4 後期課程
教室に戻ったヨウたちを待ち受けていたのは、クラスメイトたちの好奇の目と祝いの言葉、そして質問攻めだった。
「マサムラ君、シキシマさん、二人ともおめでとう!」
「会長補佐なんて、マサムラ君って凄いね! 来年は会長だね!」
「生徒会のお仕事ってやっぱり大変? あ、でもマサムラ君なら楽々こなしちゃうのかな?」
「あのミナズキ副会長にも一目置かれてるんでしょ? 本当凄い!」
「あはは……」
答える間もなく飛んでくる質問に、さすがのヨウも笑うしかない。
それにしても、集まってくるのがみんな女子なのはなぜだろうか。やはり女子の方がこういう話題には敏感なのだろうか。別に女子が苦手なわけではないが、こんなに一気に集まって声をかけられるとどう対処すればいいのかわからない。
もっとも、男子たちも関心がないわけではないらしい。クラスのあちこちで固まって話しながら、時折こちらへと視線を向けてくる。いったいどんな話をしているのかまではわからないが。
十人近い女子に囲まれているヨウであったが、そこにシズカ・ミナトたちの顔はなかった。見れば、彼女たちはヨウたちから少し離れたところで何やら話しこんでいるようだった。こちらにやってこないのは、今朝一番にヨウに声をかけたからだろうか。
隣では、チアキがクラスメイトたちにノリコの素晴らしさを滔々と語っているところだった。どうやらノリコのファンはチアキ以外にもいるらしく、二、三人の女子が目を輝かせながらチアキの話をうっとりと聞いていた。
ただ一人、フィルだけが居心地悪そうに目をきょろきょろとさせていた。普段は女の子のことばかり口にする彼だったが、ヨウやチアキに話題が集中するこの状況ではなかなか話に入りこめないのかもしれない。
そんなフィルを気遣い、ヨウはわざとらしく声を上げた。
「あ! そろそろ講義に行かなきゃ始まっちゃう! それじゃ、僕たちそろそろ行くね!」
「あ、ホントだ! それじゃまたね、マサムラ君」
「えー、私もっと聞きたいことがあるのにー」
「もう、わがまま言わないの」
「ほら、私たちも行かないと遅刻しちゃうよ」
ヨウたちが立ち上がると、集まった女子たちも名残惜しそうにその場から離れていく。そんな彼女たちに律儀に会釈しながら、ヨウは教室を後にした。
「それにしても……」
廊下を歩きながら、チアキがぼやく。
「どうしてヨウのところに、あんなに女子が集まるようになってしまったのかしら……」
「初めの頃はほとんど誰も来なかったのにな」
フィルも珍しくチアキに同意するようにうなずく。
「まったく、急にモテ期に入りやがって。つき合わされるオレの身にもなれってんだ」
「そ、そんなこと言われても……」
「モテているというよりも、マスコットのようなものじゃないかしら。あの様子を見ていたら、実家で飼っていた猫を思い出したわ」
「僕、ペット扱いされてたの……?」
「冗談よ。今まで話しかけるきっかけがなかったから、その反動なんでしょうね」
がっくりと肩を落とすヨウに、チアキはそう言って笑った。
「でも、あんなに女子の注目を集めるようになると、何だか私がいつもヨウを一人占めしているような気になってくるわね」
「お前、そんなこと気にするようなタマじゃないだろ」
「もちろんよ。私は初めて会った時からヨウの力を見抜いていたんだから。ミーハーな気持ちでつき合っているわけじゃないもの」
「さっすがチアキさん、使えない奴は容赦なく切って、利用価値がありそうな奴は手放さないわけっすか」
「……私がいつ、誰を切り捨てたって言うのよ?」
不穏な空気を感じ、ヨウがまあまあ、と二人をなだめる。まったく、今日は朝から気の休まる時がない。おまけに放課後はノリコにお小言をもらうことも確定してしまっているのだ。
と、チアキがヨウの方を向く。
「ところでヨウ、そろそろ後期課程の受講科目も固まってきたんじゃないの? 後期も引き続き受けるわよね、テラダ教授の講義?」
「うん、もちろん。ノリコも受けるだろうしね」
「うえぇ……。オレはムリ。てか、お前らが受ける頭いい系のは全部ムリ」
実に嬉しそうに語る二人に、フィルがげんなりした顔を見せた。
入学から早くも半年近くが経ち、十月からは後期課程が始まる。学院の生徒たちは開講予定の講義一覧を片手に、後期の履修予定をあれこれと考えているところだった。
「でも、精霊術関連の科目はヨウとは一緒になれなさそうね……。私は上級を取るつもりだから」
「それは仕方ないよね。僕は初級を取るよりないもの」
「安心しろよヨウ、精霊術ならオレが一緒だぜ。友達を捨ててさっさと先に行こうとする薄情女なんか放っといて、オレたちは力を合わせてがんばろうぜ」
「ちょっと、何よそれ! だって私が初級を受けるわけにもいかないじゃない! というかフィル、あなたは早く中級に上がりなさいよ!」
そう叫ぶチアキをなだめながら、ヨウはむりやり笑顔をつくって言った。
「でも、術の制御系は上級を取るつもりだから大丈夫だよ」
「そうでしょう? だいたい、ヨウは精霊術以外は全部上級を取るのだからあなたより私の方が重なる講義は多いのよ。あなたこそ、友達がどんどん先に進んでいるのにいつまでも後ろでちんたらしているのはどういうわけよ?」
「ちっ、できるヤツにはできないヤツの気持ちなんてわかりゃしねえよ」
毒づくフィルに苦笑いすると、ヨウは少し寂しそうにつぶやいた。
「でも、それじゃ後期は三人そろう講義があんまりなさそうだね……」
「あ……確かにそうなるわね。ま、まあ、私は騒がしいのと離れられてせいせいするけど」
「それはこっちのセリフだよ。てか、そんなにしょげるなよ、ヨウ。どうせ生徒会でイヤってほど顔合わせるんだしさ」
「そっか、そうだよね」
フィルの言葉に、ヨウも納得してややうつむきがちになっていた顔を上げる。
そこに、フィルが小声で耳打ちしてきた。
「それに、うるさい奴がいなくなれば多分他の女の子と講義受けられるぜ?」
「べ、別にそういうことは期待してないよ」
「でも、イヤじゃないだろ?」
「それは……うん」
もちろん嫌なはずがない。クラスメイトと仲良くなれるのはヨウにとって喜ばしいことに違いなかった。ただ、なぜ「女の子」に限定する必要があるのだろうか。もしかして、今の返事はうかつだったか。
「……そこ、何を内緒話してるわけ?」
「うん!? べ、別に何でもないよ!?」
「……どうしてそんなにうろたえるのよ」
自分でも不思議なほど動揺を見せてしまい、そのことにさらに動揺してしまう。自分にはやましいことなど何もない。うん、何もない。
きっといろいろ周りの環境が変わっていっているその速度についていけてないんだろう。自分にそう言い聞かせながら、ヨウは二人と共に講義室へと入っていった。




