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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
79/135

36 炎の精霊術士





 チアキたちに向けて放たれた炎の槍が、彼女たちへと到達する前に空中で跡形もなく消し飛んでいく。

 間に合った。ヨウは心の中で胸を撫で下ろす。演習場から聞こえてきた轟音に、マサトたちと別れて駆けつけたがどうやら正解だったようだ。むしろ、こちらを選んでよかった。あと少し遅れていたらと思うと、ヨウの背中を冷たいものが走る。

 攻撃を防がれた男がヨウの姿を認め、眉をわずかに上げる。

「君は……学院の、生徒なのか?」

 男の問いには答えず、ヨウはチアキたちへと声をかける。

「遅れてごめん、みんな」

「ヨ、ヨウ……!」

 細かく震えながら、チアキが言う。すまないと頭を下げようとしたそのとき、神社の大鈴が鳴り響いた。

「ヨウちゃん、おっそ――い!」

「わわわわっ!?」

 耳をつんざくノリコの大声に、ヨウは思わず身をすくめる。

「もう少しで全滅しちゃうところだったんだよ!? もっと早く来てよ!」

「ご、ごめん……」

 やや背筋が丸まるヨウ。そんな彼に、男の低い声が届く。

「さっそくで悪いが、君には早めにご退場願おうか」

 その言葉と同時に、男の手から無数の火球がヨウ目がけて放たれる。赤々と燃える魔弾が、ヨウの周囲で次々と破裂し熱風と砂煙が吹き荒れる。

「大丈夫? 立てる?」

 しかし男の視線の先にヨウの姿はすでになかった。いつの間に移動したのか、何事もなかったかのようにノリコの目の前へと現れたヨウが彼女へと手を伸ばす。

 その手を握るノリコの手は、わずかに震えていた。

「ごめんね、あたしじゃみんなを守りきれなくて……」

「そんなことないよ。こうして間に合ったのも、ノリコのおかげだよ」

 そう言いながらノリコを立たせると、ヨウはチアキとカナメに声をかける。

「二人も大丈夫?」

「ごめん、僕はあんまり……。でも、もう大丈夫だね。ヨウ君が来てくれたんだから」

「うん、うん……!」

 ひざをつきながらも笑顔で答えるカナメに、チアキも泣き出しそうな顔でうなずく。

 大丈夫、安心して、と二人に笑うと、ヨウは周囲の状況を確認する。黒ずくめの人影に混じってイッペイとショウタが倒れているのに気づき、ヨウが眉を寄せる。

「安心して、二人は少し気を失ってるだけ」

 どうやらノリコとつないでいる手に、知らず知らずのうちに力が入っていたようだ。心配しないで、とノリコがヨウの手を握り返す。

「そろそろいいだろうか」

 待っていたというわけでもないだろうが、低い声で男がヨウに問いかける。

「ええ、お待たせしたようですみません。あなたには、これから仲間を傷つけたその償いをしてもらいます」

 ヨウの声に、わずかな怒りが混じる。男もそれに気づいたようだ。

「すまないとは思うが、私にも事情がある」

 そう言うと、男は疑問を口にした。

「ところで、君は一体……一体何者なのだ? 先ほどの攻撃の時も、精霊力の流れをまったく感じなかったのだが」

「それをあなたに教える義務も義理もありません」

 それだけを言うと、ヨウは男に向かい右手をかざした。

 次の瞬間、男の周囲に幾枚もの銀色の円盤が現れる。無数の術式が刻まれ、くるくると歯車のように回るそれは、その回転の軸を正確に男へと向けていた。薄暗くなった中、男の周りだけはきらめく銀色の光に包まれる。

 そして、その全ての円盤から、幾本もの光の矢が放たれる。男を目がけ、矢の雨が全方位から容赦なく襲いかかる。

 刹那、男の身体を炎の球体が包みこんだ。真っ赤に燃えるその球体は、男を中心に膨れ上がっていく。次々と突き刺さる光の矢を飲みこみながら膨張した球体は、その半径が男の身長ほどにもなったところで爆発四散した。

 焼けつく熱風を受け流しながら、ヨウは仲間たちの周囲に黄金の魔法障壁を作り出す。円盤同様に無数の術式や数式が綴られた障壁が、暴走し荒ぶる精霊力を弾き返していく。

 だが、ヨウに仲間たちの無事を見届ける余裕は与えられなかった。破裂した火球の中から、男が強弓から放たれた矢のごとく突進してきたのだ。ヨウの目の前に、男の十分に重みの乗った拳が迫る。

 その拳を左腕で流すと、ヨウはすかさず身体をひねりながら右脚を跳ね上げる。男もそれを左腕で払うと、そのまま左の拳を繰り出してくる。

 素早く防御するヨウに、男の連撃が繰り出される。その拳は重く、ヨウの両腕に太い棍棒で殴打されているかのような衝撃が走る。

 初夏の豪雨のごとき乱打を防ぎつつ、ヨウは反撃の機会をじっと待つ。男も親子ほどの体格差にもかかわらず一向にほころびを見せないヨウの鉄壁の防御を前に、どうやらしびれを切らしたようだ。右脚を振り抜いてヨウの身体を弾き飛ばし、一旦間合いをはかる。ヨウもそれに乗り、蹴りに合わせて自分から跳躍し男との距離を取る。

「その身体で、大したものだな」

 男が感心したようにつぶやく。命のやり取りをしているはずなのだが、はたから見ればその様子は体術を磨く師弟のように見えたかもしれない。

 男には答えず、ヨウは言った。

「あなたは帝国軍人ですね? それも、おそらくは高位の精霊術士」

「なぜそう思う?」

「精霊術、体さばき共に教科書の手本のような帝国式でしたので」

 そう言うと、ヨウは顔に似合わぬ鋭い視線を男へと向けた。

「精霊術士ともあろう者がなぜこのような暴挙に出たのかはわかりません。聞きたいことは山ほどあるけれど……」

 右手を男に突き出しながら、ヨウは静かに告げた。

「今はあなたを取り押さえるのが先決だ」

「いいだろう……やってみるがいい」

 わずかに笑うと、男の周囲の大気が陽炎のように揺らめいた。

 直後、男の両ひじのあたりから四本ずつ、計八本の炎の鞭が伸びる。空を切りながら迫った鞭はしかし、ヨウの目の前に出現した黄金の円盤によって行く手を阻まれる。

 まばゆい光があたりを照らす中、男は右側に回りながら巨大な槍を何本も放ってくる。ヨウもその場から移動しつつ、迫りくる大槍を光の槍で迎撃する。真夏の夜空の下、普段ならば静寂のうちにあるであろう演習場を光と炎、そして凄まじい轟音が支配する。

 ヨウは辛抱強く勝機をうかがっていた。今のところ余裕をもって対処することができてはいるが、まだ相手の底がはっきりとは見えない。そのような状況では、あまりうかつに手を出すわけにはいかなかった。それに、周りには傷だらけの仲間たちもいる。

 むしろ、ヨウの警戒心を巧みにくすぐる男の戦いぶりこそ賞賛に値するものなのかもしれなかった。疲労の極みにあったとはいえ、あのノリコに土をつけ、そして今もヨウと互角の戦いを演じている。精霊術士として一級の人物であることは間違いなく、それゆえに、精霊術を苦手とするヨウは慎重にならざるを得なかった。

 男の攻撃が、ふいに止んだ。

「やはりわからない……君は本当に何者だ? この強さはミナヅキ副会長と同等、いや、それ以上か……」

 相変わらず落ち着いた表情のまま、男がつぶやく。ヨウから距離を保ったまま、全身に精霊力をみなぎらせていく。

「このままでは埒があかないな。私も応援に向かわねばならないのでね、そろそろ終わりにさせてもらおう」

 これまでにないほどに高まりを見せる精霊力が、熱風となってヨウの下にまで吹きつける。

 男が両腕をヨウへ向けて突き出し、左手で右手首を押さえる。その右手のひらには、圧倒的なまでの熱量と炎が集まっていく。炎の色は赤から徐々に橙へと変わり、あたりを明るく照らしていく。

 そして、ヨウ目がけて雷光にも似た炎の精霊術が放たれる。『炎熱の放射撃ファイア・ブラスト』、炎の上位精霊術。その威力は、間違いなくこれまで見てきたものの中で最大のものであった。

 巨大な円柱を思わせる炎の帯が、男とヨウとを赤くつなぐ。ヨウの周囲ではまるで流れ落ちる水を傘で弾くかのごとく、炎がしぶき大地を焦がした。

 少し離れたところでチアキたちが呆然とその光景を見つめる中、炎の帯は徐々にその勢いを弱めていく。強力などというものではなかった。これほどの威力の炎、はたしてノリコでも放てるのかどうか。いや、万全の状態であればノリコでも放てるのだろうか。

 そんなことを考えながらその場に立ち続けるヨウの姿が砂煙の中から現れると、さすがの男にも驚きの表情が浮かぶ。何かを言おうと口を開きかけた男に先んじて、ヨウが抑揚を抑えた声で言う。

「あなたの力はおおむね把握できました。どうか投降して下さい。これ以上の戦いは無意味です」

「無意味、か……」

 男は低くつぶやくと、ヨウの目を見つめながら言った。

「少年よ、確かに君にとっては無意味なのかもしれない。だが、私にはどうしても退けない理由わけがある」

 その口調と表情に、わずかな苦悩の成分が含まれていることにヨウは気づく。だが、再び精霊力を集め始めた男を前に、ヨウは決然と告げた。

「わかりました。これが最後の攻撃になるでしょう……覚悟して下さい」

 言い終えるや、ヨウは手のひらを開いたまま右腕を天へと突き上げる。男がそちらへと視線を向けたとき、それは起こった。

 ヨウの手のひらの上に、小さな炎のつぶが現れた――かと思うと、その火球がみるみる膨張し始めた。それは人の頭の大きさをすぐに超え、酒樽ほどの大きさも超えていく。

 ついには直径がヨウの身長ほどもあるであろう巨大な火球へと成長を遂げたが、驚くにはまだ早かった。次の瞬間、火球が急激に収縮を始めたのだ。その大きさが子供の頭ほどになったところで、球体の収縮が止まる。

 その光景に、男が息を飲む。膨大な熱量の火球を掲げたまま、ヨウは涼しい顔で言った。

「今起こったことの意味は――わかりますね?」

 無言でうなずくと、男は口を開く。

「先ほどの私の術を遥かに凌ぐ圧倒的な炎の塊を、力を削ぐことなくその大きさまで圧縮するとは……。正直、信じられん……」

「お願いです、投降して下さい」

 だが、男の答えは変わらなかった。

「それはできない。覚悟はできている」

 短く告げると、先ほどと同じ構えを取る。

「どうして……」

 苦渋の表情で、ヨウは叫んだ。

「退いてくれないんだあぁぁぁぁあ!」

 男の手から炎が噴き出すのと同時に、ヨウは右手の火球を男目がけて放つ。

 二つの炎が激突し――爆音と共に、巻き起こった炎の嵐が周囲に吹き荒れた。




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