テーブルにはアイヴィーが用意したと思われるティーセットがある。シャーロットは先に飲み干してしまったようで、ポットの中には私の分だけが残っているようだ。
冷めてしまったという言葉は私への気遣いではなく、せっかくのお茶を台無しにしてしまうことへの批難と考えて間違いない。
「いいの。猫舌だから」
「最高の状態でお茶を楽しめないだなんて、可哀想な舌ですこと」
「楽しみ方なんて私の勝手でしょ」
さっそくの小言をやり過ごして、シャーロットの対面に腰を下ろす。その間に紅茶を注いでくれたのは、テーブル脇で突っ立っているアイヴィーではなく一羽ちゃんだった。
「気が効くわね。ありがと」
「とんでもございません」
できた子だ、と感心しつつ、こんなちびっ子のパートナーでいるのを不憫に思う。
うちの不出来なパートナーは一羽ちゃんに会釈だけして、私の横に立った。
「で? 今日はいったい何の用なの?」
「まあまあ。そんなに焦るものではありませんわ」
「遅いっつったのあんたでしょ」
「失礼、死神さん。もう一杯お茶が欲しいのですけれど……」
「は、はい! すぐに用意します!」
「あんたは人の話を聞け」
お代わりを催促され、アイヴィーが慌てて台所へ向かう。
ちびっ子に呆れつつ、私は食器を割らないようにと釘を刺しておいた。
「あら。何か壊しましたの?」
「まあね。昨日のことなんだけど、あの子がソーサーを一枚割っちゃって」
それを聞き終わるか終わらないか。シャーロットは無言で指を鳴らした。
すると一羽ちゃんが一瞬で姿を消し、ポカンとしている間に再び姿を現した。さっきは持っていなかった、小さな白い箱を抱えて。
それを受け取ったシャーロットは、テーブルに乗せて私の方によこす。
「代わりにお使いなさい」
「え?」
受け取って箱を開けてみると、ソーサー付きのティーカップが入っていた。新品で、見るからに高そうだ。
「やけに気前がいいわね」
「お茶を楽しむのに必要なものですから」
嘘を言っているようには見えない。貸しを作ろうという魂胆ではなさそうだ。
「ありがと。大事にするわ」
「当然です。あなたのような貧乏人では、一年働いても買えない代物ですのよ」
絶句し、箱を持つ手が震える。値段なんて想像したくない。想像したら、この箱から出すこともできなさそうだ。
扱うのは殆どアイヴィーだけど、あの子に触れさせるのも怖い。
「形あるものはいつか壊れますわ。値段など気にせずお使いなさい。壊れたらまた新しいものを用意します」
「あんた……何か企んでない?」
「企むだなんて人聞きの悪い。ワタクシの代わりに依頼を受けていただくのですから、相応のことをしたまでですわ」
にっこりと微笑んで、シャーロットが当然のように言う。
「ちょ、依頼を受けるなんて一言も」
「お金に困っているのでしょう?」
「……」
一応は抵抗をしてみたものの、敢無く看破されてしまった。
お金のことをつつかれると弱い。しかも相手がボンボンと来れば、なおさらだった。
「はぁ……んで、何なの依頼って」
私が早々に折れると、「わかればよろしい」とでも言いたげな顔を見せる。それから振り向きもせずに一羽ちゃんから何かを受け取り、差し出してきた。
「猫?」
肖像画のように凛と佇む、猫の写真だった。琥珀色の瞳と灰色の毛並みが良いコントラストになっている。綺麗な子。
しかしこの時点でもう、嫌な予感しかしなかった。
「アイリッシュというそうですわ」
「……それで?」
「探し出してくださいます?」
奇しくも予感は的中した。そもそもこのちびっ子がウチに来た時点でお察しだったんだ。いまさら嘆くことでもない。
とはいえ、昨日懲りたばかりの捜索系で来るとは。
「あんたが一羽ちゃんと探した方が早くない?」
「ワタクシ、この後すぐに日本を発ちますの。明後日には帰るのですけど、依頼主さんの方がお急ぎみたいで」
「それはまた突然ね」
とは言ったものの、シャーロットがあちこちを飛び回るのは珍しいことでもなかった。有り余る程のお金があるのに、このちびっ子はいったい何にそんな汗を流しているんだろう。
「とにかく、受けてくださいますわね? 一羽の手も貸して差し上げますから、依頼主さんの要望に早く答えて頂きたいところですわ」
「あら。それは助かるけど……あんたは一緒にいなくて大丈夫なの?」
「海外に行くのはコチラの仕事と無関係ですもの。それに、別の者も侍らせますわ。要らぬ心配というものです」
侍らせるのが人間なのかどうかが気になるところだけど、そこは帰ってから聞くとしよう。
それよりも、今のうちにチビ助の引き取りをお願いしないと。
「ねえ、一つ」
「失礼、もう時間ですわ」
時計を見て私の言葉を見事に遮ったシャーロットは、立ち上がり一羽ちゃんに合図をする。
待ってと声をかける間もなく、気付けば私たちはシャーロット邸の門前にいて、ちびっ子の姿は消えていた。
「ああ、もう!」
タイミングが良いというか悪いというか。どうしてこうも、私をいらつかせるのが得意なんだ。
「やあ、君が貧乏娘か」
地団太を踏みかけたところで、誰かの声がした。どうせ私のことだろうと、嫌々ながら声の方を振り向くものの誰もいない。
いたのはアスファルトにちょこんと座る、綺麗な毛並みの三毛猫だけ。
「よろしく頼むよ」
尻尾を一振りして、猫は確かにそう言った。