40 暗躍
休暇が終わり、再び学院生活が始まった。
初めの数日は大変だった。帝国からは情報部の者がやってきて、生徒会メンバーひとりひとりに聞き取りを行った。もちろんヨウも呼び出され、主に演習場での戦いについて根掘り葉掘り尋ねられた。
その聞き取りも終わり、ようやくいつもの暮らしが戻ってきた。友人と共に学び、食べ、働く。休み気分など遥か彼方へと去り、忙しくも充実した日々が戻ってきた。
学院に戻ってから十日ほどが過ぎた頃、ヨウはタイキに呼び出された。会長席では何だからと、ヨウを生徒会室奥のソファへと誘う。
ゆったりとしたソファへと腰かけた二人に、スミレが茶を持ってやってきた。
「お二人とも、どうぞ」
「スミレさん、ありがとう」
「ありがとう。気が利くね」
「いえ、とんでもないです」
会長の言葉に、スミレがやや恥ずかしそうに頬を染める。二人に茶を注ぐと、彼女は一礼して去っていった。
「さっそくなんだけど」
タイキが話を切り出す。
「はい」
「この前の事件、いろいろなことがわかってきた。君にも伝えておこうと思ってね」
その言葉に、ヨウの背筋がぴしりと伸びる。神妙な面持ちで、タイキの次の言葉を待った。
「まず、君が戦った襲撃犯のリーダー。彼はやはり帝国の精霊術士だったよ。名はシゲヒコ・キタムラ。現役の一級術士だそうだ」
「そうでしたか……」
「周囲からの人望も厚く、精霊術師としても指揮官としても一級の人物らしい」
一級術士と言えば、三千人を超える帝国精霊術士の中でも特級に次ぐ高位の精霊術師だ。あの強さも道理ということか。
ヨウが疑問を口にする。
「それほどの人物が、なぜあのような暴挙に及んだのでしょうか」
「彼はね、人質を取られていたそうなんだ」
「人質? では、首謀者ではないのですか?」
「そういうことだね。彼は娘さんを人質に取られ、やむなく従っていたそうだ。もちろんそれで罪が消えるわけではないが、きっと国家への忠誠との狭間で苦しんだのだろうね」
「そうだったのですか……」
最後まで彼が退こうとしなかった理由が、ほんの少しだけ理解できたような気がする。もしノリコが人質に取られていたとしたら……そんなことが脳裏を一瞬よぎり、ヨウは軽く身震いした。
「それでは、真の首謀者は他にいたんですね?」
「そうだね。彼が言うには、シャドウと名乗る男が話を持ちかけてきたそうだ。ノリコが戦ったという男がそうなのだろうね」
その話はヨウも聞いていた。黒ずくめの人影に混じって倒れていたらしいが、気づいた時にはその姿はいずこかへと消えていたそうだ。
もしノリコがその男を倒していなければ、ヨウは二人の強敵を相手にしなければならなかったであろう。そうなれば、はたして自分は仲間を無事に守りきることができただろうか。
そのノリコはと言えば、あちら側で学院の各所から集まってきた書類と睨めっこしている。彼女の姿をちらりと見ると、心の中でヨウはそっと感謝した。
「キタムラ一級の話によれば、襲撃部隊はすでにそろっていてその指揮を任されたそうだ。情報部の調べでは、彼らのほとんどが軍や警察で問題を起こした者たちらしい」
「つまり、帝国の人間なのですか」
「そうだね。外からあれほどの人間が入ってこようとすれば、当然帝国に察知されるからね。こちらにはシャドウを含め最小限の人間しか来なかったようだ」
「ということは、シャドウは帝国外の人間なのですか」
「ああ。帝国内の勢力が生徒会を潰してもメリットはないからね。おそらく生徒会を潰すことで帝国の精霊術士育成を妨害し、さらには利害関係を持つ各勢力の混乱を目論んだのだろう」
「そんなことのために……」
ヨウの胸に言い知れない怒りが湧き上がる。何の関係もない親と子を引き裂き、自分の大切な友だちを傷つけた理由がそれなのか。
わずかに声を震わせながら、ヨウはタイキに尋ねた。
「シャドウと共に来た者たちは捕らえたんですよね? 彼らが何者なのかわかりましたか?」
「残念ながら、それは聞き出せなかったそうだ」
タイキがなぜが沈痛な面持ちで言うと顔を伏せる。
「何かあったのですか?」
「彼らは死んだそうだ」
「死……!?」
その言葉にヨウが絶句する。タイキが続けた。
「どうやらあらかじめ毒を飲まされていたらしい。我々が会館を後にしてから間もなく小隊長格が数名絶命したそうだ。キタムラ一級が毒を飲まされていなかったのは、おそらくその後も利用するつもりだったからだろうね」
「そんな……!」
両の拳に思わず力がこもる。人の命というものは、そんなに簡単に奪われてよいものなのか。
ヨウをなだめるかのように、タイキは穏やかな口調で続ける。
「キタムラ一級も初めは自決すると言ってきかなかったそうだが、知りうることを全て話した後に法の裁きを受けるのがせめてもの罪滅ぼしであり、かつ帝国臣民としての義務だと説得されたそうだよ。今は聴取にも協力的、いや、むしろ彼自身がシャドウの正体を突き止めようと必死に考えこんでいるらしい」
「そうですか……彼のお子さんはどうなったのでしょうか?」
「もちろん、彼の話を受けて直ちに捜索が始まったよ。その結果、案外早く彼女の身柄を保護することができたそうだ。見張りたちはただの街のごろつきだったらしい。幸いにも、彼女に危害が加えられるようなことはなかったそうだ」
「そうでしたか……よかった」
それまで表情を強ばらせていたヨウが、ようやくほっと安堵のため息を漏らす。その様子に、微笑をたたえながらタイキが茶を勧めてきた。気分転換をということなのだろう。
カップに軽く口をつけると、ヨウはタイキに尋ねた。
「結局、黒幕が誰なのかはわからずじまいなのですね」
「そうだね、それはこれからの調査次第なのだろうが、正直厳しいだろうと思う。シャドウを捕らえることができれば話は違ったのかもしれないけど」
「すみません、僕が油断していたばっかりに……」
「いや、そんなことはないよ。君は仲間たちを窮地から救ってくれたんだ、何も気にすることはない。生徒会を預かる身として、あらためて礼を言わせてもらうよ」
「とんでもないです」
タイキの言葉に、ヨウが恐縮して頭を下げる。そんなヨウに苦笑すると、タイキはソファから立ち上がった。
「事件については今後も捜査が続くだろう。また聴取もあるかもしれないから、その時はよろしく」
「はい」
「さて、生徒会――というより、君たちはこれから忙しくなるぞ。何せこれからの生徒会を背負って立つわけだからね。期待しているよ」
「はい、がんばります!」
ヨウも立ち上がり、胸を張って声を上げる。そうだ、もう新入生気分ではいられないのだ。三年生たちがいなくなれば、次はヨウたちが生徒会を、ひいては学院を引っぱっていかなければならなくなる。
よし、と一つ気合を入れると、ヨウは書類がたんまりとたまった自分の持ち場へと足を踏み出した。




