003
「知ってるよ、そんなこと」
突然の新発見に、未だ興奮冷めやらない幸崎少年は、田舎でなければ完全に事故を起こすであろう速さで自転車を漕ぎ、走ってる最中に自転車が分解してしまうのではないかと思えてしまうほどの勢いでダイナミックに村中を駆け回った。
その末にたどり着いた同級生の自宅で、俺が汗だらだらで息も切れ切れに世紀の大発見を告げると、その同級生は知っている──と、そんな風に応くえたのだった。
知っている─?そんなこと──?
あたかも当然のように口にするその同級生を、俺は呼吸を整えながら凝視する。俺を馬鹿にしている様子がないか、確かめるためだ。
じーっと、よく凝視する。
艶のある綺麗なセミロングの茶髪。整った目鼻立ち。小さな顔のパーツひとつひとつがしっかりとしていて、鮮やかなブラウンの瞳は吸い込まれそうな程に真っ直ぐ前を向いている。そして、メイクをしている訳ではないはずなのに、明るく見栄えのいい顔色。贔屓目なしに、可愛い──そう、俺の訪ねた同級生は男子ではなく、女子だった。榎木田 楓。中学校の頃に出逢い、以来こうして家を訪ねたりするほどの仲の女子だ。世間が羨む異性の可愛い幼なじみというやつだ。
と、まあ、こんな具合に榎木田の紹介はとりあえずこの辺にしておいて、詳しい出逢いや日常生活については後日ということで──ともあれ。
同性ではなく、異性。
女子高生の部屋に、二人きり。
そこまで思い至ってようやく俺は自分がどれだけ異様な行動に出てるかに気付いた。
突然汗だくで女子の部屋を訪ね、訳の分からないことを興奮気味に話し、ハァハァと息を切らしながら顔を凝視する。
どんな高レベルの変態だ。お巡りさんに連れていかれてもおかしくない。同級生だからという理由は、この際何の効力も発揮しないであろうことは明らかだった。
しかし榎木田はそんなクレイジーボーイを通報することなく、その代わり心底蔑んだ目で俺を見やり、
「なに?ちょっと、怖いっていうか、気持ち悪いよ?」
などと、一見罵声ともとれる言葉を穏やかなトーンで俺に浴びせた。
意外とショックではなかったことに、俺自身の変態としての素質を改めて見抜けた瞬間だった。
いや、そんな新発見は置いておいて、問題はこっちの新発見の話だ。
「気持ち悪いってのは、置いておいて・・・」
「置いといておけるレベルの気持ち悪さじゃないんだけどな・・・とりあえず汗ふきなよ」
本題に入る前の礼儀というか準備というか、俺はそうすることを促され、やっと汗を拭う。
滝のような汗を止めるにはだいぶ時間がかかったが、榎木田がタオルを貸してくれたので何とか乾かす事が出来た。いい匂いのタオルだったことは、特別語るまでもないだろう。
「それで、何だっけ、この村が地図から完全に消え去っているって話だったっけ?」
榎木田のほうから本題に入ってくれたので、すんなりと話を進めることが出来そうだった。
「そうそう、なんでお前、その話知ってたんだよ?」
あたかも当然のように、知っていると、そう確かに言っていた。まるで俺だけが知らなかったことのように──。だとしたら俺は相当の道化である。陽菜のあの態度も肯ける。つまり陽菜のあの素っ気ない「うっさい、少し黙っててお兄ちゃん」という言葉には「──何今更分かりきった事言ってんだよコイツ。頭悪いにも程があるだろ汚兄ちゃん。馬鹿は気安く喋るなよ。黙ってろ──」という意味が含まれていたのだろう。
あくまでも推測──この物怪村消滅事件が本当に俺だけが知らない、当たり前の事だったのならば。
しかしやはりそんなことはないらしく、榎木田は
「大丈夫だよ、そのへんは。私が頭いい物知り博士なだけで、気づいてる人なんて殆どいないよ。陽菜ちゃんだって、きっと気付いてない。まあ、頭悪いにも程があるだろ汚兄ちゃん。馬鹿は気安く喋るなよ。黙ってろ屑──ってくらいは思っていてもおかしくなさそうだけど」
──と言った。
「そこはおかしくねえのかよ」
そこが一番傷つくとこなのだけれど。てか寧ろ余計なのが加わって更に一段階酷くなっているじゃないか。屑て。いくら変態かもしれない俺でも、流石に実の妹にそこまで言われたら傷つくだろう。それに、ここで変態を否定できないのが何より悲しかったのもまた、俺を傷つける要因となった。
──と、それはそれ、これはこれとして、ちょっと毒舌が過ぎるぞ、今日の榎木田は。まるで俺をいじめるのを楽しんでいるように、だいぶ序盤からアクセル全開のような、そんな気がした。病んでるのかな、こいつ。