14 シズカと食堂へ
入学時より人が減ったとはいえ、今でも食堂には多くの生徒がやってくる。
のんびりしすぎて教室を出るのが遅れるとまとまった座席を確保するのが困難になるくらいには、食堂の席は生徒で埋まっていた。
もっとも、二人分の席ならばさほど苦もなく見つけることができる。
食堂にやってきたヨウとシズカは、それほど急ぎもせずに料理の注文に行くと、目当ての料理が乗った盆を手に窓側の座席を押さえた。二人向かい合って席に着く。
目の前の料理に、シズカが期待のこもった声を上げた。
「マサムラ君のおすすめ、本当においしそうだね」
「うん、僕結構好きなんだ。ミナトさんの口に合えばいいんだけど」
「大丈夫、私好き嫌い少ないから!」
二人の盆の上の皿には、香ばしく焼き上げられた豚の生姜焼きが盛られていた。たれの甘辛い香りが鼻腔をくすぐり、へその上あたりを刺激する。つけ合わせにはたっぷりのキャベツも盛られ、生姜焼きにいかにも合いそうな白いご飯が湯気を立てていた。
「それじゃ、食べよっか」
「うん! いただきます!」
元気に挨拶すると、シズカは迷いのない箸さばきで肉を取る。それを軽くたたんでご飯の上に乗せ、一口大のご飯と共に口の中へと入れる。
「うん、おいしい!」
もぐもぐごっくんと飲みこむと、シズカが満面の笑顔になる。そのおいしそうな表情に、ヨウもたまらず肉を取ると、ご飯をくるむようにして口へと放りこんだ。
期待通りの味に舌鼓を打ちながら、ヨウが微笑む。
「よかった、喜んでもらえたようで」
「こんなおいしいもの、喜ばないわけないよ」
そう言いながら、箸が止まらないといった様子でシズカがぱくぱくと料理に手をつけていく。小さな子供が大好物に夢中になっているような食べっぷりが微笑ましい。
「あ!」
ふと箸を止めたシズカが、ヨウの視線に気づき少し頬を染めた。
「ご、ごめんなさい。おいしかったものだから、つい……。はしたないよね?」
「そんなことはないよ。食べものをおいしそうに食べる人っていいと思うけど」
「そ、そうかな?」
照れたように笑うシズカに、ヨウも笑みを返す。そして彼女に触発されたかのように、ヨウも食事を口の中へと運んでいく。
二人の盆の上の料理はみるみる減っていき、残すはあとわずかというところで箸の動きが止まった。
手元の水を口にして一息つくシズカに、ヨウは声をかけた。
「ミナトさん、今日はお昼に誘ってくれてありがとう」
「えっと、そんな……どういたしまして、かな?」
何と返したものかと迷った様子のシズカが、そう言いながら軽く首をかしげてみせる。
「マサムラ君、いつも生徒会の友達と一緒だから、ちょっと誘うのがはばかられたけど。来てもらえてよかった」
「そうだったんだ。遠慮しなくてもいいんだよ?」
「うん、でも、フーバー君やシキシマさんだけじゃなく、シキシマさんと一緒にいるかわいい子や、たまに役員のイワサキ君もいたりして、どうしても遠慮しちゃうんだよね」
「そっか。それじゃまずフィルやチアキと仲よくなってもらえるように、僕も雰囲気作りがんばるね」
「そ、そんな……ううん、ありがとうマサムラ君!」
一瞬申し訳なさそうな顔をしたシズカは、首を横にぶんぶんと振ると感謝の言葉を口にした。喜んでもらえたようで、ヨウの目尻も自然と下がる。
「あ、でもよく知ってるね、僕がみんなとお昼よく食べること。スミレさんやカナメ君のことも知ってるんだ」
何気なく聞いたヨウの言葉に、コップを手にしていたシズカが危うくそれをひっくり返しそうになる。やや乱暴にコップをテーブルの上に置くと、シズカはどこか弁解するような調子で早口にまくし立てた。
「そ、それはその! 私もたまに食堂に来たりしてるし! マサムラ君たちって目立つし、たまたま印象に残ったんだよ! たまたま!」
「そ、そう? 僕たちそんなに目立ってるのかな……?」
「そ、そうそう! 目立ってるよ! だって、生徒会の役員なんだし!」
こくこくとうなずくシズカの勢いに飲まれ、ヨウもそうなのかと納得しようとする。確かに、ノリコなどは廊下を歩くだけで周囲の視線を集めるくらいだ。言われてみればそういうものなのかもしれない。
「生徒会と言えば、マサムラ君」
「うん? 何かな?」
「マサムラ君って、会長と幼なじみなんだよね?」
「ああ、うん、そうだよ。ノリ……ミナヅキ会長とは同じ村の生まれだったんだ」
生徒会に入って以来、ヨウは対外的にはノリコを役職で呼ぶようにしていた。入学当初は気にしていなかったが、組織に入りヨウ自身も周囲の目にさらされるようになったことで、自然と意識せざるを得なくなったのだ。
そんなヨウに、シズカは幾分憧れが混じったようなまなざしを向ける。
「マサムラ君って凄いよね。あの会長と幼なじみで、しかも会長補佐にまでなって。クラスメイトなのに、遠い人みたい」
「そんなことないよ。僕はまだ覚えなきゃいけないことが山ほどあるし」
だが、シズカはゆっくりと首を横に振った。
「でも、やっぱり凄いよ。マサムラ君のこと、見た目は年下の子みたいにかわいいなんて言う子もいるけど、こうして一緒にいると、ああ、年上の男の人なんだなあって。何て言うのかな、落ち着きというか、安心感みたいなのがあるなって」
「そうかな? 僕、よく考え方も幼いって言われたりするけど」
「うん、何て言うか、もっと深いところでお兄さんだなって感じる」
「そうなのかな……。でも、そう言ってもらえると嬉しいな。ありがとう」
ヨウが笑うと、シズカは少し赤くなって、また食事を口に運び始めた。
自分が大人だなどとはヨウは考えたこともなかった。むしろフィルやチアキからは子供扱いされっぱなしな気がする。だが、考えてみればノリコは自分のことを兄のように思っている節があるし、そう考えればシズカの言うこともあながち間違ってはいないような気がした。
残りの料理を胃袋に収め、二人でごちそうさま、と挨拶をする。
コップの水をあおって少し食堂の中を見回していると、シズカが声をかけてきた。
「そう言えばマサムラ君、今月は学級対抗戦だね」
「うん、もうそろそろだよね」
この時期、学院では毎年学年別の学級対抗戦が行われていた。クラスごとに活動する機会がほとんどない学院にあって、クラスの皆が一致団結するほぼ唯一と言っていいイベントである。生徒からの人気も高い、秋の一大行事であった。
「もしかして、何に参加するかもう決めた? 対抗戦以外にも、応援合戦とか、クイズ大会もあるんだよね。ミナトさんなら成績もいいし、何に出ても活躍できそうだね」
「そ、そんなことないよ! でも、何に出ようかな……。マサムラ君は?」
シズカの問いに、ヨウは苦笑気味に答えた。
「僕は多分、対抗戦かな。ほら、チアキは間違いなく出そうだからさ。僕も引っ張られるかもしれない」
僕も生徒会の仲間と戦ってみたいしね、とつけ加えるヨウに、シズカはやや前のめり気味にうなずいた。
「そうだよね、マサムラ君は対抗戦だよね! 戦闘センスも抜群だし!」
興奮した様子で言うと、右手の拳をあごに当て、何やら考えこむ。
「そうか……対抗戦……。やっぱり私も……」
「どうしたの? ミナトさん」
「え!? ううん、何でもない!」
慌てて首を振ると、シズカは水を一杯ぐわっとあおり、ふうっと息をつくとヨウに尋ねた。
「マサムラ君、まだ時間は大丈夫かな? もしよければ、もう少しお話したいんだけど」
「うん、大丈夫だよ。僕もミナトさんのこと聞きたいし」
「ほ、本当!? ありがとう! そうだ、お水もらってくるね!」
「ありがとう、お願いするよ」
ヨウと自分のコップを手に取ると、シズカは立ち上がって水をもらいにカウンターへと向かった。その足取りが弾むように軽やかだ。
新しい友達が増えたことを喜びながら、今度こそ上手にお話しようと、ヨウはシズカが食いついてくれそうな話題をあれこれと必死に考え始めた。




