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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第三部
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11 後期課程開始


 十月に入り、学院の講義も後期課程に突入した。

 今日の午後最初の講義は精霊力錬成初級を選択しようと、ヨウはフィルと一緒に教室へと向かう。

 後期課程が始まったばかりとあって、学院にもそわそわとした空気が流れている。皆シラバスを片手に、どの講義のガイダンスへ行こうかとあちらこちらで作戦会議が開かれていた。

 込み合う廊下を歩いていると、フィルが何かを思い出したように聞いてきた。

「そういやヨウ、お前知ってるか?」

「うん? 何を?」

「何でも、この時期になると学院生活研究会が逆評定ってのを出すらしいぜ?」

「逆評定?」

 首をかしげるヨウに、フィルがニヤリと笑う。

「そう。何でも生徒がどの講義は単位を取りやすいとかを評価して、それをまとめた本らしいぜ。難易度別に分かれてる講義ならいいけど、内容で分かれてる講義は難易度が不明だからな。この教官は単位を取りやすい、とかもわかるらしいぜ」

「へえ、そんな本もあるんだね」

 不思議そうな顔で笑うヨウに、フィルが少し顔を歪めて毒づく。

「けっ、お前はいいよな。どんな難しい講義だろうと満点取っちまうんだからよ。オレみたいなのにとっては、どの講義を取るかは死活問題なんだよ」

「そ、そんなこと言われても」

 困ったヨウが背中を少し丸めると、フィルが笑いながらヨウの頭をがしがしと乱暴に撫でる。

「冗談だよ冗談、部数が限られてるらしいから、売切れる前にオレ買ってくるわ」

 そう言うと、フィルはくるりと身体の向きを変えた。

「え? フィル、どこに行くの?」

「だから、売切れる前に買ってくるんだよ、逆評定。ヨウ、お前先に行っててくれ」

 そう言うと、フィルはすたすたと階段の方へと行ってしまう。学院生活研究会の部室に行くのだろう。その場に残されたヨウは、一人教室へと向かい廊下を歩いた。


 学院の講義には難易度別に分かれているものがあり、上から順に上級、中級、初級となっている。

 大抵の場合は中級を選択する生徒が最も多く、次いで初級、上級の順に生徒が集まる傾向にある。

 教室にやってきたヨウは、知り合いがいないかぐるりと周囲を見回してみた。もっとも、生徒会のメンバーは優秀な生徒が多いので、この講義で顔を合わせる可能性は低いかもしれないが。

 スミレさんも精霊力は結構あるしなあ、などと思いながらきょろきょろしていると、周りの声が聞こえてくる。

「おい、あいつマサムラじゃないか?」

「何であいつがこの講義にいるんだよ。全部上級受けるんじゃないのか?」

「噂だと、あいつ精霊力自体は相当低いらしいぜ?」

「へえ、そうなんだ。得手不得手ってあるんだね」

 何やら注目を集めているらしいことに気づき、少しうつむき気味に壁際へ行こうとすると、夏の空のように元気な、だが少し遠慮気味な声がヨウにかけられた。

「マ、マサムラ君! こんにちは!」

「あ、ミナトさん」

 やや緊張した顔で声をかけてきたのは、クラスメイトのシズカ・ミナトだった。ショートカットに少し日焼けした肌が、いかにも快活な印象を与えてくる。

「そうか、ミナトさんはこの講義受けるって言ってたね」

「うん、とりあえずガイダンスは聞いてみようと思って」

 少しうつむき加減に上目遣いでヨウを見つめてくる。あたりを見回しながら、ヨウはシズカに尋ねた。

「いつもの友達はいないんだね」

「う、うん、みんなは中級の方に行ったんだ」

「ミナトさんも中級の方が合ってそうだけどね。初級だと少しもの足りないんじゃないかな?」

「そ、そんなことはないよ! この機会に、基本を一から見直そうと思ってるんだ!」

 幾分慌て気味に、シズカが弁解するかのような調子で両手を振る。

「そうなんだ。ミナトさんって偉いんだね。僕も見習わなきゃ」

「そ、そんなことないよ、マサムラ君の方こそ……」

 伏し目がちにそんなことをつぶやくと、そのまま黙りこんでしまう。

 ヨウも何を話そうかしばし考えていると、突然シズカがばっと顔を上げた。ちょっとびっくりするヨウに、シズカが勢いよく話しかける。

「そうだ! マサムラ君、精霊力制御系の講義は上級を受けるんだよね?」

「うん、そのつもりだよ」

「私も上級受けようと思うんだ! そういうの結構得意だから!」

「そうなんだ、じゃあ一緒だね。生徒会の友達はあまり受けないみたいだから嬉しいよ」

 精霊力重視のタイプであるカナメはともかく、チアキが上級を受けないのは少し意外だった。彼女いわく、他の科目がほとんど上級なので、苦手科目は中級で基礎からきっちり押さえていくのだそうだ。

 確かアキヒコ君は上級を受けるって聞いたことがあるけれど。そのことを思い出したヨウはしかし、アキヒコとはいまだになかなかうまく会話できずにいることを思い出す。そんな中でシズカのように気軽に話ができる友達がいることは、ヨウにはとても嬉しいことであった。

 そのシズカは、ヨウの言葉に少し顔を赤らめて目を伏せている。いつも明るい印象があるのだが、こう見えて実は意外と内気な子なのだろうか。

 何気ない調子で、ふと思ったことを口にする。

「こうして取ってる講義を見てみると、ミナトさんって意外に僕と似たタイプなのかもね」

「え!? わ、私が!? ううん、全然そんなことないよ!」

 弾かれたように顔を上げると、慌てて両手を顔の前で左右に振る。ひょっとして、彼女に失礼なことを言ってしまったか。うかつな発言を反省しながら、ヨウはすぐに詫びた。

「ご、ごめんね、失礼だったよね。ミナトさんは僕よりずっと精霊術の才能があるんだし。同じ講義を取ってるからって、つい調子に乗って変なこと言っちゃった。ごめんなさい」

「う、ううん、違うの! そうじゃなくって、マサムラ君みたいに凄い人と私が似てるなんて言われて驚いちゃったの!」

 わたわたとするシズカに、ヨウが不思議そうに首をかしげる。

「……凄い人? 僕が?」

「そうだよ! 成績も抜群だし、生徒会でも活躍してるし、その上会長補佐にまでなっちゃうし……」

 だんだん声が小さくなっていき、最後に一言、

「マサムラ君って、本当に凄い」

 上目遣いに言われ、ヨウは思わず顔が真っ赤になる。こ、これは何だろう、頭から背中にかけてが何だかじんわりと熱くなっていく。そんなことないよ、と言おうとしたが、なぜかのどが詰まって言葉が出ない。初めて味わう不思議な感覚に戸惑いながら、ヨウはただ黙ってシズカと見つめ合う。

 と、横からよく聞き知った声がかけられた。

「おやお二人さん、ずいぶんと仲が良さそうですな」

「きゃっ!?」

「ひっ!? フィ、フィル!?」

 金髪の親友の声に、ヨウは飛び上がらんばかりに驚いた。直後、そんなに驚いた自分自身に驚く。な、何をこんなに驚いているんだ僕は。別にやましいことなんて何もないのに。

 そんなヨウには構うことなく、フィルはシズカに声をかけた。

「よっ、シズカちゃん。オレもこの講義受けるんだ、よろしくな」

「う、うん! よろしくね、フーバー君!」

 フィルが姓で呼ばれるのをどこか新鮮に思いながら、沈黙が破られたことに密かに感謝する。あのままシズカと無言で見つめ合うのは、ヨウにはとても耐えがたかった。

 フィルは手にした本をヨウに示してにかりと笑う。

「手に入れたぜ、逆評定。意外と知らない奴も多いみたいだからな、まだ売り切れはしないっぽかったぜ」

 シズカが興味深そうに、ページを糸で縛りつけただけの安っぽい本を見つめる。

「フーバー君、その本は何?」

「ああ、これは逆評定っていってな……」

 どこか誇らしげに本を見せながら、フィルが先ほどヨウにしたのと同じような説明を始める。へえ、と感心しながらシズカがうなずく。

「じゃあ、フーバー君はこの本で講義を選ぶんだ?」

「おうよ。何せオレはこいつみたいに頭よくないからな。この本でしっかり調べさせてもらうぜ」

「そっか、じゃあその本手放せないね」

「おいおいシズカちゃん、そこはそんなことないよって言うところだろ?」

 肩をすくめるフィルに、ヨウとシズカが思わず笑い出す。緊張もほぐれたのか、そこからは三人会話が弾んだ。

 しばらくして、講義の担当教官が教室へと入ってきた。ヨウが頑張ろうね、と声をかけると、シズカも少し赤くなってうん、とうなずく。

 こうしてヨウは、新たな友達と共に次の講義に臨むことになった。




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