39 ヨウの思い
ヨウたちを乗せた精霊機関車は、夕方には帝都へと到着した。
夕方といっても日はまだまだ高く、太陽の熱が地上を容赦なく灼く。そんな日差しの下、生徒会メンバーは寄り道することもなくまっすぐに学院へと移動する。
ほどなくして、メンバーは学院の校門前へと到着した。ほんの数日離れていただけなのに、ずいぶんと懐かしい気がする。
思えば、この門をくぐったのはまだほんの四か月ほど前のことであった。あの時ノリコと共にくぐり抜けた門はまるでヨウの前途を象徴するかのごとく高くそびえ立っているように感じたものだが、今ではむしろ懐かしささえ感じさせるのだから不思議なものだ。そんなことを思いながら、ヨウは校門をくぐり抜けた。
校門を抜け、学生寮への道の手前まで来たところで生徒会メンバーは集合した。三年生役員が前に並び、ねぎらいの言葉を交えながら明日の指示を出す。要約すれば、今日はゆっくりと休んで疲れを取り明日からの仕事に備えろとのことだった。
一通り連絡が終わり、前にはノリコがやってくる。この暑いさなかにあって、彼女が通り過ぎたところには涼が舞いこむようであった。
メンバーの前に立つと、ノリコは疲れを知らないかのような調子で口を開いた。
「皆さん、合宿お疲れさまでした! 途中少し騒ぎもありましたが、無事に解決することができてあたしも嬉しいです! 今日はきちんと夕食を食べて、ゆっくり休んで明日からの学院生活に備えてください!」
それだけを告げると、ノリコはタイキに場を譲る。合宿と長旅でさすがに疲労の色が隠せなかった生徒会メンバーも、彼女の言葉に励まされ表情が明るくなる。
タイキの話が終わると、生徒会のメンバーはその場で解散となった。長いようであっという間だった合宿も、これにて終了である。
「ヨウ、メシ食おうぜメシ~」
フィルが声をかけてくる。夕食にはまだ少し早い時間だが、ハードな合宿の後ということで身体も食事を求めている。ヨウは笑顔でうなずいた。
「そうだね、何か食べに行こうか」
「あっちのメシもよかったけどよ、やっぱ帝都のメシが恋しくなるよな! おう、カナメ、マナブ、お前らも行くだろ?」
「いいね、僕もご一緒させてもらうよ」
「もちろんそれがしも参りますぞ」
「あら、じゃあ私たちも行こうかしら」
フィルがカナメとマナブを誘っていると、それに気づいたチアキが参加の意思を示す。
その言葉に、フィルは露骨に嫌そうな顔をした。
「何だよ、お前も来るのかよ」
「何よ、悪い?」
「みなまで言わせんな」
「へえ、いい度胸してるじゃない」
いつものように睨み合う二人に、チアキと一緒にいたスミレが申し訳なさそうに言う。
「す、すみません。勝手にお邪魔しちゃご迷惑ですよね……」
「あ、いや、スミレちゃんは大歓迎だぜ? つーか、むしろオレから誘おうと思ってたところさ!」
「スミレは誘って、私は置いていこうとしていたわけ?」
「ほっといたってどーせスミレちゃんについてくんだろ、お前は」
再び睨み合う二人に苦笑していると、カナメが声をかけてきた。
「ヨウ君、アキヒコ君たちも誘おうと思ったんだけどもう寮に帰っちゃったみたい」
「そっか、それじゃあ荷物置きに行く時に声かける?」
「そうだね」
「アキヒコ君とは一度ゆっくり話してみたいんだけどなあ」
「僕も。なかなかつかまらないんだよね」
「もっと仲よくなれるといいんだけど」
そんな話をしていると、フィルとチアキが血相を変えてこちらへとやってきた。
「おい、ヨウ!」
「え!? な、何?」
「お前、今日は肉が食いたいよな?」
「いいえ、今日は魚の気分よね?」
「肉だろ肉! 疲れてんだからガツンと食わなくてどうする!」
「魚よ! 疲れているのだから、お腹にやさしいものの方がいいにきまっているでしょう!」
「お前、後から来たくせに全然遠慮しねえな!」
「それは今の話には関係ないからよ。みんなが食べたいものを選ぶのは当然のことでしょう? ヨウ、魚の方がいいわよね?」
「いーや、肉だ! 肉だよな、ヨウ!」
「魚よ!」
「肉だ!」
顔と顔を突き合わせ、今にも取っ組み合いが始まりそうな二人にヨウとカナメがどうしたものかとおろおろする。
と、ヨウの視線の先に、アキホと別れ一人寮へと戻っていくノリコの姿が飛びこんできた。
「ごめん、僕先に戻ってるね!」
一触即発な空気が満ちる中、ヨウはそう言い残して駆け出した。フィルとチアキがハッと振り向いた時には、ヨウはすでにそちらを向いてはいなかった。
ヨウの走る先にノリコの姿を認めたチアキが、少しだけ寂しげな表情を見せる。その表情に、ヨウが気づくことはなかった。
「ノリコ」
ノリコに追いついたヨウは、後ろから声をかける。ヨウの声に気づき、ノリコは嬉しそうに振り向いた。
「あ、ヨウちゃん。どうしたの? そんなに急いで」
そう答える彼女は、昨日の疲れっぷりが嘘のように元気そうだ。今日は朝から明るく皆に声をかけているのが印象的だった。
それだけに、ヨウはノリコに声をかけずにはいられなかった。
「うん、ノリコが帰るのが目に留まったから。合宿お疲れさま」
「ふふっ、ありがと」
微笑むノリコの隣に並ぶと、二人は寮へと向かい肩をそろえて歩く。
「ヨウちゃん、初めての合宿、どうだった?」
「うん、いろいろあったけど楽しかったよ」
「でしょ? よかった、楽しんでもらえて」
両手でかばんを手前に持ちながら、ノリコが嬉しそうに笑う。軒先の風鈴を思わせるその声が心地よい。
そんなノリコの姿を前に、一瞬躊躇した後ヨウは言った。
「ノリコ、君、少し無理してない?」
「え? 何のこと? あたしはこの通り、いつも通りだよ?」
そう言いながらノリコはかばんを持ったままくるくると回る。黒く艶やかな髪が、ふわりと宙を舞った。日光が反射し、髪の一房一房が虹色に輝く。
その様子をヨウが黙って見つめていると、やがてノリコはこちらを向いていたずらがばれたかのような顔を見せた。
「……やっぱりヨウちゃんはお見通しかあ。うまく立ち回ったつもりなんだけどなあ」
「それはそうだよ、僕は小さな頃からずっと君を見ているからね」
ヨウを見つめていたノリコの頬が、光の関係だろうか赤く見える。
「ノリコ、昨日のこと気にしてるの?」
「やっぱりわかっちゃうか」
ノリコがぺろりと可愛らしい舌先を見せる。人一倍責任感の強い彼女のことだ、あの襲撃の時に自分だけで皆を守れなかったことを悔いているのだろう。それにあれほどの戦いの後なのだ、身体だってとうに疲労のピークを迎えているはずである。
そんなことを考えていると、ノリコが口を開く。
「あたし、まだまだだなあ。ヨウちゃんにいいところを見せようと思ってたのに、調子に乗って力使いすぎて、みんなを危険な目にあわせちゃって、最後はヨウちゃんに助けてもらって……」
「またノリコの悪いクセが出たね。何でも一人で抱えこもうとするの、よくないよ? だいたい、僕らが助け合うのは当たり前のことじゃないか」
そう、二人が助け合うのは今に始まったことではなかった。幼い頃からそうしてきたのだ。もっとも、若干助けられるよりも助けることの方が多かったような気もしないでもないが……。
きっと、そんなことはノリコもわかっている。彼女は、それをはっきりと言葉で聞きたいはずだ。他でもないヨウ本人の口から。
どうやら、それは正解だったようだ。
「ありがとう、ヨウちゃん」
そう一言つぶやくと、ノリコはばつが悪そうな顔をした。
「あたしってずるいね。ヨウちゃんにそんなこと言わせちゃって」
「そんなことないよ。ノリコはもっと僕を頼ってくれていいし、僕だって少しでもノリコの力になりたい」
語りかける声に、思わず力がこもる。
「僕は、そのためにここまで来たんだから」
「ヨウちゃん……」
日が傾いてきたからか、日の光を浴びるノリコの顔が赤い。
立ち止まったまましばらくの間互いに無言で見つめ合っていた二人であったが、視線をはずすとノリコは空を見上げながら言った。
「ヨウちゃんっておもしろいね。大人なのか子供なのか全然わかんない」
「え? それってどういう意味?」
「さあ、わかんない!」
数歩進んで立ち止まると、ノリコはくるりとこちらを振り向いて言った。
「ヨウちゃん、みんなと街に行くんでしょ? もうみんなも話は終わったみたいだよ?」
そう言って向けられたノリコの人差し指の向こうには、何やら言い争いをしながらこちらへとやってくるフィルとチアキの姿が見えた。その他の生徒会メンバーもこちらへと向かってきている。
その様子を見つめるヨウの肩をぽん、と叩くと、ノリコはいつものように明るく笑った。
「心配してくれてありがと! おかげであたしも気分が楽になった!」
「よかった、ノリコはそうじゃないと」
笑顔で返すヨウの耳元に、ノリコがそっとささやいた。
「今度、あたしも街に連れてってね?」
「え? うん、わかった。考えておくよ」
「約束だよ! それじゃ!」
嬉しそうにうなずくと、ノリコは女子寮へと駆け出して行った。
その背中を見送っていると、後ろから少々嫉妬の色をはらんだ声がかけられた。
「おいおい、どっかに消えたと思ったら、副会長と逢引かよ」
「まったく、油断も隙もありはしませんな!」
「ええっ!? そ、そんなんじゃないよ!」
フィルとマナブの容赦ない糾弾に、ヨウが慌てて弁解する。正直、そう思われても仕方のない状況ではあるが。
「そ、それより、お店はもう決まったの?」
「ええ。公正な多数決の結果、魚を食べることに決まったわ」
「けっ、何が公正な多数決だよ。スミレちゃんとカナメに無言の圧力をかけた結果じゃねーか」
「フィル、何か言ったかしら?」
「いいえ、何にも」
そのやり取りに、ヨウが思わず吹き出す。こちらはどうやらいつも通りのようだ。
仲間たちの輪に加わると、ヨウは久しぶりの男子寮へと歩き出した。