41 月のように
夏のこの時期、日も暮れようかというのに暑さはやわらぐ兆しさえ見せようとしない。窓を開けていても、流れこんでくるのは生ぬるい風だ。
生徒会の仕事も今日の分が一区切りつき、ヨウたち一年生は茶を飲みながら談笑していた。
フィルが首をひねりながら言う。
「しっかし大変だよなあ、生徒会。オレもうクタクタだぜ」
「何言ってるのよ、あなたヨウの十分の一程度しか仕事してないじゃない」
「オレをこいつと比べんなよ。そういうお前こそ、副会長の何分の一なんだよ」
「私なんかを副会長と比較するなんて、おこがましいにもほどがあるわよ。そんなことより、早く仕事覚えなさいよ? 来月からはイベントも多くなるのだから」
「来月と言えば、末には生徒会の信任選挙がありますね」
話を変えようとしたのか、スミレがそんなことを口にする。
「確か今月の末あたりに候補者が決まって、九月からは選挙活動が始まるんですよね」
「選挙活動と言っても、対立候補がいるわけではないのだけれど。候補者の素晴らしさを周知徹底する活動ということよね」
「でも、僕たちは何をすればいいんだろう?」
ヨウが首をかしげていると、チアキの目がぎらりと鋭い光を放った。
「決まってるでしょう! 副会長……会長候補の素晴らしさを全生徒に知らしめるのよ!」
「ひっ!?」
「だからさっきから言っているでしょうに! 来月からは休む暇なんてないのよ! 私なんて、ここ数日どうやって副会長の素晴らしさを伝えようか考えていて夜も眠れないのだから」
「あ、あはは……」
チアキの剣幕に、ヨウとカナメが顔を見合わせて苦笑する。フィルが顔を伏せながら、「お前のはいつものことだろ」と一人毒づいた。
「なになに、あたしの話?」
「あ、ノリコ」
ヨウたちの話を聞きつけたのだろう。ノリコとアキホがカップ片手にやってきた。
「私たち、来月の選挙について話していたんです。副会長から会長になられるのですから、私たちもしっかりと素晴らしさを伝えていかなければと思いまして!」
「そうなんだ。ありがとうね、チアキちゃん」
猛然とまくしたてるチアキに怯むこともなく、ノリコが微笑で応える。
それから、いたずらっぽい顔で言った。
「でも、まだあたしが会長に指名されるとは決まってないんだよ?」
「何をおっしゃるんですか、副会長が指名されるのは自明です。二年生にして副会長なんですよ? 会長補佐も兼務されてらっしゃいますし、他の先輩方には申し訳ありませんが次期会長は副会長以外には考えられません」
「わからないよ? 現にあたしは、自分よりも会長にふさわしい人を一人知ってるし」
「ふ、副会長よりもふさわしい人!? 誰ですかそれは! そんな人、いるはずがありません!」
ノリコの言葉に、チアキが血相を変えて立ち上がる。直後、我に返ったかのようにうつむいて席に着いた。
チアキに代わりカナメが聞く。
「それで、その人物って一体誰なんですか? 多分僕が思う人物と同じだと思うんですけど」
「さっすがカナメ君、わかってる!」
「え、誰、誰? イッペイ先輩? イヨ先輩? あ、それとももしかして生徒会以外の人?」
一体誰なんだろう。見当もつかないといった様子で二人の顔を交互にきょろきょろと見返す。
そんなヨウの姿に苦笑しながら、ノリコはその額を指さした。
「相変わらずだね。もちろんそれは君のことだよ、ヨウちゃん」
「……僕?」
「そう。他に誰がいるっていうの?」
ノリコの指先を見つめながら、ヨウは首をかしげた。ノリコはと言えば、自信満々に胸をそらしている。一体その自信はどこから来るのだろうか。
「またいつもの病気が始まったと言いたいところだけど、ヨウ君なら確かにアリかもね。ノリコよりふさわしいかはともかく」
そう言ってアキホが笑う。ノリコの言葉を冗談扱いしなくなったのは、おそらく対抗戦で二人の戦いを目の当たりにしたからであろう。
「で、でも!」
「どうしたの、チアキちゃん?」
「ヨウが凄いのはわかりますけど、彼はまだ一年生なんですよ? 現実的に考えて、会長候補になる可能性はないですよね?」
「え、そうとも限らないよ? 過去一年生が候補になった例もあるわけだし」
それについてはヨウも知っていた。一年生が会長候補になった例は過去に二件あったという。そのうちの一人が、後に帝国最高の頭脳と称されることになるテラダ教授だ。
「でも、副会長は一年生にして副会長という重職を任されるほどの方なのですから、当然次は会長になるはずです」
「いや、こうも考えられるんじゃないかな? あたしは一年の時に会長に指名されるほどの器じゃなかった。だから、その器を持つ人物が現れた以上は今さらあたしが会長を任されることはない、って」
「そ、そんなことありません!」
チアキがややむきになって反論する。もしこれがヨウの発言だったなら、きっとチアキは詭弁だと食ってかかっていたところだろう。ノリコはノリコでチアキをからかっているわけではなく本気でそう思っているらしいのがまた悩ましいところだ。
もっとも、次期会長については以前タイキがほぼノリコに決まったことをにおわせていた。それはもう確定であろう。何事もなければ、書記のイヨが副会長、会計補のイッペイが会計に推されるはずだ。
そんなことを考えていると、アキホが楽しそうに言った。
「十月には学年別の学級対抗戦もあるしね。この時ばかりは生徒会の仲間も敵味方に分かれて戦うから面白いよ」
「そうそう、各学級の応援合戦も見ものなんだよ!」
「へえ、それは面白そうだね」
その言葉に興味をそそられたのは、ヨウだけではなかった。
「応援合戦だってよ! チアガールとかもいるかもな!」
「ちあがーる? 何ですかなそれは?」
「お前知らないのかよ、西の方じゃ女の子が短いスカートはいて脚上げたりするんだぜ? パンツ見放題だよ見放題!」
「なんと! そんな素晴らしい風習が西方にあったとは! それは見逃すわけにはいきませんな!」
フィルとマナブが何やら盛り上がる隣で、カナメがカップを置いて笑った。
「ということは、僕とヨウ君が戦うかもしれないんだね。楽しみだけど、ちょっと怖いな」
「あはは、そうなるといいね。でも、対抗戦ってどんなルールなんだろう?」
ヨウの疑問に、ノリコが答えた。
「各学級から二組ずつ、全八組がトーナメント形式で戦っていくんだよ。三人一組のチームだから、普通に考えればそのクラスの上位六人が選ばれるはずだね」
「では私の組からは私とヨウ、クジョウが出るのは確定ね。フィル、あなたの出番はないわ」
「んあこたぁわかってるよ。お前らでチーム組めば最強だな」
「でも僕が選ばれるかどうかはまだわからないよ」
「バーカ、お前を選ばないなら他に誰を選ぶってんだよ」
楽しそうに話すヨウたちを見つめながら、ノリコが残念そうにつぶやいた。
「あーあ、あたしも一年生になりたいなー。そうすればまたヨウちゃんと戦えるのに」
「そ、そんなのダメっすよ。副会長が出たら、誰も勝てないじゃないっすか」
「そうね、その意味では二年生の皆さんは不幸よね。副会長のチームが優勝するに決まってるんですもの」
「うふふ、二人ともありがと」
そう笑って、ノリコは少し考えこむ素振りを見せた。しばらくして、何かを閃いたかのように顔を上げて叫ぶ。
「そうだ! わかった!」
何がわかったのだろう。果てしなく嫌な予感がする。
「各学年の優勝チームで最後にトーナメントすればいいんだよ! 最初が一年対二年で、その勝者が三年生と戦うの!」
「え、でもそれはルールにはないよね?」
「うん、だからあたし、そうなるように実行委員会に掛け合ってくる! やったねヨウちゃん、また戦えるよ!」
「いや、まだそうなるって決まってないし、そもそも僕が出るかもわからないし……」
ノリコの耳にはもはやヨウの声は聞こえていないらしく、鼻歌混じりにあちらへと去っていってしまった。本当に実行委員会と掛け合うつもりなのだろうか。
「あ~あ、あれはもう完全にその気だね」
苦笑を漏らしながらアキホが言う。
「でも、本当にこれから大変になりそうだ。僕もこれから頑張らなくちゃ」
「お、いいねヨウ君、初々しくて。私もみんなの働きに期待してるよ」
そう言い残し、アキホもこの場を去っていく。暗くなりつつある窓の外に気づき、ヨウたちも寮への帰り支度を始めた。
入学して四カ月、この短い間にいろいろな出来事があった。命をかけた戦いも経験した。そして、これからもさまざまな経験をすることになるだろう。
さしあたっての自分の仕事は、ノリコを無事生徒会長にしてあげることかな。ヨウはカップを片づけながら思う。
自分はノリコを護るためにここに来た。ならば、彼女が進む道を切り拓くとまでは言わないが、その道から危険や障害を取り除いていくくらいのことはすべきだろう。
それに、今では仲間もこんなに増えた。彼らと共に歩んでいく道は、きっと明るくて実りの多いものであろう。自分は大切な人たちのためにできることをやっていきたい。そう切に思う。
外を見れば、うっすらと輝く月が地平から顔を見せ始めていた。自分もあの月のように、静かにノリコと寄り添っていたい。そして仲間たちと進む道を照らしてあげたい。そんなことを思いながら、ヨウは生徒会室を後にした。
帰り道、彼らを薄く包む月の光は優しく柔らかかった。
これにて第二部完結となります。ここまでご覧いただきありがとうございました。
今後の予定ですが、第三部の構想をきちんと組み立てたいため少し間をあけたいと思います。五月末あたりに短編を一つ投稿し、六月中頃から第三部を開始する予定です。
第三部は選挙活動と対抗戦がメインになる予定です。今後もご愛読いただけると嬉しいです。




