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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
9/135

9  ヨウの力




 昨日の件が問題視された訳ではないと知り、緊張の糸が切れたフィルとチアキ。局地的に張り詰めた空気が漂っていた生徒会室も、すっかり穏やかな雰囲気に包まれる。

「ところでヨウ君、君は精霊力を除けばうちの副会長をも凌駕する逸材だそうだね。事あるごとにノリコが自慢をしてきてね」

 タイキ・オオクマ会長が紅茶のカップに口をつけながらそんな事を言う。ヨウがじろりとノリコを一睨みすると、何をどう勘違いしたのか笑顔でウィンクを返してくる。

 ため息混じりにうなだれると、姿勢を正してタイキに向き直る。

「それは副会長が僕を過大評価しているのだと思います。確かに、以前は僕の方が副会長よりも得意な分野もありましたが、それは過去の話です」

「そうは言うけどね、ヨウ君。君は今年の入試では、精霊力が関係しない科目のうち実に八割近くでトップ、残りの二割も全て五番以内だったんだろう?」

「それはそうかもしれませんが、入学したばかりの僕が一年間学院で勉学に励んできた副会長にかなうとは思えません。買いかぶりというものです」

 ヨウ君は謙虚だね、とタイキが笑う。と、二人の話を黙って聞いていたノリコが口を開いた。その瞳が、何かを期待するかのようにきらきらと輝いている。

「先輩、あたしとヨウちゃんのどちらが上かはっきりさせる方法がありますよ?」

「へえ、それはどんな方法だい?」

「簡単ですよ。今この場で私とヨウちゃんが手合わせすればいいんです」

「ぶうっ!?」

 突拍子もないノリコの提案に、ヨウが口に含んでいた紅茶を思わず吹き出す。そして慌てて、

「ちょっ、ちょっと待って下さい副会長!」

「どうしたのヨウちゃん? わかりやすい方法でしょ?」

「いや、無茶な事言わないで下さい! そんな事するまでもないです! 副会長の方が上なのは自明ですよ!」

「あら、自明かどうかなんて、やってみなければわからないよ。あたしはこの一年間、ヨウちゃんを超える事を目標にがんばってきたんだけど?」

 そう言って紅茶を一口すする。

 そして、不機嫌そうな目で「それから、ヨウちゃん」と前置くと、

「その他人行儀な話し方はやめてくれないかな? 少なくとも生徒会は身内みたいなものだから、いつも通りの話し方でお願い」

 少し頬を膨らませて不満を口にする。そんな幼なじみの仕草に、ヨウは思わず苦笑を漏らした。

「わかったよ。それじゃあいつも通りで、ノリコ」

「わかればよろしい」

 満足したとばかりに、ノリコが腕組みしながら二度うなずく。

「それじゃあヨウちゃんも納得してくれた事だし、さっそく……」

「いや、ちょっと待って! さっそくって何!?」

 おもむろに立ち上がるノリコに、ヨウが戸惑いの声を上げる。

「え? 手合わせだよ。今『わかった』って言ったでしょ?」

「言ってない! 手合わせをするとは言ってない!」

 全力でヨウが首を横に振る。

「とまあ、こんな調子でうちの副会長は何かと強引に物事を進めるクセがあるんだよ」

 さも他人事であるかのように、タイキがフィルとチアキに向かって肩をすくめて見せる。

「ちょっと、先輩! それじゃまるで、あたしがいつも考えなしに動いてるみたいじゃないですか!」

 桜色の唇を尖らせてノリコが抗議する。そんな子供っぽい仕草に、一同から爆笑が湧き上がった。





「時にヨウ君」

 ひとしきり皆で笑い転げた後、タイキがヨウへと視線を向ける。

「聞くところによると、君は精霊力とは異なる不思議な力を持っているっていうじゃないか」

 タイキの瞳が、油断のならない輝きを放つ。フィルとチアキが、ビクリと身体をすくませた。おそらく先日の一件でのヨウの戦いぶりを思い出したのだろう。ヨウが一睨みすると、ごめんねとばかりにノリコがいたずらっぽくかわいらしい舌を出す。

「ノリコに聞いたんですね」

「ああ。彼女ったら本当に誇らしそうに話すんだよ、君の事」

 タイキが苦笑する。

「ノリコが言うには、君は魔法が使えるそうだね。それは何かの比喩なのかい? それとも……」

 一瞬のためらいの後、ヨウが答えた。

「はい、僕の魔法は遥か昔に存在し、現在では絶えたと言われているものです」

「精霊の助力を乞う事なく様々な事象を引き起こす、失われし古の秘術……それを君は使えると言うんだね?」

「はい」

「そうか……」

 紅茶を一口すすると、再びタイキが口を開く。

「書物で読んだ事がある。かつて人々は精霊の力を借りずに火を起こし、風を呼び、水を操る事ができたと言う。間に精霊を介さない分、小さな力でも大きな果実を得ることができるが、それを操るには高度な技術が必要とされるらしい。ノリコはそれを間近で見た事があるんだよね?」

「はい。ヨウちゃんが本気になれば、あたしの精霊術でも通用しません。それはいつも話してる通りです」

「あのペガサスと契約しているノリコがかなわないなんて、にわかには信じられないんだけどね」

「俺もそう思っていた。昨日まではな」

 それまで口を閉じていたマサト・ヤマガタが、腕組みをしたまま鋭い目つきでヨウを見つめる。

「他の二人はともかく、エノモトは三年の中でもそれなりに高い精霊力の持ち主だ。優等生ぞろいの生徒会でさえ、二年じゃノリコ以外の奴には荷が重いだろう。それを一年の、それも精霊力はからっきしって噂のヨウちゃんが片付けたっていうんだから、ノリコの話は本当なんだろう」

 そう言って、視線をフィルとチアキの方へとずらす。

「お前らは見たんだよな? ヨウちゃんが魔法を使うところ」

「は、はい……多分。相手の炎が、全部ヨウの目の前で金色の、文字がいっぱいの円盤のようなものにぶつかって消えてました」

「ヨウも何か輝く矢のようなものを放って、敵の炎を攻撃してました」

 威圧感たっぷりの目つきでマサトに尋ねられ、二人は冷や汗を流しながら口々に自分たちが見たものを説明した。

 うーむ、とマサトが唸り声を上げる。

「文字がいっぱいの円盤……? 俺もそれなりには勉強してるつもりだが……そんな精霊術は聞いた事がないな」

「僕もだよ、マサト。やっぱり彼は魔法が使えるらしいね」

 顔を見合わせると、二人はなぜか満足したような表情でうなずきあった。ノリコの顔にも笑顔が広がる。一体どうしたのだろうとヨウたちが首をかしげていると、タイキがヨウの目を見つめながら言った。

「実は、今日君にここまで足を運んでもらったのは、君に一つお願いしたい事があったからなんだ」

 その言葉を、ヨウはまさか、という気持ちとやはり、という気持ちがないまぜになった心境で聞いていた。その可能性が全くない訳ではないとは思っていたが、まさか本当に現実になろうとは。

 幾分緊張の色を見せるヨウに向かって、タイキは笑顔で言った。

「ヨウ・マサムラ君。ぜひ、我が生徒会に役員として入ってくれないか?」




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