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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
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37 事件の終わり





 暗い闇を、橙色の炎と光が切り裂く。肌を灼く熱風が、演習場の土をえぐり土煙を舞い起こした。

 その土煙が次第に静まり、ヨウの視界が晴れていく。目の前には、衣服がぼろぼろに焼け焦げた男が倒れていた。

「ヨウ! 無事なの!?」

 チアキの叫び声が聞こえてくる。声の方へ向かい、大きく手を振って応える。

「うん、何とか取り押さえることができたよ」

 胸の中のもやもやを押し殺し、努めて明るく返事をする。

「ヨウちゃん、おつかれさま」

 ヨウの心中を察してか、ノリコが穏やかにねぎらいの言葉をかける。チアキは泣き出しそうな顔で黙りこんでしまった。

「みんな、遅れてごめん。もっと早く来れていれば……」

「そんなことはあとあと! それよりヨウちゃん、会館の方に向かってくれない? ここはもう大丈夫だから! チアキちゃんはこの人たちを縛り上げていってくれる?」

 ヨウの言葉をさえぎるように、ノリコがきびきびとした調子で指示を飛ばす。そうだ、まだ終わっていない。会館は今敵の襲撃を受けている真っ最中なのだった。

「だけど僕がいないと、もしまたこの人が起きたら……」

「大丈夫、後のことくらいあたしがやらなきゃ。ヨウちゃんはヨウちゃんにしかできないことをやって!」

「……うん、わかった!」

 強い調子で言うノリコに、ヨウも決心する。

「それじゃあ、これだけはやっていくね」

 そう言うと、ヨウは仰向けに倒れている男の下へと歩み寄る。

 男の両腕をつかむと、ヨウは意識を男の両手首に集中させる。すると、そこに銀色に輝く板状の枷が現れ、男の両手首を拘束した。枷には文字とおぼしき紋様が描かれ、それが枷の表面をひっきりなしに移動している。

 続いてヨウは手のひらを男の頭に当て、より一層精神を集中させる。しばらく小声で何事かをつぶやいていたが、それもまもなく終わりヨウは立ち上がった。

「ヨウ、今のは一体何だったの?」

 あたりに転がる黒い影たちを手際よく『生命の束縛蔦ビオ・バインド』で縛っていきながら、チアキがヨウに尋ねる。

「うん、とりあえず手錠をかけて、それだけじゃ不安だから精霊力を遮断したんだ」

「精霊力を遮断って……あなた、そんなことができるの!?」

「相手が気絶していて、精神的な抵抗をしてこないからできたんだけどね。この人の『回路』を読み取って、そこを僕の魔力で少しいじったんだ」

「……それで自分の『回路』もいじっちゃえば、あなたも精霊力が使いこなせるんじゃない?」

「それが、なかなかどうしてうまくいかないんだよね……じゃなくて、とにかくこれでこの人は何もできないはずだから。それじゃ僕、会館に行くね! 後のことはよろしく!」

「まかせてよ! ヨウちゃんは早くみんなを手伝ってあげて!」

「うん、わかった!」

「あ、ちょっと待って」

 駆け出そうとするヨウを、ノリコが呼び止める。

「どうしたの?」

「あのね、ヨウちゃん……来てくれて、ありがと」

「……うん!」

 笑顔でうなずくと、ヨウは会館の方へと走った。


 会館へとたどりついたヨウは、裏側から内部へと侵入する。

 意外にも会館一階の廊下は静まり返っていた。いや、上の階から散発的に物音が聞こえてくる。

 裏口からほど近い、ホール側の階段へとヨウは駆け出す。そんな彼に、ホールの方から声がかけられた。

「おお、ヨウ! 無事だったか」

 分厚い胸板に太い声。先に会館へと向かっていたマサトが、こちらへと手を振っていた。

「先輩、無事だったんですね」

「当たり前だろう。お前こそ、ずいぶん遅かったな」

「すみません、手強い相手に襲われまして」

「手強い相手? お前がそんなこと言うなんて、そいつはどんな化け物なんだ?」

 マサトが冗談めかして言う。

「それより、こちらは大丈夫なんですか?」

「ああ、もうあらかた片づいたところだ。残念ながらお前さんの出番はないよ」

 そう言って、マサトがホールを指し示す。そちらに目を移せば、演習場を襲ったのと同じいでたちの黒い影が何人も倒れており、生徒会メンバーたちの手によって拘束されていた。

「しかしこいつら、一体何者なんだ?」

 わからないといった様子で、マサトが腕組みしながら首をかしげる。

「生徒会をピンポイントに狙ってくるとは……どこかの委員会のしわざか?」

「いや、それはないだろう」

 上から聞こえてきた声に、ヨウとマサトが階段の方を見上げる。その先には、ゆっくりと階段を降りてくるヒサシ・イトウの姿があった。

「どうして断言できるんだ? ヒサシ」

「学院は生徒会がなければ機能しない。そうなれば、学院の全ての組織が不利益をこうむることになる。学内の組織がこれほど極端な行動をとるというのは考えにくい」

「ああ、そう言えばそうだったな」

「もう少し付け加えるならば、帝国内の組織のしわざとも思えない。学院が機能しなくなれば、精霊術師の育成、ひいては軍の編成に影響が出る。帝国内の権力闘争や軍部の主導権争いであれば、今回のような行動はとらないはずだ」

「となると……帝国の外、か」

 マサトとヒサシがうなずきあう。それはヨウがたどりついた結論とも一致していた。ただ、一点引っかかる点がある。

「お話の途中すみません、少しいいですか?」

「ん? ああ、いいぜ。どうした?」

「実は先ほどまで敵と戦っていたんですが、そのリーダーがどうも帝国の精霊術士のようなんです」

「何だって!?」

 ヨウの言葉に、マサトが巨体を揺らして驚く。ヒサシはあごに手を当て少し考えこむような仕草を見せた。

「精霊術士というのは確かなのかい?」

「ええ、多分間違いないと思います。本人も認めていました」

「ヨウ、お前、本職の精霊術士と戦ってたのか! それは手強いどころじゃない相手だったな。他の連中は大丈夫なのか?」

「イッペイ先輩とショウタ先輩がケガをしてしまいましたが、ノリコたちが介抱しているので大丈夫なはずです」

「ノリコもそっちか。なら大丈夫だな」

 マサトが安心した顔つきで笑う。やはりノリコに対する生徒会メンバーの信頼は絶大だ。

 ヨウの報告に、ヒサシが礼を言う。

「ありがとう。ではそのあたりもしっかり調べていかないといけないな。マサムラ君、ご苦労様」

「はい、ありがとうございます」

 頭を下げると、ヨウはヒサシに聞く。

「あの、みんなは無事なんでしょうか?」

「ああ、それなら心配はいらない。会長がいたからね」

「それにヒサシやミチルもいたしな。俺が来るまでもなかったぜ」

「凄いですね、さすが先輩方です」

「お前さんにそれを言われると、何だかむずがゆいなあ……」

 そんなことを言いながら、マサトが軽く頭をかく。

「あ、でも海辺の方は大丈夫なんでしょうか?」

「それなら先ほどカツヤから連絡があった。問題なく片づいたそうだ」

「そうでしたか。よかったぁ……」

 いまだ緊張の色が残っていたヨウであったが、ようやく安堵の息をつく。

 その様子に笑みを浮かべながら、ヒサシが言った。

「さて、それでは我々も二階へと向かおうか。そろそろ会長が待ちくたびれている頃だ」

「おう、そうだな」

「はい」

 うなずくと、ヨウはヒサシたちと共に二階への階段を上る。

 何やら大きな事件に巻きこまれたようだが、生徒会のメンバーに大事がなくて本当によかった。事件の全貌はまだ見えないが、まずは皆の無事を喜ぶことにしよう。


 合宿最終日の夜、突如として起こった生徒会襲撃事件はこうして幕を閉じた。生徒会のメンバーに目立った被害はなく、翌日の早朝には軍の関係者が入り本格的な調査が始まった。

 




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