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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
74/135

31 異変






「おーい、そろそろ終わりの時間だぞ」

 太陽がその身の半分を海へと沈め、夕陽が一面を赤く染めつつある頃、訓練に励んでいたヨウのところにフィルがやってきた。そろそろ夕食の時間か。

「よし、俺たちもぼちぼち切り上げるとするか」

「はい、先輩」

 途中からヨウの訓練に付き合っていたマサトの声に、ヨウもうなずいて立ち上がる。

 ヨウが訓練していた場所は、会館と砂浜とのちょうど中間から浜辺寄りのあたりになる。もっとも、その二つを結ぶ直線上にあるわけではなく、しいて言えば二等辺三角形の頂角の位置にあたるというべきだろう。会館からは結構な距離がある。

「オレ、海のみんなにも伝えてこなきゃならないからよ、お前は先に帰ってろ。先輩もどうぞお先に」

「ああ、悪いな」

「僕もいっしょに行こうか?」

「いいっていいって。お前は早く帰れよ」

 それからヨウに近づいて、そっと耳打ちする。

「副会長かフニャフニャなんだよ。いや、別に何がマズいってわけじゃないんだけどさ。とりあえずお前が行って元気づけてやってくれよ」

「ああ、そうなの?」

 フィルの言葉に、ヨウが困った顔をする。それを聞いて「今日はノリコの料理が混ざる心配はないな」などと言うマサトに、ヨウはそのまま苦笑した。

「今日は海で釣った魚が出るらしいぜ。会長とヒサシ先輩が釣りまくったんだとさ。スゲえな、あの人たち」

「ああ、あいつら中身はオッサンだからな。やたら釣りがうまいんだよ」

 先輩は見た目がオッサンすよね、と小声でつぶやくフィルに、ヨウも思わず吹き出しそうになる。必死に笑いの衝動をこらえながら、やめなよとフィルを肘でつつく。正直、訓練よりも苦行だ。

「でも、それは楽しみですね」

「そうだな。何せとれたての海魚なんて、帝都暮らしじゃそうおいそれと食えるものでもない。今日は思い残すことのないように味わわないとな」

 そう言って、マサトとヨウは笑顔で顔を見合わせる。人生を通じて、あまり海の魚を食べたことがないヨウにとっては楽しみな話だ。

 ノリコも魚を食べれば少しは元気になるかな? 彼女がぱくぱくと皿の上の魚を口に運ぶ姿を思い浮かべて、ヨウは笑みを漏らす。やはり彼女に元気がないと、ヨウも調子が狂う。いつもはノリコの調子に一方的に押されっぱなしでやや困りがちだというのに、我ながら虫がいいというか何というか。

 そんなことを思いながら一人苦笑していたその時、会館の方から大きな爆発音が聞こえてきた。

「な、何だ!?」

「会館の方っすよ!?」

 その音に、マサトとフィルが驚きの声を上げる。直後、再び会館の方から音がしたかと思うと、今度は浜辺の方からも大きな音が聞こえてきた。

「ノリコが料理に失敗した、ってわけじゃなさそうだな……」

 できの悪い冗談をつぶやくと、マサトは二人に向かい叫んだ。

「二人とも、会館に戻るぞ!」

「は、はい!」

「でも、いいんすか? 浜辺の方は……」

「あっちにはカツヤがいる! メンバーも少ないし心配ない! ほら、行くぞ!」

 そう言うや会館へと駆け出したマサトを、ヨウとフィルも慌てて追いかけた。


 会館への道は意外に長い。刻々と暗さを増していくあたりの景色が、ヨウの心に不吉な影を落としていく。

 走りながら、フィルが前を行くマサトに不安そうに聞いた。

「先輩、ホントにいいんすか? 海の方には行かなくて」

「何だ、何か不安なのか?」

「不安ってか、その……」

 振り返りもせずにマサトが聞き返す。何かに遠慮するかのように少し言いよどみながら、フィルは言葉を続けた。

「ほら、カツヤ先輩って、その……三年生の中じゃ一番……弱いじゃないっすか」

「はぁ?」

 フィルの言葉に、マサトが驚き呆れた顔でフィルに振り返った。つられてヨウも後ろへと顔を向ける。

「お前、何言ってるんだ?」

「す、すいません! 先輩に失礼っすよね!」

「いや、そうじゃなくてだな。何でカツヤが一番弱いことになってるんだ?」

「え?」

 怒られるとでも思っていたのだろうか、首をすくめるフィルに、マサトがいかにもわからんと言った調子で尋ねてくる。今度はフィルが驚く番だった。

「だって、カツヤ先輩って、試験でヨウにこてんぱんにやられたっていうじゃないっすか。だから、てっきりあんまり強くないのかと……」

「アホか。昨日の対抗戦、見てなかったのか? あんなのが相手じゃ、三年の誰も勝てやしないぞ」

「あ、そ、そうっすよね……」

 急に自分の話になり、ヨウは幾ばくかの気恥ずかしさをおぼえてしまう。あまり自分を基準にして話を進めないでほしいのだが。

「それに、カツヤに勝てる奴なんて三年の中じゃタイキくらいしかいないぞ? 少なくとも、俺やヒサシよりは強い」

「え!? そ、そうなんすか!?」

 よほど意外だったのだろう、フィルが素っ頓狂な声を上げる。道を走りながら、ヨウもマサトに質問する。

「カツヤ先輩が強いというのはわかっていましたけど、そんなに強いんですか?」

「ああ。あいつには必殺技があるからな。あれがなければ俺も互角にやりあえるんだが。タイキにしたところで、せいぜい五分といったところだ。あいつよりはっきり強いのはノリコくらいだな」

「そうなんですか」

 素直にうなずくヨウに、マサトが思い出したかのようにつぶやく。

「ああ、そういやもう一人いたな」

「え、誰です? そんな強い人って……あ、わかった、ミチル先輩かな?」

「……お前、とぼけてるわけじゃないんだよなあ……」

「そいつはそういう奴なんすよ、先輩……」

「え? 何、何?」

 マサトとフィルの顔を見比べるヨウに、二人はやれやれといった表情で返す。だって、会長より強そうな人なんて他にいないじゃないか。

 ヨウの質問には答えず、かわりにマサトは二人に檄を飛ばす。

「おら、そんなことより急ぐぞ! どうもただ事じゃなさそうだからな!」

「は、はい!」

 威勢よく返事をすると、ヨウたちは会館の方へと足を速めた。

 


 



半月以上間が開いてしまいましたが、最新話をお送りします。

いよいよ第二部のクライマックスに入っていきますので、引き続きご覧いただけると嬉しいです。

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