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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第三部
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13 講義を一緒に



 午前最初の講義が終わり、次の教室へと移動する生徒たちでごった返す廊下。

 今週はどの講義もガイダンスとあって、生徒たちも情報収集に余念がない。廊下のあちこちで、生徒が集まってはどの講義を選ぶか相談し合う姿が目に映る。

 工作の授業を終えたヨウは、一緒に授業を受けていたフィルと別れて、こみ合う廊下を一人歩いていた。

 どの講義を取るか、という悩みは、ヨウとは無縁のものであった。何せ精霊術関連は初級、それ以外は上級、と決まっているのだ。ただ、生徒会でフィルとマナブが例の『逆評定』を片手にあれこれと語り合っているのを見ると、ちょっぴりさみしい気もする。

 これからヨウが受講しようとしている講義は精霊術がらみではあったが、初級ではなかった。精霊術関連の科目の中でも、ヨウが例外的に得意な科目、精霊術の制御である。

 背が高めの男子生徒たちに交じって、教室の後ろ側から中へ入る。

 上級の講義だけあって生徒は少ないかとも思ったが、すでに意外と多くの生徒が前の方の席に陣取っていた。と言っても、二十人ほどしかいないのであるが。上級を受講するような生徒たちだから、講義への意欲も旺盛なのだろうか。

 その中に、ヨウも見知った人物の後姿を見つけた。どこか落ち着かない様子で、そわそわと教室の前側の入り口を見つめている。

 ヨウは後ろから近づくと、その背中に声をかけた。

「こんにちは、ミナトさん」

「きゃっ!? マ、マサムラ君!?」

「ひゃっ!?」

 叫び声を上げ、ぎゅんとこちらを振り返るシズカ・ミナトに、ヨウも思わず声を上げて驚いた。

「ご、ごめん、驚かせちゃった?」

「ご、ごめんなさい、こっちこそ! てっきり前から来ると思ってたから、つい……」

 顔を真っ赤にしながら、シズガが勢いよく頭を下げる。よほどびっくりしたのか、ほどよく膨らんだ胸の真ん中あたりを右手で押さえている。

 それから、慌てて手荷物をヨウと反対側へずらした。

「よ、よければお隣、どうぞ!」

「あ、うん、ありがとう」

 笑顔でうなずくと、シズカが耳まで赤くなる。

 隣に座ると、ヨウはかばんから勉強道具を取り出した。

 そのまましばらく、二人とも無言で机の上を見つめる。

 シズカはうつむいたまま、じっと自分のノートを見つめ続けている。この前フィルがいた時は会話が弾んだのだが、自分と二人きりでは話しにくいのだろうか。

 僕はフィルみたいにおもしろい話ができないから……。少し申し訳なく思いながら、せっかく一緒に講義を受けてくれるのだからと、ヨウは何か話題はないか必死に考えをめぐらせる。

 この間シズカに精霊術の勉強を教えたことを思い出し、ヨウは思い切って声をかけた。

「そう言えば、この前やってた術式回路の問題、あの後うまく解けた?」

「えっ!? う、うん! マサムラ君のおかげで、コツがつかめたみたい! ありがとうね!」

「よかった、お役に立てたようで」

「うん、すっごく助かった!」

 力強くシズカがうなずく。

 それからさらに何かを言おうとして、言葉が出てこなかったのかシズカが口を閉じる。話のとっかかりが見つからないのか、そのまま黙りこんでしまった。

 ヨウも何かを話そうと思うのだが、いかんせん共通の話題をなかなか見つけられない。それ以上に、女の子に対してどのような話題を振ればいいのかがわからない。ノリコやチアキが周りにいるから気づかなかったが、自分は女子との会話が苦手なのだろうか。

 ふと前を見れば、楽しそうに談笑する男女の姿もちらほらと見かける。彼らと比べれば、気のきいたことの一つも言えない自分が不甲斐なく感じられてくる。

 ずっと黙りっぱなしのシズカに、ヨウは何だかとても申し訳なく思えてきて思わず頭を下げた。

「あの……ごめんね、ミナトさん。何だか気をつかわせちゃったみたいで」

「えっ!?」

 驚いた様子で、シズカがびくんと顔を上げた。

「ど、どうしたのマサムラ君!?」

「ミナトさん、いつもは友達と明るくおしゃべりしてるから。変に気をつかわせちゃってるのかと思って。僕がもっと上手に話ができればいいんだけど」

「そ、そんなことないよ! 私こそ、いつものようにしゃべれなくてごめんなさい!」

 慌てて頭を下げると、シズカがあたふたとしゃべり始めた。

「私、マサムラ君に聞きたいことや話したいことがいっぱいあって、さっきまでずっと何を話そうか考えてたんだけど、それが全部吹っ飛んじゃって……。気をつかってるとか、そんなのは全然ないから! 私こそ変な態度でごめんなさい!」

「そ、そうだったんだ。変なこと言ってごめん」

 互いに頭を下げ合い、それから上目遣いに見つめ合う。

 そのうち、どちらからともなく小さな忍び笑いを漏らし始めた。その声は次第に大きくなり、お互い顔を上げると大きく口を開いて腹を抱えた。

「何だか僕、ひどい勘違いをしてたみたい。変なこと言ってごめんね」

「ううん、私こそ。どうして普通にお話できなかったのかなあ。あ、やだ、私何こんなに大笑いしてるんだろ」

 慌てて両手で口を塞ぐシズカに、ヨウも笑いをこらえながら言う。

「いいと思うよ、元気があって。ミナトさんらしいんじゃないかな」

「やだ、私ってそんなイメージ? 恥ずかしい……」

 赤面してうつむいたシズカは、だがすぐに顔を上げてヨウに声をかけた。

「そうだ! マサムラ君、今度の――」

 と、その時前方の扉から、講義を担当する中年の教官が教室へと入ってきた。

 シズカが残念そうにつぶやく。

「あ、もう授業だね」

「そうだね、続きはまた後で。がんばろうね」

「うん!」

 笑顔でうなずくと、シズカはよーし、と腕を少しまくって教卓の方へと視線を動かした。お互いの緊張が解けたことに頬をゆるめながら、ヨウも教室の正面へと意識を向けた。





 講義が終わり、教室がざわつき出す。

 昼食を取ろうと席を立つ生徒たちを見て、今日のお昼をどうしようかという考えがヨウの頭を一瞬よぎる。

 それから、隣のシズカに微笑んだ。

「授業お疲れさま。上級はやっぱり大変そうだね」

「うん、私にはちょっと難しいかも……。でも、がんばる!」

「その意気だよ、ミナトさん。僕に教えられるところがあればまた教えるね」

「ありがとう! それじゃ、お言葉に甘えて頼りにさせてもらうね!」

 そう笑うシズカは、いつも教室で友達といる時の彼女と変わらないようであった。多分、自分もフィルやチアキと一緒にいる時のように話せている、と思う。

「さてと、お昼だね。ミナトさんは教室で友達と食べるのかな?」

「うん、あの、えとね、その……」

 ヨウの問いに、なぜかもじもじとしながらうつむいていたシズカだったが、意を決したように顔を上げると、唇をきゅっと引き締めてヨウの顔を見つめた。

「マ、マサムラ君、もしよかったら、一緒にお、お昼を、その、食べない?」

「え?」

 少し前のめり気味に言うシズカの迫力に、少々気圧されるものを感じたヨウだったが、すぐに笑顔で答えた。

「もちろん、喜んで。ありがとう、誘ってくれて」

「ほ、ほら、さっき話せなかったこともあるし、お食事しながらなら少し落ち着いて話せるかなって……え? 本当に? あ、ありがとう!」

 何か言い訳でもするようにつぶやいていたシズカが、我に返ったかのように大声でお礼を言う。おもしろい子だな、と思いながら、ヨウは笑顔を返した。

「僕、いつも食堂で食べてるんだけど、ミナトさんは購買の方がいい? 合わせるよ」

「そ、それじゃ今日は食堂に行ってみようかな……。マサムラ君は食堂、詳しい?」

「うーん、多分詳しいと思うよ」

「そうなんだ! じゃあ今日は、マサムラ君におすすめとか教えてもらおうかな……」

「うん、いいよ。それなら今度は僕にも購買のおすすめ教えてね?」

「うん、わかった! 今度一緒に購買行こうね!」

 声を弾ませながら、シズカが勉強道具をかばんへとしまう。

 ヨウも手早く荷物を片づけると、二人並んで食堂へと向かって歩き出した。




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