8 生徒会からの呼び出し
思わぬ事件に巻き込まれた翌日の朝。生徒たちが談笑する一年C組の教室に、意外な人物が尋ねてきた。教室の入り口からどよめきが湧き上がる。昨日の出来事について話していたヨウたちも、そちらの方へと目を向ける。
舞い上がる同級生たちの間を分け入って教室へと入ってきたのは、ヨウがよく見知っている人物――そう、幼い頃からずっと見知っている人物だった。生徒会副会長、ノリコ・ミナヅキである。
「な、何で副会長がここに?」
「さ、さあ……」
フィルとチアキが顔を見合わせる。ノリコはそのまま真っ直ぐに、教室の中ほどに座るヨウたちの方へと向かってくる。教室中がざわめく中、笑顔で手を振るヨウの前まで来ると、ノリコがその形のいい桜色の唇を開いた。
「生徒会副会長、ノリコ・ミナヅキです。ヨウ・マサムラ君、今日の放課後、生徒会室まで来て下さい。あなたにいくつか聞きたい事があります」
ノリコの事務的な口調に、ヨウも態度を上級生に対するそれに改める。
「はい、わかりました。後ほどうかがいます」
「あ、あの、副会長! ヨウにお話というのは、その……」
話に割り込んできたチアキに振り向くと、ノリコが微笑する。
「チアキ・シキシマさんとフィル・フーバー君ですね。お話はヤマガタ先輩からうかがっています。よろしければ、あなたたちも一緒に来ていただいて構いません」
言って、もう一度ヨウの方に向き返ると、
「それでは放課後、生徒会室でお待ちしております。よろしくお願いしますね」
そう言い残して、ノリコはその場を立ち去っていった。会話に聞き耳を立てていた生徒たちが慌てて道を開ける。姿勢正しく教室を立ち去っていくノリコの後ろ姿を見送った三人は、今の話について相談し合おうとしたが、集まってきた級友たちにそれを阻まれた。
「お、お前! 今、副会長と何を話してたんだ?」
「今、生徒会室に呼び出されてたよな? 何やらかしたんだよ?」
「君、マサムラ君だっけ? 親しげに手を振ってたけど、副会長とはお知り合いなの?」
群がる生徒たちから質問が矢のように放たれる。閉口しながらも、ヨウたちはしばしその対応に追われた。
放課後、ヨウたち三人は生徒会室へと向かい人通りの多い廊下を歩いていた。生徒会室は学院西棟の三階に位置しており、学院の中でも最奥にあたる。ヨウたち一年生は東棟と南棟の校舎が生活のメインになっているため、通常はまず立ち寄る事のない区域であった。
「話って、やっぱ昨日の事かな……。ヤマガタ先輩が何とか言ってたし」
「まあそうだろうね。それ以外に思い当たる節もないし」
「私たち、別に悪い事はしてないわよね……? スミレを助けたんだし」
「そうだとは思うけど……もしかすると、僕がやり過ぎたって怒られるのかもしれないね」
「ええ!? 何でだよ、ヨウを殺そうとしてたのはあのチビの方じゃねーか!」
「そうよ! もしそんな事になったら、私たちが証人になってあげるから安心して!」
「二人とも、ありがとう」
二人の言葉に、ヨウが明るい顔で感謝の言葉を返す。
「でも、そのために二人の同席を許したんだとすれば、やっぱり僕はやり過ぎって思われてるのかな……?」
「あ……うん……どうかしら……?」
三年生が学ぶ西棟の廊下を歩きながら、三人は結論の出ない話を続ける。
三年生ともなると体格も大人のそれに近づいてくる。生徒会に向かっているという緊張感も相まってか、道行く大柄な生徒とすれ違うたびにフィルなどは心細そうな顔になる。友人のそんな姿に、あんまり緊張しないでよ、とヨウが苦笑する。
階段を上り、廊下を奥へと進む。一階、二階とはうって変わって三階は人影がまばらになる。ひっそりとした雰囲気の中、見た目にも冷たいコンクリートの壁が三人の靴音を反射する。
やがて三人は「生徒会室」の表札が掲げられた部屋の前へとたどり着いた。三人の背筋に緊張が走る。特にフィルに至っては、今にも泣き出しそうな顔をしている。一つ息を吸うと、ヨウは思い切ってドアを軽く叩き、「失礼します」とゆっくり押し開けた。
ヨウたちの目にまず飛び込んで来たのは、広々とした生徒会室と、そこに腰かけて談笑する生徒会メンバーの面々だった。ノリコの隣には、昨日不良を引き渡した三年生、マサト・ヤマガタの顔もある。
ヨウたちに気づいたのか、一際立派な木製の机に肘をついていた細身の生徒が立ち上がり、三人に笑顔を向ける。
「やあ、早かったね。ようこそ生徒会へ。我々は君たちを歓迎するよ」
その生徒にはヨウたちも見覚えがあった。入学式の時にノリコと共に挨拶をしていた学生――生徒会会長、タイキ・オオクマ。帝国精霊術師学院生徒会を統べる、学院屈指の実力者であった。
生徒会室の奥へと通されたヨウたちは、ふかふかなソファに座ってタイキ・オオクマ会長、ノリコ・ミナヅキ副会長、マサト・ヤマガタと向かい合っていた。生徒会の女子生徒が、六人分の紅茶をテーブルの上に並べていく。
生徒会室はちょうどヨウたちの教室二つ分くらいの広さがあり、応接用のソファの他にも、教室のものより凝ったデザインの椅子やテーブルが備えつけられている。小さな台所もあり、紅茶や簡単な軽食も作れそうだ。賞状や美術品のような物はほとんど見あたらず、室内は生徒会の職務にふさわしい機能的な印象を与えていた。
「今朝はごめんね、感じ悪かったかな?」
ノリコが幾分申し訳なさそうな顔で言う。ヨウは笑って返した。
「そんな事はないですよ。みんなの前ですし、立場もおありでしょう」
「そう、よかった。みんなもごめんね? 恐がらせちゃったでしょう?」
「い、いえ! そんな事ないです!」
「私たちまで呼んでいただいて光栄です!」
フィルとチアキががちがちになりながら答える。その初々しい反応にタイキが苦笑する。
「そんなに緊張しないでいいよ。と言っても、言われてどうにかなるものではないだろうけどね」
「は、はい」
肩の力が抜けないまま、一息置いてチアキが切り出した。
「あ、あの……ヨウを呼び出したのは、なぜなんでしょうか?」
その問いに、タイキが不思議そうな顔になる。
「え? なぜって、ヨウ君と会いたかったからだよ?」
いかにも気の抜けた返答に、フィルとチアキがしばし言葉を失う。
「そ……そうなんですか?」
「あの、オレ……ボクたち、ヨウが怒られるんじゃないかって思ってたんですけど……」
「ヨウ君を怒る? どうして?」
「その、もしかして生徒会は昨日のヨウをやり過ぎだと判断して、それで事情聴取するために呼んだんじゃないかと……」
「やり過ぎ? まさか!」
心外だとばかりに、タイキがマサトの方を振り返る。
「もしやり過ぎだったなら、その場でマサトが拳の一発でもくれてやっている所だよね」
「ははは、そうだな。むしろ昨日の事に関して言えば、連中をあんなに綺麗に眠らせた手腕にいっそ感心してるくらいだ」
そう言って笑う二人。それを見て、チアキとフィルの身体からゆるゆると力が抜ける。
「な、なんだぁ~……」
「オレ、てっきり怒られるもんかと……」
「もう、二人とも心配し過ぎなんだよ」
「ちょっ、おい! 何でお前が一番お気楽なんだよ!」
「そうよ! 私たちはあなたの心配をしてるのよ?」
まったく、心配性だなあと苦笑するヨウに、二人が猛然と食ってかかる。ノリコもヨウに釘を刺す。
「ダメだよ、ヨウちゃん。二人はヨウちゃんの事を思ってくれてるんだから」
「あ、あれ? 僕、そんなに怒られるような事言った?」
「はっははは! どうやらヨウちゃんは、俺たちじゃなくお仲間に怒られる羽目にあっちまったようだな!」
生徒会室に、役員たちの一際大きな笑い声が響き渡った。