37 事件の終わり
暗い闇を、橙色の炎と光が切り裂く。肌を灼く熱風が、演習場の土をえぐり土煙を舞い起こした。
その土煙が次第に静まり、ヨウの視界が晴れていく。目の前には、衣服がぼろぼろに焼け焦げた男が倒れていた。
「ヨウ! 無事なの!?」
チアキの叫び声が聞こえてくる。声の方へ向かい、大きく手を振って応える。
「うん、何とか取り押さえることができたよ」
胸の中のもやもやを押し殺し、努めて明るく返事をする。
「ヨウちゃん、おつかれさま」
ヨウの心中を察してか、ノリコが穏やかにねぎらいの言葉をかける。チアキは泣き出しそうな顔で黙りこんでしまった。
「みんな、遅れてごめん。もっと早く来れていれば……」
「そんなことはあとあと! それよりヨウちゃん、会館の方に向かってくれない? ここはもう大丈夫だから! チアキちゃんはこの人たちを縛り上げていってくれる?」
ヨウの言葉をさえぎるように、ノリコがきびきびとした調子で指示を飛ばす。そうだ、まだ終わっていない。会館は今敵の襲撃を受けている真っ最中なのだった。
「だけど僕がいないと、もしまたこの人が起きたら……」
「大丈夫、後のことくらいあたしがやらなきゃ。ヨウちゃんはヨウちゃんにしかできないことをやって!」
「……うん、わかった!」
強い調子で言うノリコに、ヨウも決心する。
「それじゃあ、これだけはやっていくね」
そう言うと、ヨウは仰向けに倒れている男の下へと歩み寄る。
男の両腕をつかむと、ヨウは意識を男の両手首に集中させる。すると、そこに銀色に輝く板状の枷が現れ、男の両手首を拘束した。枷には文字とおぼしき紋様が描かれ、それが枷の表面をひっきりなしに移動している。
続いてヨウは手のひらを男の頭に当て、より一層精神を集中させる。しばらく小声で何事かをつぶやいていたが、それもまもなく終わりヨウは立ち上がった。
「ヨウ、今のは一体何だったの?」
あたりに転がる黒い影たちを手際よく『生命の束縛蔦』で縛っていきながら、チアキがヨウに尋ねる。
「うん、とりあえず手錠をかけて、それだけじゃ不安だから精霊力を遮断したんだ」
「精霊力を遮断って……あなた、そんなことができるの!?」
「相手が気絶していて、精神的な抵抗をしてこないからできたんだけどね。この人の『回路』を読み取って、そこを僕の魔力で少しいじったんだ」
「……それで自分の『回路』もいじっちゃえば、あなたも精霊力が使いこなせるんじゃない?」
「それが、なかなかどうしてうまくいかないんだよね……じゃなくて、とにかくこれでこの人は何もできないはずだから。それじゃ僕、会館に行くね! 後のことはよろしく!」
「まかせてよ! ヨウちゃんは早くみんなを手伝ってあげて!」
「うん、わかった!」
「あ、ちょっと待って」
駆け出そうとするヨウを、ノリコが呼び止める。
「どうしたの?」
「あのね、ヨウちゃん……来てくれて、ありがと」
「……うん!」
笑顔でうなずくと、ヨウは会館の方へと走った。
会館へとたどりついたヨウは、裏側から内部へと侵入する。
意外にも会館一階の廊下は静まり返っていた。いや、上の階から散発的に物音が聞こえてくる。
裏口からほど近い、ホール側の階段へとヨウは駆け出す。そんな彼に、ホールの方から声がかけられた。
「おお、ヨウ! 無事だったか」
分厚い胸板に太い声。先に会館へと向かっていたマサトが、こちらへと手を振っていた。
「先輩、無事だったんですね」
「当たり前だろう。お前こそ、ずいぶん遅かったな」
「すみません、手強い相手に襲われまして」
「手強い相手? お前がそんなこと言うなんて、そいつはどんな化け物なんだ?」
マサトが冗談めかして言う。
「それより、こちらは大丈夫なんですか?」
「ああ、もうあらかた片づいたところだ。残念ながらお前さんの出番はないよ」
そう言って、マサトがホールを指し示す。そちらに目を移せば、演習場を襲ったのと同じいでたちの黒い影が何人も倒れており、生徒会メンバーたちの手によって拘束されていた。
「しかしこいつら、一体何者なんだ?」
わからないといった様子で、マサトが腕組みしながら首をかしげる。
「生徒会をピンポイントに狙ってくるとは……どこかの委員会のしわざか?」
「いや、それはないだろう」
上から聞こえてきた声に、ヨウとマサトが階段の方を見上げる。その先には、ゆっくりと階段を降りてくるヒサシ・イトウの姿があった。
「どうして断言できるんだ? ヒサシ」
「学院は生徒会がなければ機能しない。そうなれば、学院の全ての組織が不利益をこうむることになる。学内の組織がこれほど極端な行動をとるというのは考えにくい」
「ああ、そう言えばそうだったな」
「もう少し付け加えるならば、帝国内の組織のしわざとも思えない。学院が機能しなくなれば、精霊術師の育成、ひいては軍の編成に影響が出る。帝国内の権力闘争や軍部の主導権争いであれば、今回のような行動はとらないはずだ」
「となると……帝国の外、か」
マサトとヒサシがうなずきあう。それはヨウがたどりついた結論とも一致していた。ただ、一点引っかかる点がある。
「お話の途中すみません、少しいいですか?」
「ん? ああ、いいぜ。どうした?」
「実は先ほどまで敵と戦っていたんですが、そのリーダーがどうも帝国の精霊術士のようなんです」
「何だって!?」
ヨウの言葉に、マサトが巨体を揺らして驚く。ヒサシはあごに手を当て少し考えこむような仕草を見せた。
「精霊術士というのは確かなのかい?」
「ええ、多分間違いないと思います。本人も認めていました」
「ヨウ、お前、本職の精霊術士と戦ってたのか! それは手強いどころじゃない相手だったな。他の連中は大丈夫なのか?」
「イッペイ先輩とショウタ先輩がケガをしてしまいましたが、ノリコたちが介抱しているので大丈夫なはずです」
「ノリコもそっちか。なら大丈夫だな」
マサトが安心した顔つきで笑う。やはりノリコに対する生徒会メンバーの信頼は絶大だ。
ヨウの報告に、ヒサシが礼を言う。
「ありがとう。ではそのあたりもしっかり調べていかないといけないな。マサムラ君、ご苦労様」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げると、ヨウはヒサシに聞く。
「あの、みんなは無事なんでしょうか?」
「ああ、それなら心配はいらない。会長がいたからね」
「それにヒサシやミチルもいたしな。俺が来るまでもなかったぜ」
「凄いですね、さすが先輩方です」
「お前さんにそれを言われると、何だかむずがゆいなあ……」
そんなことを言いながら、マサトが軽く頭をかく。
「あ、でも海辺の方は大丈夫なんでしょうか?」
「それなら先ほどカツヤから連絡があった。問題なく片づいたそうだ」
「そうでしたか。よかったぁ……」
いまだ緊張の色が残っていたヨウであったが、ようやく安堵の息をつく。
その様子に笑みを浮かべながら、ヒサシが言った。
「さて、それでは我々も二階へと向かおうか。そろそろ会長が待ちくたびれている頃だ」
「おう、そうだな」
「はい」
うなずくと、ヨウはヒサシたちと共に二階への階段を上る。
何やら大きな事件に巻きこまれたようだが、生徒会のメンバーに大事がなくて本当によかった。事件の全貌はまだ見えないが、まずは皆の無事を喜ぶことにしよう。
合宿最終日の夜、突如として起こった生徒会襲撃事件はこうして幕を閉じた。生徒会のメンバーに目立った被害はなく、翌日の早朝には軍の関係者が入り本格的な調査が始まった。




