5 ノリコの新入生時代
「はははは! それでお前、ノリコに引っぱっていかれたのか!」
「どうりで今日はさっきからノリコの機嫌が悪かったわけだぜ!」
ノリコの尋問から解放されたヨウを待っていたのは、マサトとカツヤの好奇の目と、容赦ない笑い声だった。何とかノリコの誤解を解いたと思ったらこれなのだから、気の休まる間もない。
「しかしお前はホントモテるな、ヨウ! うちのミチルにツバつけられただけじゃ飽き足らず、クラスの女子を一人占めか!」
「だから、そんなんじゃありませんって……」
「チアキやスミレとつき合ってるって噂されてたんだろ? 別に事実に変えちまってもいいんじゃないのか?」
「なりませんってば!」
思わずヨウが叫ぶと、二人が悪い悪いと謝ってくる。
まったくもう、と息をついていると、後ろから迷惑そうにチアキが近づいてきた。
「本当、困ったものだわ。副会長に誤解されたら、私いったいどうすればいいのよ」
「大丈夫だって、ノリコの誤解は解いたから」
「だといいのだけれど……」
じとりと睨んでくるチアキの視線に、ヨウはたははと愛想笑いで返す。
と、三年生の二人が感慨深げにノリコの方を見つめながらつぶやいた。
「それにしても、ノリコもいよいよ会長か……」
「あのノリコがなあ……」
その言葉に、チアキが不服そうに抗議する。
「お言葉ですが、副会長は会長に最もふさわしい方です。今の言われようだとまるでそうではないように聞こえますが」
「ああ、お前は知らないもんな、昔のノリコを」
「あいつが入ったばかりの頃は、正直生徒会はどうなっちまうのかと冷や冷やしたもんだぜ」
「そうなんですか?」
そう問いながらノリコの方を見れば、いつものように常人にはいささかついていくのが大変な、例の明るいノリでカナメやアキヒコにからんでいる。特にカナメなどはヨウ同様ノリコのペースに振り回されっぱなしのようにヨウには見えた。
マサトもノリコの方を見つめながら言う。
「本当さ。あいつ、初めは全然しゃべりもしなければ笑いもしなかったからな」
「スゴい気負ってるところがあったんだよな。そうだな、メチャクチャ無口で神経質なチアキ、って感じだったぜ」
「わ、私ですか?」
ノリコを自分に例えられたチアキが、嬉しそうに自分を指さして言う。今のは決して良い意味でのたとえではないとヨウは思うのだが。
「今でもここの外だと真面目モードになるだろ? あれなんかはその頃の名残って感じだよな」
「もっとも、あの頃は笑みの一つも見せなかったし、いつも張り詰めた空気をまとってたけどな。マジで怖かったぜ」
なるほど、とうなずいているヨウの隣では、チアキが何やら恍惚とした表情を浮かべていた。クールモードのノリコのイメージが、元々自分が持っていたノリコのイメージと重なったのかもしれない。
「ヨウ、ノリコってお前らが地元で一緒の頃はあんな無口女だったのか?」
「いえ、地元では、僕と一緒の時は今みたいな明るい感じでした。でも人見知りなので、知らない大人に会ったりするとほとんどしゃべりませんでしたね」
なるほどそう考えれば、入学したてのノリコがあまりしゃべらなかったことには納得できる。だが、先輩たちが話すかつてのノリコの姿には、それだけではない何かが感じられた。
「人を寄せつけないっていうか、自分は絶対に他人に負けちゃいけないって気迫があったんだよ。生徒会の選考試験の時なんか本気で怖かったよなあ、カツヤ?」
「ああ、先輩たちが気の毒なくらいだったぜ。面接じゃ逆に先輩の方が考えが足りないとか勉強不足だとか諭されて、スゲえヘコんでたしな」
「箱の試験はもっと悲惨だぜ。試験が始まるやいなやどかん、だからな。あれでケガしなかった先輩も、今思えば大したもんさ」
「へえ、さすがノリコですね」
「さっすがぁ、じゃねーよ! お前、他人事みたいに言ってんじゃねーよ!」
「ひっ、すいません!」
「まあまあ、ヨウにやられたからってそんなに怒るなよ、カツヤ」
箱の試験でヨウにこてんぱんにされたカツヤが、ヨウの首に左腕を回して右の拳で頭をぐりぐりとこする。もちろん本気で怒っているわけではない。
カツヤにつかまったまま、ヨウがマサトを見上げて言う。
「でも、今のノリコからじゃ想像もつきませんね、そんな姿」
「だろ? 表の顔とも裏の顔ともぜんぜん違うからな。あ、もちろん今あそこにいるのが裏の顔な?」
「裏の顔って……」
ヨウが苦笑いすると、チアキが目をきらきらさせながらつぶやく。
「でも、他人を寄せつけないオーラを放っている副会長も、素敵です……」
「……こりゃ、重症だな……」
三年生が互いの顔を見合わせる。それにはヨウも同意見だ。
ヨウから腕をはずしたカツヤが、ポツリとつぶやいた。
「ノリコが生徒会になじんでくれたのも、ひょっとしたらアキホのおかげかもしれないなあ……」
「ああ、それはあるかもな。俺はまずあいつが補佐を連れてきたのが驚きだったもんさ。他人の手助けなんていらない、って空気をびんびんに発してたからな」
「なになに~、私の話ですか~?」
いつの間にやってきたのか、ヨウとチアキの顔の間から、アキホがひょっこりと顔を出した。神出鬼没で気まぐれで、まるで猫のような人だ、とヨウは思う。
「入学した頃のノリコはいろいろと大変だった、って話をしてたのさ」
「ああ、あの頃はそうですよね。クラスでもノリコに近づく人は私くらいしかいなかったし」
「アキホ先輩は一年の時からノリコと同じクラスだったんですよね」
「そうそう。あの頃のノリコはトガってたね~」
「お前スゲえよ。あの頃のノリコと友達になったんだろ? オレたちでさえ遠慮気味だったのによ」
「そりゃ私はノリコを一目見てビビッときましたから。私、これと決めたら引かないタイプなんです」
そう言ってアキホが笑う。それに同調したチアキが言った。
「だらしないですよ、先輩方! 副会長が素晴らしい方だというのは自明じゃないですか! 尻込みしてどうするんですか!」
「……言っとくけどよ。あの頃のノリコ見たら、チアキ、多分お前泣くぜ?」
「確かに、チアキちゃんにはちょ~っと刺激が強すぎるかもね~」
「ええっ!? そんなことありませんってば!」
先輩たちに抗議するチアキに笑いながら、ヨウは入学時のノリコのことを考えていた。
思えば、入学した頃の話をノリコから聞いたことはあまりなかったように思う。先輩たちが話してくれた、ヨウの知らないノリコ。今度、少しその頃の話を聞いてみるのもいいかもしれない。
そして、自分は会長補佐としてノリコを会長の座につけ、しっかり支えていかなければ。会長席でタイキに向かい徹夜明けのようなテンションでまくしたてるノリコを横目に、ヨウは密かに誓うのだった。