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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
85/135

番外 ラッキー☆ヨウ





 その日は朝から何かがおかしかった。


 朝、寮を出て歩き始めたヨウの視界に真っ先に飛びこんできたのは、突風にスカートをまくり上げられた女子学生の白い下着だった。

 そのまばゆい輝きにしばし硬直していたヨウであったが、女子学生が慌ててスカートを押さえ小走りに立ち去っていく姿を見て我に返る。

 まだ人通りも少ないのと、ヨウがちょうど壁になっていたからであろうか。他に彼女の下着を見たものはないようで、特に騒ぎになるようなことはなかった。

 鼓動が高鳴るのを抑えようと胸に手を当てつつ、ヨウは校舎へと向かった。


 だが、それだけではすまなかった。

 次の授業は体操着ということで、たまには着替え一番乗りをと思い男子更衣室に飛びこんだヨウ。

 そんな彼が勢いよく扉を開くと、そこにはなぜか着替え中の一人の女子学生の姿があった。上下の制服を脱ぎ、桃色の下着と健康的な肌を無防備にさらしている。

「えっ、ええええ!?」

「え……きゃあああああ!」

「ごっ、ごめんなさい!」

 慌ててヨウは部屋を飛び出し、扉を閉めた。部屋を確認すると、「男子更衣室」とある。どうやら彼女が部屋を間違えたらしい。

 しばらくして扉が開き、顔を真っ赤に染めた女子学生が「ごめんなさい」と一言か細い声で言い残して走り去っていった。

 その後ろ姿を呆然と見つめていると、突然後ろから声をかけられた。

「ヨウ!」

「うわあぁぁっ!? って、フィル?」

 必要以上に驚いて後ろを振り返ると、そこにはおもしろくてたまらないといった表情のフィルが立っていた。

「やっぱ、今日はそういう日なんだな……」

「そ、そういう日?」

 ヨウの問いかけに、フィルは楽しそうに答えた。

「お前、今日はついてるぜ。間違いない」

「ついてる?」

「ああ」

 フィルの言葉を飲みこめずにいると、彼が耳元でささやくように言う。

「お前、今朝女の子のパンツ見ただろ」

「な!? なぜそれを!?」

「いやー、声かけようと思ったんだけど、ちょっと気になってよ。だから黙ってお前のこと観察してたら、お次はこれってわけよ」

「な、何が言いたいの……?」

「だからよ、今日はお前、ついてる日なんだって。この後も間違いなく続くぞ、ラッキースケベや好感度イベント」

「な、何言ってるのかよくわからないけど……。僕、そんな迷信っぽいこと信じないよ?」

「お前が信じるかどうかは関係ないんだよ。お前はただ、運命に導かれるがままにイベントに遭遇するだけさ。くーっ、羨ましいぜ!」

「そんなことないよ。たまたまだって、たまたま」

 そっけなく返すと、ヨウは今度こそ無人となった男子更衣室の扉を開いた。


「おっかしいな、運動中に何か起こると思ったんだけど」

「だから迷信なんだって」

 着替えを終え、ヨウとフィルは並んで廊下を歩いていた。

 フィルはまだ妙な話を引きずっている。いくら何でもそう都合よくものごとが動いたりはしないだろう。そう思い、ヨウは苦笑混じりにフィルの言葉を聞き流す。

 そのうち、廊下が交差する地点にやってきた。

「ほら、こういうところなんかよ、女の子とどーんとぶつかって……」

「あはは、ないない」

 フィルに現実を突きつけるべく、ヨウはあえて不用意に角へと足を踏み出す。

 次の瞬間、世界がぐるりと半回転した。

 気づけばヨウは廊下に仰向けに倒れていた。天井はよく磨かれており、汚れも特に見当たらない。

 それよりも、身体の上に何か重いものが乗っている。それを確認しようと首を起こしたヨウであったが、その動きは何やら暖かく柔らかい物体によって阻まれた。

 それが女性の尻だと気づくまでに、そう長い時間はかからなかった。さらにまずいことに、どうやらその女性の胸がみずからの下半身のあたりに接触しているようであった。

 これは――まずい! ヨウは全ての意識を己の下半身を律することに集中させる。

 幸いというべきであろう。その女性はやや頭がぼんやりとしているのか、緩慢な動きで立ち上がると倒れているヨウに気づき、慌てて詫びると保険医を呼びに駆け出していった。

 フィルが感心した風な顔で言う。

「すげえな……恐れ入ったぜ。どう転べばああいう姿勢になれるんだ? ヨウ、お前羨ましすぎるだろ」

「変なことに感心してないで助けてよ!」

 抗議しながら立ち上がったヨウの目が、今はあまり会いたくない顔を捉えた。

「ヨウ……今のは一体、どういうことかしら?」

「チ、チアキ……」

 こめかみのあたりをひくつかせながら笑顔で問いかけてくるチアキに、ヨウの顔から血の気が一斉に引いていく。

 ……ヨウは覚悟を決めた。


「だから言っただろ? 今日のお前はついてるんだって」

「チアキに叱られるのもついてるからなの?」

「それはあれだ、そういうのもないとバランスがとれないってことだろ。いいじゃねーか、その分ラッキーが舞い降りてきてるんだし。あー、オレも多少の犠牲はいとわないからラッキースケベに巡り合いてー!」

「僕はいつも通りの方がいいよ……」

 ため息をつくヨウの口調には、もはやフィルの言葉を否定するような力強さはない。もしかしたら、本当にフィルの言う通りなのかも……。そんな不安が、ヨウの心を徐々に侵食しつつあった。

 そんな二人は今、昼食をとるために食堂へとやってきたところであった。やや出遅れたせいか、座席が次々と埋まりつつある。

「お、あれ、何だかうまそうだな。今日の日替わりか?」

 そう言うフィルにつられて見てみると、三年の徽章バッジをつけた女子学生がソースのかかった薄い肉を食べている。肉の表面はほどよく燻され、内側はほんのわずかに生っぽさが残るかどうかという絶妙な火加減だ。

「本当だね、おいしそう……」

 思わずヨウもつぶやいたその時、女子学生が顔を上げてヨウの顔を見た。

 そして、ヨウと目が合うやにっこりと笑顔を返してくる。これは何か嫌な予感がする。

「君、これが食べたいの?」

「え? は、はい、それにしようかと思ってます」

 しどろもどろになって答えるヨウに、女子学生が楽しそうな笑い声を上げた。

「この子、かわいい! ねえ君、これに決める前に味見しておきなよ! 一つ食べさせてあげる」

「えっ、ええええ!?」

「ほら、遠慮しないで。あ~ん」

「あ、あ~ん……!?」

 うむを言わせぬ調子で肉を食べさせようとしてくる女子学生の勢いに飲まれ、ヨウはわけがわからないままに口を開ける。

 その口の中に肉を一切れ放りこむと、女子学生は隣の友達ときゃあきゃあ騒ぎ出した。

「どう、おいしい?」

「はい、おいひいです……」

「んもう、ホントこの子かわいい! 私、もらっちゃおうかしら!」

「もう、またユカの悪いクセが出たよ」

「だって~」

 ヨウの隣では、フィルがふるふると震えている。

「お、お前、年上のお姉さんにあ~んだなんて……。羨ましすぎるだろ……」

「そ、そんなんじゃないよ!」

 女子学生に礼を言うと、ヨウはその場を立ち去ろうとする。

 そんな彼を呼び止める声があった。

「マサムラ君、今のは一体どういうことなのでしょうか?」

「いっ!?]

 声の方へと振り返ると、そこには今最も会いたくなかった人物が腕組みをしながら立っていた。そのただならぬ雰囲気に、周囲にも緊張感が張り詰める。

「ノリ……副会長……」

「マサムラ君、あなたには生徒会の役員としてふさわしい振る舞いを心がけていただく必要があります。今の行為は生徒会副会長としてとても看過できるものではありません」

「あ……う……」

 眉一つ動かすことなく言うノリコの瞳の奥では、癇癪を起した彼女が暴れ狂っているのがはっきりと見えた、ような気がする。

「マサムラ君、これからあたしと一緒に生徒会室まで来てください。そこでしっかりと話し合いましょう」

「はい、わかりました……」

 観念したヨウは、呆然と立ち尽くすフィルに見送られながら肩を落としてノリコの後へと続いた。二人が立ち去ると、食堂の一角は再び騒がしさを取り戻す。

 日替わり定食、食べたかったな……。名残惜しそうに食堂を一度振り返ると、ヨウは後ろ髪を引かれる思いでノリコについていった。




「しっかしヨウ、お前今日はホントついてるな!」

「どこがさ! さっきから怒られてばっかりだよ!」

 放課後になり、ヨウはフィルと二人で見回りへと出ていた。夏まではなるべく一年生だけでは見回りをさせないというのが生徒会の方針だったが、合宿以降、ヨウは二、三年生と同様に見回りを担当するようになった。それだけ力を認められたということである。

 今、ヨウたちは校舎の外に出て、壁に沿ってぐるりと校舎を回っているところだった。人気はほとんどないが、以前スミレが校舎外で襲われていたこともある。しっかりとチェックしなければならない。

「でも、さすがに外に出ればおかしなことは起きないよ」

 女子学生の姿を見かけないことで気が大きくなったヨウが、自信のこもった口調で言い放つ。いつの間にかフィルのいうところの「つき」を受け入れていることに、本人はどうやら気づいていないようだった。

「いやー、わかんないぜ? またスミレちゃんの時みたいに誰かが襲われてるかもな」

「あはは、ないない」

 そう笑いながら、ヨウはふと空を見上げた。

 真夏の空はこの時間になってもまだ青く、太陽の光が地表へと燦々と降り注いでいる。そして雲一つない空の下、校舎の三階の窓から――女子学生が落ちてきた。

「う、うわあああぁぁぁっ!?」

 絶叫を上げながらも、ヨウは彼目がけて真っ逆さまに落ちてくる女子学生を受け止めようと身構える。

 もの凄い勢いで落下してきたその身体を受け止めたヨウは、だが態勢を整えるのがわずかに間に合わなかったのかそのまま地面へと倒れこんだ。

「まさかこうくるとはな……。恐るべしだぜ、今日のお前のつき」

「そんなことより、早く助けてよ……」

 例によってヨウは仰向けに倒れ、その顔のあたりには女子学生の豊満な胸が覆いかぶさっていた。彼女をかばったせいか、身体のあちこちが痛む。

 気絶している女子学生をフィルが抱き起し、ヨウはようやく柔らかな身体から解放された。素直に反応しそうになる下半身を、ヨウは必死に律しようとしてからくも成功する。

 フィルと二人で女子学生を支えながら、ヨウはとりあえず保健室へと向かった。

「保健室といえば、この手のイベントの宝庫だぞ。ヨウ、これでもまだ何も起こらないっていうのかよ?」

「ごめん、もう否定できる自信がない……」

 今やすっかり諦めモードになったヨウは、己の運命を受け入れるかのようにうなだれるのだった。



 幸い保健室では何も起こることはなく、ヨウは無事に生徒会室へと戻ることができた。

 その後たまっていた仕事を片づけ、生徒会終了の時刻になるとみんなで一息つく。

 そこに、スミレが冷たいお茶を持ってきた。

「皆さん、お疲れさまです」

 そう言って、一人ずつカップを手渡していく。

 最後にヨウにカップを渡そうとして、スミレが手をすべらせた。

「わっ!?」

「ああっ! ご、ごめんなさい!」

 カップの中の液体が、ヨウの肩のあたりにかかる。謝りながら、スミレが急いでハンカチで吹きとろうとした。

 その時、慌てていたせいかスミレがバランスを崩した。

「むぎゅうっ!?」

「あんっ!」

 ヨウの視界が突然閉ざされ、顔が柔らかな感触に包まれる。言うまでもなく、ヨウの顔にスミレが胸から突っこんでいったのだった。

 スミレが慌てて離れ、二人とも何事もなかったかのような顔をしたが、ヨウにはこの後の展開がある程度想像できていた。

「ヨウ、あなた昼にあんなことがあったっていうのにまた……」

「ヨウちゃん、あたしお昼に言ったよね……?」

 前後から挟みこむような形で、チアキとノリコが鋭い視線を投げかけてくる。今のって僕が悪いの? と思うのだが、雰囲気に飲まれてしまい言葉が出てこない。

 そこにフィルが追い打ちをかけた。

「ヨウ、さっきに続いてまたおっぱいに顔面ダイブかよ! ホント羨ましいヤツだな!」

「フィ、フィル!?」

「さっきに続いて……?」

「ヨウちゃん、一体どういうことなのかな……?」

 チアキは眉間を引きつらせ、ノリコは凄味のある笑顔を浮かべながらヨウへと迫ってくる。

 ああ……。僕、もう諦めるしかないよね……。

 危機が間近に迫る中、何かを悟ったヨウは、全てを受け入れるかのように天を仰いだ。




 翌日、いつも通りの平凡な一日を過ごすことができたヨウは、ごく普通の暮らしができることの喜びを心底噛みしめるのだった。




今回はこんな話にしてみましたが、いかがだったでしょうか。


第三部の開始は六月の中頃からを予定しています。よろしくお願いします。

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