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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第三部
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1 変化

お待たせいたしました、第三部のはじまりです。

ヨウたちの青春と活躍を、どうぞお楽しみください。





 短い夏休みも終わり、九月が近づいてきた。


 入学からそれなりの月日が過ぎ、学院での講義も徐々にその難易度が上がっていくが、今のところおおむね学生生活に大きな変化はない。

 だが、それでもヨウ・マサムラの周辺には最近小さな変化が起こっていた。

「ここはほら、こことこことを接続すれば精霊力の流れも適度に分散することができるから……」

「あっ、ホントだ! スゴーい!」

「マサムラ君って、本当に頭いいんだ!」

 ヨウがポイントを一つ指摘するたびに、周りのクラスメイトから声が上がる。こういう場面に慣れていないヨウが少し困ったような顔で後ろを振り返ると、少し離れた席でフィルがにやにやと、さもおもしろそうにこちらを見ていた。

 講義が始まる前に教室についたヨウは、クラスメイトの女子に頼まれてこちらの席で勉強を教えていた。この頃はこういうことが増えてきたような気がする。クラスメイトに声をかけてもらえるようになったのは、やはり嬉しい。

 ただ、なぜか声をかけてくるのは女子が多いような気がする。フィルもその状況を楽しんでいる節があるように感じられてならない。

「ほら、シズカも教えてもらいなよ」

「う、うん……」

 友達にうながされ、一人の女子が身を乗り出してくる。

 シズカ・ミナト、一年生。ヨウのクラスメイトだ。その短めにそろえた黒髪からは、いかにも明るく活発そうな印象を受ける。

 実際、普段は明るく振る舞う少女であったが、今彼女は恥ずかしそうに顔を赤く染めながら控えめな様子でヨウに声をかけてきた。

「それじゃマサムラ君、ここ教えてもらっていいかな……?」

「うん、もちろん。ここはね……」

 ヨウの説明を、シズカは熱のこもった視線で見つめている。幼い頃のノリコを彷彿とさせるそのまなざしに、ヨウの肩にも思わず力が入る。

 やがて説明を終えると、シズカは目を輝かせながら叫んだ。

「できた! マサムラ君、ありがとう!」

「どういたしまして。ミナトさんは飲みこみが早いから僕も楽だったよ」

「そ、そうかな……きっとマサムラ君の教え方が上手だったからだよ」

 そう言って、ヨウの席の前に立っていたシズカが一歩下がる。

 シズカの言葉に同調するかのように、周りの女子たちも口々に言った。

「本当、マサムラ君の説明ってわかりやすい!」

「私、これからもマサムラ君に聞いちゃおうかな。なんてったってダントツの学年トップだし!」

「だめだよ、マサムラ君だって生徒会で忙しいんだから」

「あー、シズカったら、マサムラ君の前だからっていい子ぶっちゃって」

「違っ、そんなんじゃないってば!」

「だ、大丈夫。僕なら大丈夫だから遠慮しないで」

 女の子たちの会話の勢いについていけず、ヨウは苦笑しながらおろおろする。

 それから、何か言わなければと思い彼女たちに聞いてみた。

「でも、質問ならたとえばクジョウ君とかはどうなのかな?」

「クジョウ君は、その、何て言うか近寄りがたいところがあるから……」

「彼がどうこうじゃなくて、私たちの方が遠慮しちゃうというか……ほら、あのクジョウ家の一族だし」

「その点、マサムラ君は親しみやすいというか、声をかけやすいんだよね」

「そうそう、それにマサムラ君……優しいし」

「あ、ありがとう」

 自分はそれほどクジョウがとっつきにくい人物とは思っていないが、そのあたりは人それぞれなのだろう。それに今も誰かが言っていたが、クジョウの問題というよりは気おくれしてしまう彼女たち自身の問題なのかもしれない。

「それじゃ、僕そろそろ戻るね」

「あ、うん。ありがとうね、マサムラ君」

「よければまた教えてね」

 女子たちの声を背に席に戻ろうとしたヨウは、ふと思い出して後ろを振り返った。

「あ、そうだ、ミナトさん」

「え? はい」

「この前勉強教えてって言ってたよね。ほら、定期考査の発表の時。今度都合のいい時に声かけてよ。僕も時間を作るから」

「え、ほ、本当? ……わかった、ありがとう!」

 嬉しそうに笑うシズカに笑みを返すと、ヨウは元の席へと戻るべく彼女たちに背を向ける。後ろでは「え、シズカったらいつの間にマサムラ君とそんな約束してたの?」とか「あんたもすみに置けないね」などという声が聞こえてくる。女の子の世界も大変なんだなあと思いながら、ヨウはその場を後にした。


「よう、大将。モテモテじゃないですかい。オレにも一人くらい分けてくださいよ」

「そういうのじゃないってば」

 席に戻るや開口一番フィルがにやにやと冷やかしてくる。このやり取りもこれで何度目だろうか。最近はいろいろな講義でクラスメイトに声をかけられることが増え、フィルも挨拶代わりに冷やかしてくるのが恒例となりつつあった。

「お前も遠慮せずにあいつらと一緒に講義受ければいいのによ」

「だめだよ、フィルをおいてなんて」

「バカ、ちげえよ。お前がOKしてオレもあいつらと一緒に受ければ女の子いっぱいで万事オッケーじゃんか」

「え、でもそれだとチアキに怒られそうな気が……」

「お前が誰と講義受けようが、あいつに口出しする権利なんかねーだろ。ま、あいつらもチアキがいない時を狙ってお前を呼んでるみたいだけどな」

 言われてみれば確かにそうかもしれない。クラスメイトたちと仲良くなるのは普通に考えれば好ましいことに違いなかった。チアキを避けているのかどうかはヨウにはわからなかったが。

「でも、僕別に講義一緒にとは言われなかったし」

「バーカ、様子見てるだけに決まってんだろ。お前から声かければ喜んでOKするって」

「そうかなあ……」

 ヨウが考えこんでいると、フィルが少し顔を寄せてきた。

「だけど、今回に限っては声かけなくて正解だぜ。ややこしい奴が教室に混じってるからな。後で口止めしといた方がいいぜ?」

 はて、何のことだろうと首をかしげていると、フィルがあごで右の方を示した。

 そちらの方に目をやると、こちらに向かって笑顔で手を振る少年の姿があった。

「カナメ君……」

「あいつ、さっきの出来事をありのままに言っちゃいそうだからな。『ヨウ君が女の子たちに囲まれて、凄い凄いってチヤホヤされてました』ってな」

「そ、それは困る!」

 思わず両手で机を叩き、ヨウが勢いよく立ち上がる。周囲の学生が何事かとこちらを振り返り、ヨウは慌てて席に着いた。

「な? あいつならありえるだろ? ぽわーんとしてるから」

「た、確かに……」

「ま、講義後にキチンと説明しとくこったな。チアキはともかく、副会長に誤解されたらたまらんだろ?」

「わ、わかった!」

 ノリコと聞いて、ヨウがますます身を固くする。これは何としてでもカナメ君を止めなければ。

 それにしても……。ヨウは内心で一人ため息をつく。クラスの友達と仲良くなり始めただけなのに、どうしてこんなに気苦労が増えるのか。ノリコと二人で遊んでいた頃が懐かしい。人づき合いというのも大変だ。


 さしあたっては、カナメ君に何をどう話すべきか……。そんなことに頭を悩ませながら、ヨウはこれから始まる講義に臨んだ。




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