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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第三部
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10 新生徒会、始動


 信任選挙の翌日、朝の生徒総会にて新三役の就任が正式に報告された。

 新生徒会長として壇上で就任の挨拶を述べたノリコ・ミナヅキの姿は、この国を守護すると信じられている天上の女神を彷彿とさせるものがあった。艶やかな黒髪、強い意思をその奥に宿した瞳。ノリコの言葉を一言一句聞き逃すまいと講堂が静寂に包まれる中、彼女のふっくらとした桜色の唇から紡がれる言葉は、凛としながらも鈴の音のごとき軽やかさで講堂の端へと広がっていく。

 ノリコの演説が終わるや、生徒の間から初秋の雷雨のような拍手と歓声が湧き上がった。半ば悲鳴にも似た歓声に、ノリコはにっこりと微笑みながら壇上を後にした。


 あの、講堂の壇上にいたノリコ・ミナヅキという人物は、今いったいどこにいるのだろう。放課後になり、目の前で子供のようにうきうきそわそわしているノリコを見つめながら、ヨウはそんなことを思った。

 結局、就任挨拶の原稿では急激なイメチェンは避け、ごくごく普通の文面に収まった。といっても、ノリコの要望を無視するわけにもいかないので少し親しみやすい内容にはしたのであるが。

 だが、それだけのことでも効果が絶大だったのは、今朝の総会を見ればわかる。あの挨拶によってノリコが完璧な中にも少し茶目っ気もあるキャラクターとしてさらなる人気を獲得したことは、もはや疑いようもなかった。

 そのノリコは今、生徒会室で三役の交代式に臨んでいるところだった。新旧三役が、会長席の前で互いに向かい合っている。ただ、新副会長であるイヨ・タチカワの前には誰もおらず、そこだけぽっかりと穴が開いたようになっていた。

 生徒会のメンバーが見守る中、まずは会計のヒサシ・イトウが新会計のイッペイ・キノシタに声をかける。

「おめでとう、キノシタ君。会計は嫌われ者の側面もあってなかなかにつらい仕事だが、シキシマ君と一緒にがんばってくれ。もっとも、しばらくの間は私もサポートにつくがね」

「はい、これからもよろしくお願いします!」

 ヒサシからの言葉に、イッペイが声を張り上げて返事する。周囲からは暖かな拍手が送られた。

 昨日はずいぶんと得票率を気にしていたイッペイであったが、ふたを開けてみれば86.2%と、ごくごく平均的な得票率を記録していた。ちなみに八割を切らないか心配していたイヨは、89.6%とこちらも好成績を記録していた。

 そのイヨが、目の前にぽっかりと開いたままの空間にいささか困惑している。ノリコの前に立つタイキが、ノリコの肩を人差し指でとんとんと叩いた。

「ノリコ、君は先に副会長の交代をしないと」

「あ! そうですよね!」

 指摘されるまで本当に気づいていなかったのか、ノリコが慌ててイヨの前へと移動する。そのやり取りに、思わずメンバーから笑い声が漏れた。

「もー、誰にだって失敗や間違いはありますー!」

 語尾を強く伸ばす若者風の口調で抗議すると、またもや笑いが起こる。もう、とぷりぷりしながら、ノリコはイヨの前に立った。

「イヨちゃん、副会長就任おめでとう! これから一緒にがんばろうね!」

「ええ、こちらこそこれからもよろしくお願いするわ」

 お互いにこやかに微笑むと、やわらかに握手を交わす。再び周囲から拍手が送られた。思慮深いイヨが副会長として支えてくれれば、ノリコもきっと仕事を進めやすいだろう。

 イヨから手を離すと、ノリコがちらちらとタイキの方をうかがう。

「会長、あたしはいつ移動すればいいですか?」

「いつって、いつでもどうぞ」

「では、お言葉に甘えて」

 そんなコミカルなやり取りに、周りからくすくすと忍び笑いが漏れる。そんな中を、ノリコは少しかがみながらちょこちょこと移動する。

 彼女がタイキの前に立つと、前会長はにこやかに言った。

「ノリコ、会長就任おめでとう。これから君がどんな生徒会を作っていくのか、僕たち三年生は皆期待しています」

「ありがとうございます。先輩方に負けないよう、これからもがんばっていきたいと思ってます」

 そう言うと、タイキが差し出してきた手をがっしと握る。先ほどイヨの手を握った時の繊細さとは真逆の、何とも力強く男らしい握手であった。

 そして、周囲からは一際大きな拍手が送られる。何と言っても、この会長の交代には生徒会の、そして学院の未来がかかっているのだ。盛り上がらない方が不思議というものであった。

 ヨウにとっても、それは何とも感慨深い出来事であった。何と言っても、小さな頃から一緒だったあのノリコが、帝国の軍事力の源泉と謳われる帝国精霊術士学院の生徒会長に就任するのだ。ヨウのすぐ目の前、手を伸ばせば届く距離にいながら、その手が届かない遥か彼方へと行ってしまったような、そんな不思議な感覚に襲われる。

 ノリコたちに向かい一生懸命拍手をしながら、ヨウも部屋を渦巻く熱気に浮かされたかのようにフィルに話しかけた。

「何だか凄いね、こんなに盛り上がるなんて」

「ああ、総会の盛り上がりを思い出すよな」

「うんうん、あれは凄かったよね」

 今朝の講堂を思い出しながら、ヨウとフィルがくすりと笑う。

 その後ろから、ややとげとげしい声が二人にぶつけられる。

「そんなの当たり前でしょう? あのミナヅキ先輩が、ついに会長に就任されるのよ? これでもまだ足りないくらいだわ!」

 これでもかというくらいに手を叩きながら、チアキがヨウとフィルを睨みつけた。あんなに激しく手を叩いて、痛くはないのだろうか。

「来年はヨウ君があそこに立つんだよね」

 近くにいたカナメが笑う。そういうカナメも、来年は副会長としてあの場に立つはずだ。

「しかしフィル殿、次の生徒会は実に華やかになりそうですなあ」

「だよなマナブ、会長も副会長も美少女とか、生徒もそれだけでやる気出しそうだよな」

「何言ってるのよ、美少女だから頑張るんじゃなくて、ミナヅキ先輩が会長だからみんな頑張るんでしょうが!」

「うっせ! 誰もがお前と同じだと思うなよ!」

「男にしかわからない世界もあるのですぞ!」

「何ですってぇ!」

 チアキたちの間で始まった争いに苦笑しながら、ヨウは正面へと視線を戻す。


 新たな三役も決まり、これからは生徒会も新しく生まれ変わる。ヨウ自身も新たな役職に就いた。しばらくは大変だろうな、と思いながら、ヨウは心の中でそっともう一度、ノリコにおめでとうとつぶやいた。





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