002
物怪村──俺が幼少期から暮らしている小さな村だ。
珍しい名前なんてものじゃない。誰かが悪ふざけで付けたような名前である。最近よく耳にするキラキラネームと同じ匂いがするくらいだ。
しかしこの村はそんな最近の流行に乗って物怪を名乗り始めたわけでは全くなく──むしろ逆なのだ。
この村は、俺が生まれる遥か前から、物怪村として、ここに在り続けた。それこそ、歴史は時代をいくつか跨ぐほどに長いらしい。
俺もその話を人伝で少々耳にした程度なので、詳しい話や真偽のほどまでは把握しきれないのだが、史実的にはそういうことらしい。
流石に何百年も生きている、それこそ物怪というか化物じみている人間──それを人間と言っていいのか分からないが──なんて、存在しないのだから、この際は噂こそが真であるのだ。
史実こそが真実──なんて、上手いことを言おうとも思わないが。
ともあれ、この村はそれほどまでに歴史があるしっかりとした村なのだ。
誰がなんと言おうとここは物怪村で、俺も、この村に住む全ての人も、皆が皆一様にこの村を物怪村と呼ぶのだが、しかし村外からみたらそうではなかった。
この村は──地図から完全に抹消されていた。
GPSを使っても表示されない、まるで世間から疎外されたようなその事実に気付いたのはつい最近だった。
物怪村には小学校と中学校が一つずつしかなく、高校がないので、必然的に村外の学校へ通っているのだが、まず村外の生徒は物怪村という村の存在を知っていなかった。
それだけでなく、皆一様に物怪村のことを全く違う名前で呼ぶのだ。
福来村──と。
物怪と、福来。
まるで鬼は外 福は内のような、真逆な呼び方だ。
しかしそれはそれほど気にならなかった。問題はそこではなかった。
問題は、俺がこの村を調べてしまったために生じてしまった。
最近になって通学に自転車を使い始めた俺は、お気に入りのクロスバイクを趣味にも活かそうと、ふと自宅周辺地図を調べてしまったのだ。
GPSをONにして──。
まだ、名前が福来村になっているのであれば、俺の知らぬ間に名前が変わったのかと思う事も出来るのだが、しかしそうではなく。
無かったのである。
俺の住む家──住む村、それらすべてがある筈の空間に、ポッカリと穴が空いているだけで、物怪村どころか、福来村すらも存在しなかった。
これには衝撃を受けた。まるで、夢でも見ているかのようだった。
すぐにいてもたってもいられなくなった俺は、同じ家に住む家族──妹の陽菜にやや興奮気味で伝えたのだが、
「うっさい、少し黙っててお兄ちゃん」
と言って相手にされなかった。
お兄ちゃんは悲しい。
と、いう私事は置いておいても、それは衝撃的で、気付いてしまえば途端に気になり始めるというのが人間の性というものであった。
気になりすぎて、手につかない。
近所の人は物怪村と言い、学校の生徒や村外の人たちは福来村と言い、地図は空間を示すこの不安定な村。検索しようと何もヒットしない、忘れ去られた村。
妹に相手にされなかった悲しいお兄ちゃんの俺は、とりあえず当初の予定通り自慢の真っ白なクロスバイクに跨り、サイクリングに出かけたのだった。
地図を使えなかったので、特に決まったコースなどはなかったけれど、しかししっかりとした目的地は定まっていた。
目的地は──なんてことはない、ただの同級生の家である。